パーティ・ザ・デンジャラス-5






「いや、ご高名なリフォルドの名を継ぐ方とお話しできるとは、自慢の種になりますな」
 今日、何度目ともしれない賛辞の言葉。
「是非に私の名前をお父上に――」
 そして、同じような宣伝文句。
 殆ど聞き流しながら、それでも笑みを崩さず相手の話を聞く。
 途中で辞退しても良いのだが、自分の我が侭で父親の顔や、家の名に泥を塗るような真似だけは出来なかった。
 そろそろこの男も、探りを入れてくる頃だろう。
「そちらは何時も景気が宜しいようですな。
 これは失礼。
 世界に名だたる『リフォルド』ですから、低迷なぞあり得ますまい」
 期待に違わず探りを入れてきた。
 何処か皮肉ったような、嫉妬の混じった言葉。
「まあ、いつも通りですよ。貴方様の家柄程ではありませんけど」
  穏やかに微笑みながらそれを躱す。
 今の台詞に上機嫌で答えてくればただの馬鹿。そして、警戒を見せれば賢い方だ。
 手の内を見せず、相手を褒める。貶めるような言い方でもなく、自分の方を下げる言い方でもない。
 どうやらこの貴族は賢い部類だったのか、一瞬警戒するような気配が見えた。
「はっはっは、いやいや、この頃は魔物のせいで作物の成り行きも悪くてね」
「その噂は耳には入れています。
 自然災害の一種ですから、こればかりはどうしようもありませんが」
 苦虫をかみつぶしたような言葉に答える。
 最近の魔物の動向は、今までにまして良くない。
 だが、一個人ではどうする事も出来ないのも事実だ。
「城の兵は何をやってるのか」
「お城の方も、定期的に討伐隊を派遣しているらしいので、そう焦らずともそのうち魔物は居なくなるでしょう。
 果報は寝て待て、とも言いますし?」
 貴族の言葉に落ち着いたように微笑む。
 一瞬、彼はうさんくさげに眉を潜めたが、横にいるメイドに耳打ちをされ、僅かに色を失った。
「そ、そうですな。それでは、私はこれで」
 逃げるようにその場を去っていく。
 どうやら、コチラの情報収集能力に恐れをなしたらしい。
 先程耳打ちされたのは、一般では知られていないルフィの言ったような言葉。
  ある程度相手を翻弄し、警戒させずに丸め込む。
 または、牙を剥かない程度に軽くつついて引き帰させる。
 それがルフィの常套手段だった。
 幼少の頃から連れてこられていた為、話術もそれなりにこなせる。
 だが、やっぱり……この様な会話は苦手だった。
「ふふ……」
 ――――その姿を見て、アリアスが小さな笑みを浮かべた事に、気が付いたモノは居なかった。




  一日目で早速疲労困憊になったが、何とか乗り切り、二日目の日が落ち始める。
  カルネと談笑しながら食事を取る時だけが、唯一体を休められる時間だった。
 読んでいた本を机の上に置き、いい加減なまり始めた体を伸ばして窓を開く。
 涼しい風が吹き込み、部屋に広がった。
 下を見る。
 木々が連なり、丁度真下には大きな木がそびえ立っていた。
「…………」
 爽やかな地面と空気が恋しい。
  散策にいく事を決定する。
 大きく窓を開き、
「散歩、散歩♪」
 軽く鼻歌などを歌いながら、身を乗り出す。
 平然とやってのける辺り、随分と知り合いの悪影響があるのかもしれない。
  体半分が出たところで、
「何をやっていらっしゃるんですかッ!?」
 もう耳慣れた少女の絶叫が後頭部に突き刺さった。
 今までで最高記録の声量だ。
  恐る恐る後ろを見る。
 モップを構えた少女が、世にも恐ろしい形相で仁王立ちになっていた。
「えっと……さ…じゃなくて……く、空気の入れ換えを……」
 苦しいいい訳を言いながら窓から体を引っこ抜く。 
「先程、散歩とか聞こえてきたような気がするんですが」
「そ、そう?」
「もしかして、ルフィ様、窓から抜け出そうとかそう言う事を考えたりしていらっしゃいませんでしたよね?」
「い、いいえ。もう、全然そんな事はないです! だ、第一…ここ、二階だし」
  パタパタと手を振り、否定する言葉に納得したのか、
「そうですよね」
  あっさりと頷く。どう見てもルフィの姿から、窓から抜け出るとか、二階から飛び降りる、といった映像と結びつかなかったらしい。
 安堵のため息を吐きながら、少女を見る。
「何かよう?」
「あ、ええ……お部屋のお掃除に」
 少女の言葉を聞きながら両手を参った、と言うように上げ、
「えっと…… 
 取り敢えず、僕に向けてる切っ先……じゃなくて、柄を退けて欲しいな、と」
  情けない声で呻く。
「え? あ、す、済みません!」
「……んーと……掃除?」
「ええ。埃が立つのでルフィ様は表に出て下さい」
 モップを降ろし、首をかしげるルフィに外を示す。
 少年は眉根を寄せ、頬を掻いた。
「そんなに汚れてないよ?」
 床は鏡のように夕日を照り返し、辺りには埃の『ほ』の字すらない。
「毎日お掃除しないと汚れます! 少しずつゴミは蓄積されていくんですから」
「まあまあ、そんなに汚れてないから」
 力説をするカルネの背を押し、外へ向かう。
「え? えぇっ。あの…でも」
「良いから良いから」
 笑顔で少女の背を最後に強く押し、後ろ手で静かに扉を閉める。
「……よし」
 それを確認し、小さく呟く。
  ―――僅かに開いた天井の隙間から、ドア越しに舌打ちする声が聞こえた気がした。
「ルフィ様?」
 いささか強引な行動に彼女は不審そうな顔をする。  
 その視線を受け流し、
「うん、ついでだしもう遅いからカルネのお部屋まで付いていくよ」
 何処かな、と辺りを見回した。
「ええっ。けど……」
「遠慮しないで」
 言い淀む少女に笑顔を返し、
「そ、そうですか? じゃ、じゃあこっちです」
  廊下を案内され、ルフィは歩いていった。



