パーティ・ザ・デンジャラス+α-1





 夕闇が差し迫る……
 木々は身を紅に染め、街は焼けたような朱に彩られ――――
「ルフィ様ーーーー愛しておりますわーーーーー」
 扉が喧しい音を立てて勢いよく開かれると同時に、愛の言葉が放たれた。
それを半眼で眺めながら、クルトは机に手を入れたまま動きを止める。
 勿論扉が愛の言葉を囁いたわけではない。
 そんな扉があるものなら是非ともお目に……いや、お目に掛かりたくはないが。
 恥ずかしげも無く言い放ったのは、扉の向こうから現れた、金髪の少女。
 切れ長の青の瞳を不思議そうに瞬き、教室中を眺め回す。
「あ、あら? ルフィ様は?」
「とっくに拉致(らち)られたわよー」
 キョトキョトと辺りを見回す仕草に、至って楽観的に返事を返す。
 まるで、『今日は天気が良いわねー』とでも言う程の。
 言葉の重みが感じられない位軽い言い方。
 それ故に、少女……エミリアは納得したように頷いた。
「そ、そうですの。もうお帰りになってしまったんですのね」
 見事に『拉致』の部分は耳から流れていったらしい。
 突っ込みを入れるか入れまいか迷っていたようだったが、
「……いやまあ、ある意味間違ってないわよね」
 机の中からノートを引っ張り出し、クルトはそう一人で納得した。
「どの辺りがだ」
 背後から、声が掛かる。
「ん? 全体的に。チェリオは何時から居たのよ」
 特に驚かずに、そう返す。もう彼の出現方法にいちいち怒鳴るのにもくたびれていた。
 栗色の髪と、瞳。背が高く、クルトが聞いた大多数の女生徒に寄れば『王子様』。
 アレを王子様と言わずして、何を王子様と言おう! とばかりに意気込んで説明してくれたモノだ。不思議そうに首をかしげる自分に奇異の視線を交えつつ。
 そんな事を思い出しながらクルトは後ろの青年を眺める。
 高い背はあっさり彼女を越え、比較的標準よりも高いスレイでさえ抜かれている。
 顔立ちは、何処か彫像のようにも見える程整っていた。
 その顔を動かすでもなく、青年は腕を組んだまま答えた。
「『ルフィ様愛しておりますわ』の辺りからだが」
「って、始めからじゃないそれ」
反射的にビシリと突っ込みを入れ、疲れたように嘆息する。
 いい加減この青年の言葉に反応するのが自分でも嫌になってきたからだ。 
青年の言葉の隙間に、(ひず)みを見つけてしまうと見逃せない自分も嫌かもしれない。
 チェリオは双眸を呆れたように細め、
「拉致のどの辺りが帰宅と変わらないんだ」
 軽く首を振る。
 反応したのはエミリアだった。
 軽く十秒程言葉の意味を咀嚼したのち、
「拉致!? どういう事ですの説明しなさい!」
 掴みかからんばかりの勢いで、鼻が付きそうな程に詰め寄った。
 動揺はせず、クルトは半眼でノートを持ったまま、
「遅いわよ。反応」
言いながら鞄に仕舞う。
「そんな事どうでも宜しいですわ! その時の話をく、わ、し、く教えてくださらないかしら!?」
 歯が軋みそうな程力強く、シッカリと。力を込め、ついでに首元掛けた手にも力を込めつつ尋ねる。
いや、尋ねると言うよりはもう尋問の域に近い。
 徐々にこもる力に、締め付けられている為血の気の引いた顔で、クルトは軽く手を振った。
「ぐえ……ぃや……はなそーにも……く、首がき、()まってるんですけど」
 途切れ途切れの言葉に少し瞳を瞬かせ、
「放しましたわ。さあ、お話しなさい」
 パッと手を放して直ぐに催促する。
 微かに赤く跡の付いた首筋を片手でさすり、
「ゲホゴホッ……こっ、この女は」
 目の前の金髪の少女に聞こえない程の声で、怒りを含めて低く呻いた。
「さっさとお言いなさいな」
「言うわよ。言えば良いんでしょ」
 隠し立てする必要もないのであっさり折れる。
「そうねぇ……あれはついさっきのことだったわ」
「ほう」
 頷くチェリオに少し視線をやった後。
 軽く虚空を見やり、クルトはつい数刻程前の事を思い出した。

