りとるサイレンス-16





 崩れ落ちたガレキの下から、地下へ続く階段を見つけ、二人は奥へと進んだ。
「す、っごぉぃ」
 クルトは目を見開き、驚愕の声を漏らす。
「成る程……外から攻撃して崩れる、なんて要らない心配だったな」
 チェリオの呟きが遺跡内部に反響する。
 きちんと整えられた階段。
 周りにある柱は飾りのようで、細かな模様が刻まれ、くすんだ土色の壁には絵が描かれている。
  保存状態も悪くはない……と言うよりこれは。
「何コレ……本当にココって遺跡? 何か昨日今日造られた建物みたい……」
 クルトは壁に見入ってため息を付く。
 チェリオは柱に手を軽く触れ、
「風化……防止の魔術でも使ったか。いや、この強度は風系列の術で風化防止と強度も上げたか――」
 小さく漏らす。
「地上の周りを普通の壁で囲い、地下は魔術で風化しない遺跡を創る……。
 地上の遺跡は崩れ去るが、何百年経とうとも地下には完全なる遺跡が手つかずのまま放置される寸法か」
  そこまで唸って、チェリオは何気なく隣にいた少女に視線を向ける。
「〜〜〜〜〜〜〜〜防止………風化」
 ……しゃがみ込んだままウンウン唸っている。どうやら彼女にはちょっと難解すぎたらしい。
 恐らく彼女の頭の中では色々な言葉が宙で踊っているのだろう。
「つまり――ココを創ったヤツが何年経っても壊れないように補強したあげく。
 外側にもう一つ遺跡を創り、地下にあるこの遺跡をカムフラージュした訳だ」
「……ぅ。ふーん……そっか……」
 チェリオの説明に唸るのを止め、顔を上げて、納得したように頷く。
 しかし、ふと思い出したように疑問の声を漏らす。
「でも、何でそこまでしてココを隠してたのかしら」
「お前。ココがどこだか忘れたんじゃ無いだろうな?」
 僅かに疲れを滲ませ、チェリオはクルトを横目で睨む。
「え? あ、確か……ココって、えーと……んと」
「本気で忘れるな」
「あ、そうそう。『リトル・サイレンス』の封印場所!」
「そうだ。正解。さっきのそうそうって何だ? まさか冗談抜きに忘れていたとかじゃない――」
「あ、はは! そ、そんな事無いわよ!
 幾ら何でもそんなアホな事、あるわけないじゃない」
 チェリオの言葉に強引に割り込み、引きつった顔で手をパタパタ振りながら力説するものの、何故か語尾が尻すぼみに小さくなっていく。
「まあ良いが……。
 街を地獄に変えた危険な魔物の封印場所。厳重に封印したくなるのは当たり前だな」
 疑問の色を滲ませつつも、そこら辺のことには触れないことにしたのか、話を別の話題にかえる。
「でも、街の人達ココのことあんまり知らないみたいよね。知ってて貰った方が何かと都合がいいんじゃないの」
「どの時代にもこういう魔物の封印場所を聞くと、悪用。または魔物自体を商品にしようと考えるヤツが居る。大々的に教えて見ろ。
 あっという間に封印は破られてるぞ」
「でも……封印をとくには……」
「確かに魔剣士じゃないといけないが――
 仮に……封印場所を教えていても時の流れの中で人々の記憶から消え去ることが多い。 
 依頼人の言った……魔物が暴れたことが伝説として残っても。
 そんな危険な魔物の封印場所、覚えておきたいヤツはあまりいないからな」
「そんなモンなの?」
「……大体は、な。たまに封印場所を名物にして金を取る所もあるらしいが……
 封印が解けるのを恐れて近寄らないところがほとんどだ。
 そしてソレがあまりにも長く続くとその危険な場所さえ忘れられてしまう」
 呟いた後、チェリオはツッ…と指で壁画をなぞる。
(そう、壁画のように……風化してしまう)
「へえ……その口振りだとチェリオってこういう仕事(コト)慣れてるの?」
「……なれてはいないがそれなりに……な」
 微妙に含んだ物言いにクルトの眉がひそめられた。
「何よそのハッキリしない言い方〜!慣れてるか慣れてないかハッキリしなさいよ!」
「……お前、ハッキリしたのが良いのか?」
「あったり前じゃない」
 チェリオの言葉に勢いよく頷くと、クルトは腰に手を当てる。
「あたしはね、ハッキリしないのがヤなの! 気になるじゃない!」
「そうか、なら今度校長にお前の隠れ場所聞かれたときは言葉を濁さずハッキリ伝えておく」
 チェリオは小さく頷くとボソリと呟く。
 前は頼まれなくても校長に彼女の居場所を教えていたのだが、