  同じ階層の小さな扉の前でカルネは止まった。
 どうやら此処らしい。
 扉を開き、満面の笑みで振り返り、
「あ、有り難う御座いまし……あら?」
 天井を眺めた。
 僅かだが、今何か音が聞こえた。
「何かしら……」
 部屋の中に入り、天井板に手を掛け――
「ネズミかな?」
「やっ、やめて下さいよルフィ様!」
 部屋の外にいた少年の言葉に、天井をのぞき込もうしていた頭が引っ込む。
「まあまあ。そんな大声出したら駄目だよ」
「す、済みません……って、違います!」
  バタバタと手を振り回すカルネを見、ルフィは小さく笑うと、
「入って良いかな?」
 とお伺いを立てるように首を傾ける。
「ええ」 
 断る理由もないので、少女は小さく頷いて扉を開けた。
「鼠だったら、いい案があるんだけど」
 部屋に入ったとたん、悪戯っぽく瞳を輝かせ、天井を見る。
「え?」
「こんな時の為に、鼠駆除(ねずみくじょ)用の煙玉を携帯してるんだけど」
 どうかな、と言うように微笑む少年を見、カルネは開いた口がふさがらないようだった。
「何でそんなの……」
「うん、前別荘に行った時、鼠が出ちゃって。
 駆除できたけど、多めにあったから袋の中に――」
「湿気ってません?」
 言う言葉に突っ込みを入れながら少年を眺める。
 ルフィは軽く肩をすくめ、
「取り敢えずやるだけやってみようよ」
 『その時はその時』というように天井を見た。
「え、ええ。まさか部屋中煙で一杯になったりしませんよね」
「大丈夫だよ。蓋さえ閉めれば天井裏だけ煙が入り込んで、後は自然に抜けていくから」
 少女の言葉に軽く笑って首を振った。
「じ、じゃあお願いします」 
 と、言い終わらない内、予想外のスピードでそこまで行き、煙玉を天井板の裏へ投げ込んだ。
 一瞬どこからか動揺の気配が漏れ、バタバタと慌ただしい音がしたのち、静寂が戻る。
「大きな鼠だったんだね?」
 口元を抑え、吹き出しながら笑う声に、カルネは眉を潜め、
「え、ええ……でも大きすぎじゃ……」 
 釈然としない面持ちで首をかしげた。
「ふふ、ここってご飯が多そうだし。じゃあ、僕はもう行くね」  
 何処か急ぐようなその言葉に少女は首をかしげ、
「え? もう少しごゆっくりなさっ……」
「変な勘違いされたら、カルネが大変だから。じゃあ、また明日」
 遮るようにそう言いきり、何か言いたそうな少女の顔を見ずに。少年は扉を閉めた。
  数歩廊下を進みながら、小さくため息を吐く。
「……本当は別の場所で使うつもりだったんだけどな」
 廊下から差し込む光は、月光に変わりつつあった。

 




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