パーティ・ザ・デンジャラス-4






 カルネが頼まれたモノを持ってくるのには、そう時間は掛からなかった。
「はい、どうぞー」
 トントン、と軽いノックの音に顔を上げ、少年は笑みを浮かべる。
 片手には暇つぶしの本。
 少し危なっかしい足取りで、
「お、お持ち致しました!」
 言いながらフラフラと持ってくる。
 酔っぱらいか瀕死の鳥のように左右にユラユラと揺れ、片手にはお盆。片手には服を持っている。
 危険だ。 
 見ているだけで心臓に良くない。
  椅子を立ち、本を静かに置いてそちらへと向かう。
「え? あの……何か? きゃ!?」
 丁度真正面に来たところで顔を上げたカルネがバランスを崩した。
 転ける心配はないだろうが、ポットとお茶請けが宙を舞う。
 空中で回転し、蓋が開いて火傷を負う前に手を伸ばす、それをキャッチ。
 お茶請けは散らばる前に片手を伸ばして取り上げた。
「ふう……」
 安堵のため息が漏れる。
 間に合って良かった。
「す、済みません。や、火傷はしませんでした!?」
「平気。倒れる前に救出できたから中身も大丈夫」
 バランスを取り戻し、青ざめた顔で見るカルネに、中身の入ったポットを笑顔で向ける。
「よ、良かった〜」
 いい娘のようだが、動作は致命的に遅いようだ。 
 手に持ったポットを机に乗せ、ユラユラと危なっかしく揺れる銀のお盆を取り上げ、お茶請けと一緒に同じように置く。
 助けられたのは良いが、自分がもう一般人とは大きくかけ離れた行動を先程(気が付かれないようにだが)したような気がし、少し複雑な気分になる。
「あ、有り難う御座います」
 恥ずかしさのためか、カルネは紅潮した顔で頭を下げ、無言で服の入っている袋を差し出した。
「ううん。服、どうも有り難う」 
 礼を言って袋を開き、数種類確認。
 言った通りのものを詰めてある。それに、ルフィの好みをちゃんと把握しているようだ。
「…………」
 感心しながらそれを見、カルネに視線を向ける。
 少女は小さくなるように体をすくめ、
「あ、あの……シルフィ様の気に入るような服を……調べていたんですけど……その……お気に召しませんでしたか?」
  見上げるように見返した。
「有り難う。僕の好きな色とか、調べててくれたんだ……有り難く使わせて貰うね」
  嬉しそうに微笑みながら、もう一度ルフィは礼を言う。
「は、はいっ」
 頬を赤らめ、カルネは心底嬉しそうに力一杯頷いた。
 その言葉に少年は眉根を寄せる。
「あ、そうだ。その……呼び方どうにかならないかな……」
「シルフィ様ですか?」
「うん」
 もう一度口の中で呟き、聞き返してくるカルネに目線で首を縦に振る。
「じゃあ、御坊ちゃま?」
「うう、それは嫌」
 堅苦しい事極まりない呼び方に、少年は呻いた。
 首を少し傾け、ピックアップする。
「えっと、ご主人様?」
「もっと駄目だよ〜」
 更にずん、と身を沈ませるようにルフィはうなだれ、首を横に振る。
「?」
「ルフィで良いよ」
 疑問符を浮かべる目の前の少女に、苦笑気味に肩をすくめた。
 今度はカルネの方が困ったような顔になる。
「えっ……と。それは流石に」
「うーん」
 確かに彼女の言うように、少しマズイかもしれない。
 仮にも従者と主人。下手に馴れ馴れしくするのも変な噂が立つだろう。
 別にそれは構わないが、カルネの方が肩身の狭い思いをする。
 下手に虐めでも起きたら洒落にならない。
 どうするか、と思案していると、
「じゃあ、ルフィ様」
 首を傾けたまま提案を持ちかけてきた。
 その位なら大丈夫だろう。
「うん、仕方ないよね。それでよんで貰えると、嬉しいな。
 えっと、僕はカルネって呼んで良いかな…歳も近いし」
  頷き、お願いするようにカルネを見た。
