「『魔法を使う』、か。お前の答えにしては良くできた方だな」
「……何よソレ」
クルトは完全に馬鹿にされきった様子にムッとしながらチェリオを睨み付ける。
「たいまつで壁を叩き付けるかと思っていたが、割とましな思考だったみたいだな」
感心したようにそう言うとポンポンとクルトの頭を掌で軽く叩く。
「あ、あんたねぇ……っ。一体あたしのことどういう風に思ってたわけ!?」
「……さあな」
怒りのため、震える声音のクルトの言葉を軽く受け流す。
「ココの扉にはいるためのヒントはもう貰っている」
「ヒント?」
「一つ。魔剣士で無ければならない。二つ。さっきの一文」
クルトの言葉には答えずに、指を二つ折り、呟く。
「何故、魔剣士でないと『りとるサイレンス』が倒せないか……」
「…………え?」
チェリオの言葉にクルトは首を傾げ、彼を見上げた。
「これが――― 三つ ―――……」
「……?……」
チェリオは袋から剣を取り上げ、
「魔剣士がよく常備している剣の中には必ず火属性のモノがある」
「……ナルホド」
頷きながらクルトはチェリオの手に持った剣をのぞき込む。
装飾と言えるモノは鞘に小さな真紅の宝石がついているのみ。扱いやすいようにシンプルなつくりになっている。
刀身を見ようとクルトは剣を鞘から引き抜こうとするが、ピタリとくっつき外れない。
「抜けっ、ないっ、わよっ、コレっ!」
「あのな」
歯を食いしばり、鞘をグイグイ引っ張る少女を呆れたように見、嘆息する。
「そうそう簡単に鞘から抜かれたら魔剣士の立場がないだろ」
「そうよね。魔剣士が少ないのはもしかしてこういうのがあったりするの?」
「これは体質にもよるからな。鞘から抜けても使いこなせるとは限らない」
クルトの問いにチェリオは答える。
「ふーん。魔術とあんまり変わらないのねぇ」
諦めたように剣から手を放し、クルトは感心したように溜め息を吐く。
魔術は使えても制御法のなっていない彼女としては耳の痛い話だ。
「まあ、自我の確立がなってないと剣に支配されるからな。その点は似てるか」
何のことはない、と言うようにチェリオは言葉を続ける。
「そーゆーもんかしら?」
「多分な」
首を傾げる少女の言葉に彼はあいまいに頷いた。
「…………」
扉から少し離れたところに立ち、チェリオは剣に手を掛け、スッと刀身を引き抜いた。
先ほどの強固さが嘘のように、あっさりとチェリオの手によって引き抜かれ、月の光を照り返し、銀光が煌めく。
僅かに目を細め、ゆっくりと息を吐いていく。
穏やかな空気の流れが形状を変え、砂を巻き上げる。
チェリオは切っ先を流れるように、ゆっくりと離れた扉に向け、射るように見据えた。
「…………」
こくっ……遠くの方に佇み、様子を見るクルトは我しらず、唾を飲み下す。
異様に張りつめた空気が栗色の髪の剣士に集まっていく。
「…………あ、れは…………」
僅かな空気の変化を敏感に察知し、少女は小さくうめき声を上げ、目を細めて観察する。
整った彫像のように制止した魔剣士の体から、魔力とも、圧力とも……殺気とも付かない力が滲み出、あたりに浸透していく。
あたりには鳥や動物の姿はおろか、鳴き声さえ聞こえない。
クルトは肌に突き刺さるイガのような緊張感に身じろぎも出来ず、ただ眺めるしかできない。
周りの様子を意に介せず、低いが、通る声でチェリオは言葉を紡ぐ。
「炎の加護を受けし剣、ルア…『炎砕剣』!」
一瞬、白銀の刀身が瞬き、血のような真紅に染まる。それと同じくして、剣からも魔力の波動が感じ取れるようになった。剣は淡い紅の光を刀身から心臓の鼓動のように点滅させている。
チェリオは剣を扉に向けたまま、僅かに口元を笑みのカタチに歪め、一言だけ発した。
「『炎爆砕』!!」
それに答え、剣から炎が噴き上がり、刀身を炎に変える。
チェリオはただそれを見つめ、微動だにしない。
徐々に炎が膨れ上がり、人の頭部ほどの大きさになった後、凄まじい勢いで扉の結界へと向かっていく。
扉の寸前で数個に分裂し、間をおかず立て続けに結界へ攻撃を開始する。
爆風が二人の髪をあおる。
周りの土は煤けるどころか赤く溶け始めている。どのぐらいの温度になっているかは想像は付かないが、恐らく火山マグマ並の温度があることは容易に想像できる。
全ての攻撃が収まり、扉からヒビのはいる鈍い音が聞こえた。
ぱんっ…… 間をおかず、見えない結界は澄んだ音を立てて砕け散った。
僅か数秒ほどの出来事だった。
「…………」
チェリオは無言で鞘に剣を納め、つまらなさそうに小さく吐息を付く。
結界を砕く間彼は何もしていない。
クルトは体に付いた埃を払うのも忘れ、俯いたまま肩を震わせる。
「……………っ」
「何だ? ……怖じ気づいたか?」
「っ…………」
「…………」
まあ、怖がられても仕方ない……と、チェリオが考えたときクルトは顔を上げた。
「格好いい!」
拳を震わせ、瞳はキラキラと星が輝いている。
