パーティ・ザ・デンジャラス-6





 薄闇が迫り、空を(あい)色へと変貌させる。
 緑成す木々は漆黒を身に纏い、闇色の樹木へと変わる。
 今日は微かに雲がかかり、快晴とは言い難い夜空だった。
 意外と手薄な扉をくぐり、冷たい空気を肺へ入れる。
 よほど警備に自信を持っているのか、あるいは―――
 湖に囲まれた屋敷と言うだけあり、少し歩むと広大な面積の泉が視界に広がった。
 うっすらと姿を出し始めた月に照らされ、蒼く輝いている。
 ルフィはそれを見ながら目を閉じた。風が吹き抜ける。
 気分転換と少しの所用を含めて散歩に出たが、それを十分満たすだけの景色と空気だった。
 元から白い少年の肌は、月と湖の反射光で青白く浮かび上がっている。
 ザザ、と風が湖面を揺らし、木々を薙ぐ。
 そして――――
「何かご用ですか? 後を付いてくるなんて」
 瞳を閉じたまま、ルフィは背後に向かって静かに問いかけた。
「あら? 気が付いていらしたの?」
「ええ……まあ……」
 予想通りの声にゆっくりと瞳を開く。
 開いてすぐ映るのは、闇をその身に浮かび上がらせる漆黒の湖面。
 気分だけで此処まで変わるのか、と思う程の景色の違い。  
 まだ、振り向かない。
「貴方も喰えない方ですわね」
 何処か全てを掌握したような、自信に溢れた言葉。
 全ての者は自分にひれ伏すと言うような絶対的な自信。
 ゆっくりと、振り向く。
 そこには予想通り、一人の少女が立っていた。



 亜麻色の髪を短く揃え、銀の髪飾りで留めている。
  柔らかな髪の毛は夜風になぶられ、緩やかに波打っていた。
 前見た時は清楚な白いドレスだったが、今は淡いピンクのドレス。
 だが、闇夜に映るそれは、どす黒い血の色のようにも見えた。
 彼女の名は、そう……
 アリアス・レイ・マウスン。
 ルフィを招待したこの屋敷の令嬢。
 その彼女が、後をつけたあげく、意味ありげな視線をルフィに送っていた。
 理由は、もう。気が付いている。
 こうして今日、彼女が出てくるのは、遅い位だった。
「……うふふ。貴方、見かけに寄らずやりますものね。
 理由、気が付いていらっしゃるのでしょう?」
 沈黙を続けるルフィを見て、嬉しそうに微笑した。
 昼間見せた笑みがかき消えてしまう程、怪しく、暗い。
 灰色の瞳が月に照らし出され、鈍い青銅のような曇った輝きを見せる。
「最初は、どんな方かと思っていましたのよ。
 初めてあった時は驚きましたわ。何しろ、殿方には見えなかったのですもの」  
 言いながら、ヒールで一歩一歩近づいてくる。
「……正直、がっかりいたしましたわ。
 でも、気が変わりましたの。
 貴方がパーティに出て居るのを見て」
 純粋な……無邪気な笑みを浮かべ、少女は微笑んだ。
 真っ直ぐではなく、何処か進む道を僅かに間違えてしまった(くら)い色。
 顔を上げるともう、眼前にまで少女の顔が迫っていた。
「取引をしませんこと? 私と」
 一歩、歩みを進め言ってくる。
「……取引?」
 反射的に一歩引き、動揺したそぶりすら見せず、ルフィは微かに眉を潜めた。
 少年が引いた距離を一気に詰め、顔が寄る程の近さで彼女は囁いた。
「……そう、取引よ。私と婚礼をあげるの」
「…………」
 広げた手を少年の頬に添え、
「リフォルドとマウスンが合併してしまえば、もう怖いモノはないわ。
 揺るぎない地位、揺るぎなき名声、そして、揺るぎない頂点。
 世界を制するのよ」
 口元を喜悦の形につり上げて熱っぽく見つめる。
 日の光に照らされていた、愛らしい少女は此処には居ない。
 今居るのは、貴族という名の暗い闇。
「…………」
 彼女が言っている事は、政略結婚だ。
  確かに、二つの名が融合してしまえば地位は揺るぎないモノになるだろう。
 だが……
「……僕の事は、好きでもないんでしょう」
「好きよ。能力もある、地位もある。顔も綺麗」
 愛はない。
 人間としての公平さも無い。
 ただ、人形のように操られた、婚儀。
 そんなモノは、好きではない。
  それに―――
「きゃ!?」
 添えられた手を振り払う。
  少女が小さく悲鳴を上げ、振り払われた自分の手を見、憎しみのこもった瞳で見返してきた。
「お断りします」
 彼女のようなやり方は、ルフィが一番嫌いとするところだった。
「く……っ、出なさい!」
 予想通り、辺りから何の脈絡もなく人がわき出してくる。
 気配はもうとうの昔から感じていた。
 出てきた者達は黒い服に身を包み、闇にとけ込んでいる。
 片手には小さなナイフ。
 だが、口元には嫌な笑みが浮かぶところを見ると、専門の殺し屋というわけではないようだった。
「仕方ないわ、喜んで頷くまで痛めつけて差し上げますわ」
  手を広げ、少年を指さしながらアリアスは叫ぶ。
 軽く身を引き、少女を見つめた。
 後……実力行使に訴えるのも、嫌いだ。
  既に安全地帯へ退き、アリアスはコチラを殺気に似た視線で見つめてくる。
 後ろに二人、前に三人。
 計五人。
 そう判断し、ルフィは小さく嘆息する。
 一人に相手取るにしては随分大げさだ。
 しかも素手相手に刃物。
「さあ、答えはどうですの?」
「断ります」
 この包囲網のせいだろう。自信ありげに聞き返してくる少女に、ハッキリと言い返した。
「見かけに寄らず、勇気のあります事。
 勇気と無謀は別! 泣いて縋るまで叩きのめしてしまいなさい。
 ただし、顔や後々に響くような傷は付けてはいけませんわ!」
 怒りに震える声で、そう言った。
 命令の仕方が手慣れている。と言う事は一度や二度ではないのだろう。
 ルフィはその場に突っ立ったまま、そう考えた。
 号令に答え、向かってきた黒装束の腕が鞭のようにしなり。
 ―――鈍い音をたて、体が地面に叩き付けられた。

 




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