「ふふ、分かりました。ルフィ様、お客様がいらっしゃる前に私はこれで退―――」
「え? あ、ちょっと待って待って」
 退散しようとするカルネの肩を掴む。
 不思議そうに見返す少女。
「はい?」
「カルネが居なくなると、このお茶請け無駄になっちゃうんだけど……」
  お茶請けを抱え、途方に暮れたような表情になる。
「え?」
  困ったように見つめる湖面のような瞳を、カルネは見つめたまま固まった。
「うん。丁度歳も近いし、ほら、初めてあったばかりだから」
(ああ、なんか僕言ってる事校長先生みたいだなぁ)
  脳裏をよぎったその言葉に校長に失礼だとは思ったが、僅かに顔をしかめる。
「僕が無理矢理命令したとか言えば怒られないし。
 怒られないように言い含めておくから、えっと…
 その、話したければだけど」
 視線を動かすと、三つ編みを萎れたように垂らし、少女は俯いていた。
 少女の不安を拭うように笑顔を取り繕い、
「あ、そ、そうだよね。忙しいんだったら無理には誘わないから。
 御免ね無理言って。そちらにも都合があるよね。
 えと……その場合これはどうしよう」
  途中で多めのお菓子を見つめる。
「あ、いえ……そんな」
  逡巡していたようだったが、カルネは顔を上げ、
「えっと……じ、じゃあご馳走になります!」
 見ている方まで幸せになりそうな程の満面の笑みで答えた。
 助かった、と言うようにルフィはお茶請けを机に戻し、
「本当? 有り難う。眠れなくて困ってた所で……
 ああ、御免ねそんなのに付き合わせちゃって」 
「え? いえそんな。眠れないんですか?
 ああ、私がやりますから座って下さい」
 ポットを抱えて注ぎ始めたルフィを見、カルネは慌てたように声をあげた。
「ん? この位自分で……」
(――――とか言っちゃったらカルネのお仕事がなくなっちゃうね)
「や、やっぱり……お願い、しちゃおうかな……?」
 塩を掛けられた青野菜のようにしぼんでいく少女を見、少し考えて器を渡す。
「は、はいっ」 
  瞬く間に、花が開くような満面の笑みになった。
「ゆっくりでいいから」 
 椅子に座り、心の中で苦笑しつつ、それを眺めながら本を開いて待つ事にする。
  細かな装飾の施されたティーカップに、琥珀色の液体が白い湯気を立てながら注がれていく。横には添えられた金のスプーン。
 白い砂糖壺には、雪のように純白の砂糖。粗がない砂漠の砂のような細やかさ。
 精緻な細工の彫り込まれた銀のスプーンが、白い砂浜へ無造作に差し込まれ、お茶請けには形、色様々なクッキー。
 そんなに食べないんだけど、と思ってしまうくらいの量がキッチリと並べられている。 大体は、残すのを想定してお茶請けや料理を渡すのだ。
 思ったよりも手早くお茶を入れ、
「さっきの続きですけど、眠れないんですか?」
 テーブルに音をたてないように並べてカルネは尋ねる。
「え、ああ…その…うん。何だか、豪華すぎて」
 とても大がつく商人の息子とは言えない発言をしながら、ルフィはベッドや窓を眺めた。
 習ってカルネもブラウンの瞳で視線を向ける。
  鮮やか――と言うよりもどす黒く、血を好む夜の支配者が朝、就寝に付きそうな赤い天蓋(てんがい)が付いたベッド。
  美麗と極彩色を取り違えたようなシュールな絵画。
  綺麗ではなく、眩しすぎる金縁(きんぶち)の窓枠。
 ある意味お金の使い方を間違えているような気がする、高級な床板を覆い隠す分厚い絨毯。
「そう、ですね…」
 彼女も同じ考えなのか、ルフィと似たような疲れたような顔で同意した。
 その後、二人で他愛のないやりとりを交わしながら、夜は更けていった―――



 当然の事ながら、熟睡できるわけもなく。
