普通の剣に宿るのは冷たい鋼の銀光。そして彼が掲げる剣には紅の燃え上がる炎の輝き。
「……こっちは行き止まりか」
片腕でクルトを抱え、もう片方の手に魔剣を握り、それを松明代わりにしながら奥に目をやる。
そして小さく嘆息。
隙だらけのように見えて彼の周りには隙がない。緩和した空気と張りつめた緊張。
それらが微妙に混じりあったような空気が彼の周りを緩やかに流れる。
周りから魔物の噛み付くような殺気が漂ってくるが、チェリオの気配に怖じ気づいてか飛びかかっては来ない。
「いい加減起きろ……邪魔だ」
いつまで経っても起きない少女に愚痴をこぼしながら他の通路に歩みを進める。
左右に揺らしてみても反応すらない。
起きたら起きたで『デリカシーが無い』だの、『麻袋じゃないんだからもっと他の運び方無かったのか』だの言われるのは目に見えているが。
しかし片手が塞がれたままでは満足に力は出せない。
(まあ、イザとなったら放り投げればいいか)
と、恐ろしいことを考えつつ、歩むチェリオの足がピタリと止まった。
「妙だな」
僅かに眉を寄せ、前方を見据える。
特に何の気配もない。
気配はないが……
「露骨に怪しいな」
気配が無さ過ぎる。先ほどまで周りに居た魔物達の気配も綺麗さっぱりない。
いや、さざ波が引くように気配が消えていく。
「……行ってみるか」
しばし虚空を見上げ、思案していたが、呟くとチェリオは静かに歩みを進めた。
カツ、カツ……静かな通路に反響し、異様に足音が大きく響く。
先ほどから感じていた妙な違和感が色濃くなっていく。
「…………」
チラリと肩を振り返ってみる。
「…………くー」
クルトは幸せそうに寝息を立てていた。
チェリオは反射的に振り落としたくなる気持ちを抑えつつ、前方に顔を向ける。
「……起きたら後で覚えてろ」
絞るような声音で小さく呻く。
「……お腹減った〜〜むぅ〜〜」
クルトはむにゃむにゃと寝言を呻く。
「くすくす……」
突如として前方から聞こえてきたささやくような子供の笑い声に、少女を本当に振り落とそうとしたチェリオの手が止まった。
注意深く耳を澄ましてみるがもう、声どころか音さえもしない。
静かに剣を構え直す。カチャリ、小さな金属音が響く。
慎重に歩みを進めると、目の前に今まで歩いてきた何処の通路よりも広いホールが現れた。思わず感嘆のため息が漏れる。
違った意味での感嘆のため息だが。
「気絶してて幸せだったな、コイツ」
脇に抱えた少女をチラリと確認し、嘆息する。足を少し動かすとバキボキと足下の白骨が折れ、鈍い音が響き渡った。
まるで白い絨毯のように敷き詰められた人の頭蓋骨、自然のなせるワザではなく、何者かが恐らく意図して敷き詰めたモノだろう。
ある意味凄い。と、賞賛したくなる―――が、悪趣味なことには変わりない。
これ以上に、それをした人物の精神状態も並のモノではないだろうが。
「まあ、こんなモノより……あっちにいる奴のほうが問題か」
呟いて、足に当たった骨を物陰に向かって蹴り上げる。
狙い違わず影にぶつかる寸前。
バグッと軽い音を立てて白骨が空中で砕け散った。
スッ…と影からしみ出るように一人の少年が現れる。
何処にでも居そうな四、五歳ほどの少年だ。
ただ、肌が青白く、普通よりか細い印象を受ける。目はうつろで焦点が合っているのか合っていないのかが分からない。
「…………」
無表情でそれを見つめ、チェリオは少年の手元に目をやり、僅かに顔をしかめる。
少年の片手にそのか細いからだと不釣り合いな大きさの剣が握られていた。
「お骨は大切にしないと……ね」
少年は不意に口を開き、少年独特の高めの声でとがめるように呟く。
「確かに蹴ったが、砕いたのはお前だろ。それに……」
静かにクルトをおろし、剣を構える。
「それに?」
「猿芝居はやめろ……憑いてるな?」
剣の切っ先のようなチェリオの言葉に少年の手に握られた剣が青白く明滅する。
「くすくす……だったらどうするの?」
少年は口元を歪め、挑発するようにチェリオを見つめた。
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