 この頃では切れたクルトの被害が自分にも及ぶので居場所を聞かれたら言葉を濁していたらしい。
 が、今の彼女の言葉で考えを改めたようだ。
「………………まあ、人間誰しも聞かれたくない事があるわよね」
  クルトはピタリと静止し、虚空に視線を泳がせ、冷や汗を掻きながらさっきとは180度違った呟きを漏らす。
 静かなる『言うな・ばらすな』警告。
「そーか」
 チェリオは取り敢えず同意する。
 短い言葉だが、『まあ良いか、教えないでおいてやる。感謝しろ』的な意味が言葉の内から滲み出ている。
「ぐ……」
 言葉の内の意味を読みとり、クルトは悔しそうにうめき声を漏らした。
 ふと、チェリオが小さくフッと笑みを漏らす。
「な、何よ……」
 小馬鹿にするような笑い方にカチンときたのか、クルトはムッとしたように彼を睨み上げる。チェリオは肩をすくめ、
「別に……慣れてるかどうか聞かれたくない訳じゃない……ただ……な」
「ただ?」
「あまりにもそう言う仕事(コト)ばかりやっていると慣れてるのか、慣れてないのか分からなくなってくる。
 そう言うのが日常(あたりまえ)だからな。
 まあ、下手な賞金稼ぎや盗掘屋よりは慣れている
 時間の線引きさえ出来なくなるくらいにな……」
「チェリオ……アンタ……」
 彼の言葉を聞き終えた後、クルトは震える声音で言葉を紡ぎ出す。
「何だ?」
「年齢幾つよ……?」
 チェリオに詰め寄って、クルトは尋ねる。チェリオはいぶかしげに彼女を見つめ、
「聞いてどうする」
 嘆息しながら答える。
「誕生日何時よ!?」
  ぐっと彼にさっきより詰め寄り、勢い込んでクルトは尋ねる。
「だから、聞いてどうする」
「……チェリオ……まさかとはおもうけどアンタ自分の歳とか誕生日忘れたんじゃ無いの!?」
 呆れたような彼の言葉にクルトを手をわななかせ、悲鳴のような声を上げた。
 信じられない! ……目がそう言っている。
「……忘れてようがおぼえてようがお前には関係ないだろ。意味もない」
「……やっぱり忘れてるんだ……忘れてるんだ……」
  彼の言葉をサラリと聞き流し、と言うか耳にも入れず自己完結をしておののく少女。
「人の話は聞け」
 取り敢えず憮然と突っ込むチェリオ。
「なに? ど忘れ大魔王」
「………斬るぞ」
  即答したクルトを睨み、チェリオは 表情一つ変えずにスッと剣の柄に手を掛ける。
「……………。冗談よ」
 僅かに額に汗を流すと、何事もなかったようにクルトは静かに微笑んだ。
(何だ今の間は)
「……ホラホラ。チェリオ先に進みましょ!!」
(誤魔化してるな)
 少し苛めようと足を進めたチェリオのつま先に、硬質な何かがはじき飛ばされ薄暗い地下に反響した。
 カンッ。カラカラ……
「…………」
 チェリオは音に僅かに顔をしかめるが、クルトは気が付いていない。
 しばし逡巡(しゅんじゅん)するように周りを眺めた後、かがんではじき飛ばした物をそっとつまみ上げた。
 固く……白い何かの破片。
 バキンッ。
 軽く力を込めると、指先から与えられた力に耐えきれず、僅かに鈍い音を立ててそれは砕けた。
「成る程……物騒だなココは」
 納得したようにそれを放り捨て、手を叩いてクズを払う。
「はぇ?」
 キョトンとした顔でクルトは彼を見上げ、首を傾げて間の抜けた声を上げた。
「いや……」
  言葉を濁す彼の様子にも気が付かず、クルリとターンして嬉しげに話す。
「ココって凄いわよね、保存状態完璧!んで、古びた建物の中に潜む魔物!雰囲気あるわよね」
「確かに……最高だ」 
 はしゃぐ少女の言葉に同意するチェリオ。
「めっずらしー!アンタが同意するなんてどーゆーかぜの吹き回しよ」
「いや、俺もそう思うぞ。確かに遺跡としては完璧だな小道具も揃っている」
「小道具?」
 訝しむ彼女の目の前にスッと無造作に何かをつきだした。
 大きく少女の瞳が見開かれる。
 いびつな形、茶色からたまに見える白。あちこち欠けているがこの形は―――
「……小道具として人間の頭骸骨まであるぞ。喜べ」
 左手で昔は眼のあった場所を掴み、茶けた骸骨を彼女の前でブラブラと揺らす。
「…………………………」
 沈黙。
「どうした?」
 目を見開いたまま固まっているクルトに近寄り、チェリオは頭蓋骨を揺らす。下
顎と上顎が打ち合ってカタカタという不気味な音が響いた。