 朝の光が零れない内に、浅い眠りから覚めたルフィは、身支度を済ませて本を読みつつ時間を潰していた。
  斜め横にある趣味が良いとは言えないベッドで、眠れるものは多くはないだろう。
 もしかすると自分だけかと少し不安に思いつつ、ページを捲る手を止める。
  客人が暇にならない為にだろう。本棚の本は様々な種類が置かれていた。
 簡単な娯楽小説から、難しい哲学本まで。
 部屋の三分の一を占める本棚の本を軽く視線を上げ、見る。
 一日目未満にして、既に棚の三分の一は制覇している。
 この分だと、帰る前には全部読めそうだな、と思いながら流し読んでいた本を静かに閉じ、棚に戻した。
  間をおかず、背表紙に指をかけ、次の本を手に取る。
 合間を空けると面倒なので、順番に読んでいるのだ。
 半分ぐらい読み進めたところで、扉が叩かれる。
「ルフィ様? …あの」
「お早うカルネ。どうぞ入って、開いてるよ」
 本から視線を上げ、微笑む。 
「え? もうお起きになられていたんですか?」
 扉が開き、栗毛色の三つ編みと共に少女の顔が扉から覗く。
 その様子は何処か首をかしげたリスの様。
  和む景色に微笑を抑えながら、
「うん、ちょっと……ね」
 辺りを見て少年は首をすくめた。
「…………」
 仕草で気が付いたのか、ハッとしたように口元に手をやり、
「そ、そうですね」
 大きめの三つ編みと肩とを少しふるわせて苦笑する。
「あ、良い匂い」
 鼻を掠める柔らかな香ばしい香り。
 ベーコンの焦げた良い匂い。
「ああ。そうだった。朝食をお持ち致しました」
 気が付いたように少女が言い、横にずれると木製のワゴン車の上には、食事が一式。
「有り難う」
 見栄え良く並べていく姿に、笑顔で謝礼の言葉を述べる。 
「い、いえ!? こ、これが私の仕事ですのでお気になさらないで下さい!」
 白いカップに紅茶を注ぐカルネが、がばっと顔を上げた。
「え、えっと。一応お礼を言っただけで……そのカルネ」
「わ、私なんかにそこまでお優しくして頂けるだけで光栄です」
 感激しているのか、手にもっているポットとカップがふれあって、カツカツと音を鳴らす。
「あの……カルネ」
「で、ですからそのあのそんなお礼の言葉なんて恐れ多――」
 控えめなルフィの言葉は届いていないのか、更に興奮したように言葉を紡ぐ。
「カ・ル・ネ!」
 と、そこで一字ずつ区切るように強調した少年の言葉で声が途切れた。
 身をのけ反らし、悲鳴のような言葉を紡ぎ、頷く。
「は、はいっ!?」
「あの、もうお茶は多すぎるから良いよ。そんな…許容量ギリギリまで入れなくても」
  困ったような呆れたような……そんな微妙な表情で、少年は彼女の手元のカップを眺めた。
「え? あ」
 話している最中にカップの容量を超え、溢れた紅茶が下の皿を濡らしている。
 寂しげに沈んだ金のスプーンが覗いていた。
「す、すすすすすす済みません! す、すぐに入れ替えます!」
「えと……焦らないで良いから、ゆっくりどうぞ」
  あまりの慌てぶりにルフィはどうどう、と両手を軽く揺らし、焦り過ぎてひっくり返しそうな勢いのカルネを宥める。
 彼女は数回深呼吸をした後……
「は、はい」
 コクコクと頷き、別のカップに注いでルフィに渡した。
「朝食は此処でとるんだね」
 受け取り、口の中に含んで香りを楽しむように転がす。
「ええ。かなりの数の方々がいらっしゃいますから」
「……そっか……」
 生返事を返し、口に含ませていたお茶を飲み込んだ。
 一人一人に配膳するのは面倒だが、殆どが貴族。
 メイドの一人や二人は連れてきている。人数が多い時は食事を部屋に運ばせる方が効率が良い。
「今日の日程は?」
「ええっと、お昼から夜中までずっとパーティです。
 ですから、今のウチにキチンと食事をとった方が良いですよ」
