遺跡に足を踏み入れ、数歩も行かないうち――二人は何かに取り囲まれた。
「まあ、こういう事態は予想してしかるべきだったんだが」
チェリオは頷き、ポツリと呟く。
紅い瞳、荒い息。それらは闇の中で飛び込んできた獲物をどう料理しようかと二人を見つめている。
「コイツら……」
クルトは目を細め、呻く。
「気が付いたか? さっきの奴らだな。お前が埋めようとしたヤツ」
月の光にうっすらと浮かび上がる影。クルトは小さく笑みを浮かべた。
「分かってるわよ。良い度胸じゃない。ご希望通り少し痛い目にあって貰うわよ」
少女の声にビクリと後ずさり、影達は怯えた眼差しで二人を見つめる。
しばしの沈黙の後、
「きゅ〜〜〜〜ん」
と、悲鳴を上げ、奥の方に去っていった。
これにはクルトも目を点にして呆然と佇む。
「えっと」
「戦わずして勝つ……か。化け物の上を行く化け物と言うことか」
チェリオは腕を組み、クルトを横目で眺め彼女に聞こえないような小さな声で呟いた。
「……まあ……手間、省けた……のよね。いきましょっか」
クルトはチェリオのマントを引っ張り促す。チェリオは「ああ」と頷くと、奥へ続く通路へ歩みを進めた。
建物はハッキリ言ってかなり痛んでいた。
欠けた石壁の天井から月の光が漏れ出、あたりをうっすらと照らしている。
下手に壁を叩いた日には崩れ落ちてもおかしくはない。
トントン。
そう、こんな風に――――
「…………」
チェリオは信じられない物を見るようにして、隣の少女を見つめた。
「トントンっと……なーんだ。まだだいじょぶじゃない」
クルトは壁をパンパンと軽く叩き、にこっと微笑む。
天井からパラパラと粉塵が舞い落ちる。
「…………………」
言葉が出てこなかった。
呆れと怒りで。
だからといって大きな声は出せない。そんなことをすれば声の振動で壁が本気で崩れ落ちる。
「どしたのよチェリオ。変な顔して」
「……………いや、別に」
(お前があんまり阿呆なもんで呆れてたんだよ)
などと、脆い遺跡内で喧嘩を売っても仕方がない。生き埋めになる気はないので取り敢えず言葉を濁した。
さっさとその場を去ろうとしたとき――――
ミシッ……
「…………ぇ」
「お」
天井から不吉なひび割れの音が響き、ヒビが走る。
ビシビシビシ
ソレは彼らの心情とは裏腹に広がっていく。
「逃げるぞ」
「異議なぁーし」
チェリオの言葉にクルトは即座に引きつった顔で同意した。
ドムッ!
二人が走り抜けたその後を追うように天井が風化してボロボロになっている柱を押しつぶす。
バキンという石の割れる鈍い音が響き渡った。
どうやらソレで収まったのか、静かになった。恐る恐るクルトは引き返していく。
小さく息をのむ気配。
「何かあったか?」
「うん、チェリオ。こっち来てよ! 良い物みっけちゃった」
「良い物……?」
訝しみながら近づく彼に、少女は猫のように目を細め、イタズラっぽく笑うと、
「地下への切符見つけちゃった」
「階段か。で、その切符は往復か? 片道というわけじゃないだろ」
「ソレはあたし達次第なんじゃない?」
クルトは明るい口調でそう言って彼に軽くウインクを送った。
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