「〜〜っきゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 それが合図だったかのように彼女から硬直が解け、絶叫が喉からほとばしった。 
 かたんっ!
 絶叫に小さく体をのけぞらせたチェリオは手から頭蓋骨を取り落とす。
「な、何だ? お前こういうの駄目なのか?」
 常識的に考えれば大の男でも悲鳴を上げたくなるような状況だが、それに気が付くチェリオではない。
「ガ、ガ、ガ、ガイ、ガイコ」
「おい、聞いてるか?」
 歯の根のあわない声で意味のない言葉を紡ぐ少女に呼びかける。
 が、混乱まっただ中の彼女にはその言葉は届いていない。彼の言葉を無視し、絶叫を上げ続ける。
「骸骨〜〜〜!? 頭蓋骨!? いやーーーーーー!」
「………………」 

 バシッ。

 チェリオは絶叫を上げ続ける少女を無言ではたく。
「いっっっっ……!? な、何すんのよっ!」
 涙目になってクルトはチェリオを睨み付ける。
「うるさい。静かにしろ」
「だって、だってっ! 骸骨! 骸骨が!」
「遺跡なんだから当たり前だろ」
 大きな瞳に涙をためながら腕をブンブン振り回す少女を呆れたように眺め、冷たく言い放つ。
「当た……」
「もしかしてお前、遺跡に入ったこと無いのか?」
 詰まったクルトの顔をいぶかしげにマジマジと見つめる。金色の瞳に見つめられ、
 クルトは少し身を縮めると、僅かに朱の差した顔で慌ててそっぽを向いた。
「は、入ったことならあるもん!」
「……試験でか?」
「う、うん」
 僅かな沈黙の後、キョトンとして頷く。
「一つ聞きたいんだが、お前の入っていた遺跡とかはもしかして事前調査したヤツか?」
「あ、当たり前でしょ! 事前調査もしていない得体の知れない場所に、生徒を放り込む学校なんか無いわよ!」
 ――やっぱり。
 チェリオは思わずこめかみに手を当てた。頭痛をこらえるように呻く。
「……やっぱりお前……ド素人じゃないか」
「し、失礼ね! 遺跡や洞窟くらいならもぐったことあるもん! ……調査済みの」
 憤慨するようなクルトの言葉が言葉尻の方で僅かに濁る。
「一つ言っておくが、ココは事前調査なんて一度もされてないからな。覚えとけ」
「………………そ、そんなことわかってるわよ」
 ――だったら何だ今の沈黙は。
 よっぽど言ってやろうかとも思ったが、口をもごもごさせて気まずげに俯く少女を見たら何となく言う気にもなれない。
「言っておくが、事前調査されている遺跡は遺跡じゃない。人工的に作られたダンジョンと一緒だ。
 そこを忘れるな。
 それと……」
 今の言葉で緊張しているクルトをチラリと眺め、
「今みたいな人骨は珍しくない。
 ゴロゴロ落ちているコトもあるから覚悟を決めておけ。
 後、戦闘中に悲鳴上げるな。くっつくな。戦えないからな」
 そう言ってニヤリと笑ってみせる。
 蒼くなったクルトがムッとしたように頬を膨らませた。
「まあ、気絶したらご希望通りお姫様のようにつれてってやるから喜べ」
 チェリオのからかうような口調にクルトの顔が青から赤へと急激な変化を遂げる。
 まるで冷水が熱湯へ変わったようにクルトの顔は照れたような怒ったような顔になっている。
「な、な、希望なんかしてないわよ! こ、このドすけべ!!」
「放りっぱなしでゾンビの餌にしてやっても良いがな。別に」
  少女の反応が面白いのか、からかい続けるチェリオ。
 クルトの顔は今や熱湯ではなく噴火寸前の火山のように真っ赤だ。
「こ、この―――――」

 ガランッ!!

 少女の怒声は後ろから起きた轟音によってかき消された。
 それと同時にどさりと固いモノがクルトの背中にもたれかかってくる。
「ん?」
「……いったぁい」
 少女の背後に落ちてきたモノを察したチェリオはしばし固まり、手を振ってクルトの注意を自分に逸らさせる。
「何?」
「……取り敢えずお前は目をあけとくな。厄介だ」
「何でよ!」
「良いから目をつぶっておけ」
「だから! どーして!!」
「……俺が大変だから目を瞑れ!」 
「何でよ!」
 強引に目を閉じさせようとしたチェリオの手からかいくぐり、噛み付かんばかりの勢いで怒声を上げると間髪入れずに背後を振り向いた。
 そして固まる。
(……遅かったか)
  チェリオは天井を見つめて嘆息した。
「………………………」
 クルトは無言で後ろに首を向けたまま硬直している。
 彼女の背後にあったのは、ツタでも、ましてや岩でもなく人骨。
 標本として立てかけてありそうな人型を保った人骨だった。それが少女の肩に白い腕をもたれさせている。

 ドサッ。

「きゅ〜」
 コレにはひとたまりもなくクルトは完全に気絶した。
「だから目、瞑れって言ったんだ。俺が迷惑だ」
 しばらくは起きそうもない少女を抱えあげてチェリオは心底迷惑そうに呟いた。





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