 ちゃんと調べておいたのか、笑顔で答えた。
 それに頷き、
「そうだね。マトモに食べれないだろうから」  
  紅茶をもう一口。
 貴族達との会合の席では、会話の方が重視される。
 豪勢な食事や飲み物。それらはあるのだが、たいていの場合食べる暇すら与えてもらえない。
  彼らとの話し合いは自己紹介に、自慢に、そして腹のさぐり合い。
 昼からの事を思うと食事も進まないが、絶対に食べろと目の前の小柄な少女の視線が言っている。
「うう、食べます」
 小さく呻くようにそう言うと、彼女の口元が和らいだ。
「ふふ。ルフィ様」
「ん?」
「私、果報者です。こんな優しくて、私みたいな者にも声を掛けて頂いて」
「えと…それはちょっと褒めすぎだと思うな」
 眉を寄せつつ、紅茶を含み、
「しかもこんなにお綺麗ですし」
「げほ、ごほっ」
 噎せた。
 含んでいたのが少量だったのが救いだ。
「だっ、大丈夫ですか!?」
 急いでカルネが少年の背をさする。
 ひとしきり噎せ返った後、涙目で彼女を見やり、
「あの……綺麗って」
「え? あ、ええ。お綺麗です。
 初めて見た時はお部屋を間違えたのかと思うくらいでした。
 男の方だって聞いてましたから」
「うう、一応男なんだけどな……これでも」
「……あ、す、済みません。たまに忘れそうになってしまって」
 袖で涙を拭うルフィに、笑顔で並の貴族であれば大事になりそうな爆弾発言をする。
(もうやだ……この顔)
 心の中で涙しつつも、特にその発言については咎めずに軽く食前の挨拶をし、食事に手を付ける。
「ご馳走様」
 長めの時間を掛けて食器を空にし、ルフィは手を合わせた。
 食べ方は恐ろしい程綺麗で、パンくず一つ見つからない。
 口元も既に拭ってしまい綺麗なものだ。
 食後の様子に少々驚きつつ、カルネは手早く食器をワゴン車に運ぶ。
「あ、もう行くんだよね?」
「え、ええ」
 肯定の言葉に、ちょいちょいと椅子を指さし、
「少し此処に座って」
「へ?」
「良いから良いから」
 笑顔の言葉に促されるまま着席する。手の中には何故か高そうな櫛。
「あの…?」
「ちょっと待ってね、あった。紐が外れてるから」
 不思議そうに首をかしげるカルネを見、引き出しから黒い紐を取り出す。
「えぇっ!?」
 言われて髪に触れると、千切れたのか、確かに髪の毛が解けていた。
「動かないでね。すぐ終わらせちゃうから」
 解けた片方の髪を取り、柔らかな手つきで流れるように編み込んでいく。
 そう経たず、編みあがった髪の毛を手早く黒い紐で結び、
「はい、出来た」
 どう見ても先程より数段綺麗な編み込みの三つ編みを手から放す。
「…………」
 見比べて、首をかしげ、
「バランスが変になるから、こっちもしていいかな?」
  笑顔で尋ねる言葉に、否定できる者は居ない。
「ちょっと待っててね」
 何故か少し楽しそうに編み込みを開始する。
 彼の宣言した通り、一分も経たずに三つ編みは出来上がった。
 何処かぼーっとしたようにカルネはそれを眺めている。
「あ、下手で御免ね」
 口元に手を当て眉を寄せた言葉に、ハッとしたように少女は顔を上げた。 
「い、いえ。あ、有り難う御座いました」
 真っ赤になって頭を下げる。
「? うん」
 不思議そうに微笑みつつ首をかしげるルフィの後ろの窓から、馬のいななき。
「……そろそろ人が集まってきたみたいですね」
 それを聞き、瞬時に赤みの引いた顔でカルネは小さく言葉を漏らす。
 気が付くと、陽は真上近くに浮き上がっている。
 パーティの時間は、刻々と迫っているようだった。 

 




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