「…………………」
「いや〜〜っ。凄い凄い! 格好いい!」
クルトはピョンピョン飛び跳ね、感激をあらわにし、
「――見た目がチェリオじゃなくて美青年だったらもっと良し! と言うかチェリオ以外だったらバッチリよ!」
ぼそりっと残念そうに不満を口にする。
「ぉぃ」
呆れのため、絶句していたチェリオは気を取り直し、突っ込みを入れる。
普通の人間が間近であの様な場面に遭遇したら恐怖で声が出ないか、声にふるえが出る。
しかしこの少女は面白い玩具を見つけた子供のようにはしゃいでいる。言動もいつもとそのまま、何も変わりがない。
クルトはトコトコと扉に近づき、額を拭って顔をしかめる。
「しかし、あっついわねぇ。あそこ歩いても平気なの?」
先ほどよりは幾分温度が下がったとはいえ、まだ地面が煮沸している。
「ああ……」
「ならいいけど」
「剣を使えば問題ない。俺は、だが」
「アンタだけかッ! あたしはどーなんのよっ!」
「お前、一応魔導師の端くれだろ?」
そのくらい自分で何とかしろ、とチェリオが冷たくクルトを睨む。クルトは僅かに視線を逸らし、
「ま、魔導師、見習いだけど。……アンタ。あたしがそんな制御のややこしそうなメンドクサイ術使えるとでも思ってるの!? 使えないに決まってるじゃない!」
最初は気まずそうにブツブツと呟いていたが、最後らへんは開き直ったのか胸を張って大声で断言した。
「威張るな」
「開き直ってるだけよ」
「同じだ」
(コイツは……)
チェリオはこめかみに手を当て、大きく嘆息した。そして、おもむろにクルトを抱え上げる。
「きゃーーーー! 何すんのよ! どこさわってんのよ! 痴漢〜〜〜〜ッ!!」
「抱えて連れて行く。普通に抱えてるだけだ。
大体、前も後ろもわからんガキが色気出すな」
「なんですってぇぇぇ! 屈辱よ、侮辱よ! 乙女の敵! おろせぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
ジタバタと抵抗する少女をチェリオは睨み付け、
「騒ぐな。何だったら沸騰した地面の上に落としてやっても良いぞ」
「うっ……」
「それともこの抱え方が不服だというなら首根っこ掴んでぶら下げて連れて行くが」
「あ、あたしは猫かッ!」
「さぁ、どちらでも良いが。猫のように連れていかれるか、そのままで良いか、焼けた地面の上に落とされるか、好きな方を選べ」
「ぐっ……ひ、ひきょーものぉぉぉぉぉぉぉ」
何か楽しげなチェリオの言葉にクルトは頬を膨らませて地団駄を踏む変わりに彼の腕をポカポカと叩く。
「そう言うコトしてると……本気で落とすぞ」
「……ぅっ……ごめんなさい」
チェリオの言葉にビクリと身をすくませ、涙目になって謝る。取り敢えず命は惜しい。
「じゃあいくか」
「何処に?」
「落としに」
尋ねるクルトにあっさりと答えるチェリオ。
「やめてぇぇぇ! あたしがわるかったぁぁぁ」
必死で束縛から逃れようとジタバタと抵抗するクルト。しかしチェリオはしばしの沈黙の後、
「冗談だ」
肩をすくめてクルトを楽しげに眺める。
「…………くっ…………し、仕方ないわ。それで手を打ってあげるわよ」
(このっ……元に戻ったらコロス!)
心に鉄より固い誓いを固め、少女は胸中で小さく呟いた。
「落としても良いんだぞ」
「お願いします。つれてってください」
抑揚のないチェリオの言葉に棒読みで答えるクルト。
「……まあ、いい」
チェリオは肩をすくめ、クルトを片手で抱えたまま剣を抜く。
「ルア・『炎砕剣』」
小さく呟き、剣を地面に向かって軽くふる。そしてそのまま歩みを進める。
「ちょ、ちょっと! まだグツグツ言って……あれ?」
慌ててチェリオに向かって悲鳴を上げたクルトは間の抜けた声を上げる。
高温を宿した地面は彼が足を踏み入れる直前に元の地面へと帰る。しかし、彼の進んだ後は高温の大地へと元に戻っていた。まるで、炎がチェリオを避けているかのように。
「何コレ」
「俺は炎に嫌われてるんでね」
チェリオの言葉に抗議をするように僅かに剣から赤い光が漏れる。
「冗談だ。コイツのおかげだな」
「剣の?」
「見ての通りこの剣は炎属性だ。炎を消すも退かすもお手の物……という訳だ。
しかし、持ち主しか干渉できないがな」
そう言うと、さっさと扉へと歩みを進める。
「ふーん……気になってたんだけど……さっきの『ルア』って……」
「着いたぞ」
クルトの言葉が終わる前に、チェリオは彼女を地面へと降ろす。
先ほどと違いヒンヤリとした湿った空気と埃とカビの混ざったような臭いが鼻を突いた。
「行くぞ。ここから先は、あまり俺を当てにするなよ」
「……分かってるわよ。行きましょ」
チェリオの言葉にクルトは深呼吸をした後、ゆっくりと頷いた。
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