 

「ううー。終わった終わった」
 授業のチャイムが鳴った後、クルトは大きく伸びをした。 
凝り固まった体をほぐし、後ろを見る。
「?」
 不思議そうに空色の瞳が見返してきた。
 学園支給のゆったりとした紺のローブ。
 上位成績を表すそれは、何か魔力でも込められているのか、くすんだ色ではない。
 柔らかな空色の髪が肩口まで掛かっている。
 良く眺めてでさえ、少女と見間違えそうな程の愛らしい顔をクルトに向けている。
 白い華奢な指先は、今日習った部分を書き写したノートに乗せられていた。
 これから仕舞う所だったらしい。
 キョトンとしている幼なじみの顔を眺め、
「ねールフィ。放課後、予定ある?」 
微笑んだ。
「………え」
 暫く分からなかったかのように目を開いたまま硬直し、
「え? え? え?」
 驚いたようにノートを胸元に抱えた。
 瞬時に顔が赤くなる。
 視線を泳がせながらも、逸らさないように頑張って維持いるようだった。
(いつも思うけど、何でこの程度で顔が赤くなるのかしら)
少年の態度を見れば分かるのだが、彼女にとっては大きな疑問だ。
「えっと、あ。うん……その。ある…けど」
 今にも破裂しそうな程紅潮した顔で、しきりに頷く。
「そっか、じゃ。一緒に帰ろ」
「う、うん!」
明るい言葉に、ルフィは嬉しそうに首を縦に振った。

「そこでね〜」
帰路につきながら他愛もない談笑をする。
隣の少年が、それに聞き入り、始終表情を変化させた。
一言一言に笑顔や苦笑。相槌を返してくる。
 それが嬉しくて、何時もコチラが一方的に喋る形になってしまうのだ。
「うん、それからそれから?」
 だが、ルフィは怒らない。穏やかに笑って聞いてくる。
 少女は、昔からこの時間が好きだった。
他愛のない話。重要ではない情報の交換。
 緩やかに流れる時。平和な……和やかな空気。
 心の底から、この時間は好きだと言える。
 平凡で平和で、欠伸がでそうな程の時の流れ。
 いつもは足早に過ぎ去る日暮れも、今はゆったりと流れていく。
 轟音も、破壊も、無い。
 平和って、こういうのを言うのかな。と思える瞬間。
 誰がそれを崩しているかは頭から放り出すとして、貴重で大切な時。
 上がる土煙。聞こえる轟音。
 この時間は何物にも代え難―――
「ん?」
一瞬、不穏な擬音が聞こえたような気がし、クルトは僅かに眉を寄せた。
「どうしたの?」
「え…っと。な、なんでもないわ。気のせいだから」
 気のせい…そう、気のせいだ。頭にそう言い聞かせながら、首を傾けるルフィに引きつった笑みを返した。
「……?」
 ますますルフィの顔がしかめられる。
 空耳と言う事にしても誤魔化そうとしても、事実は事実だったようだ。
 土埃を上げながらそれはもの凄い勢いで突き進んでくる。
 ここが雪山であれば、クルトは雪崩と勘違いしただろう。それ程の勢いで。
 その土煙が見えない場所へ幼なじみの背を押し、
「……ルフィ、や、やっぱり引き返さない?」
 額に汗を流しつつ、微笑んだ。
「え? どうして?」
「うんとあの…それはーえっと」
 尋ねる言葉に詰まりながら、言葉を紡ごうとしたその瞬間。
『ルフィ様あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ』
土煙から声があがった。
 何処か命令的なモノを感じさせる口調。
 聞き慣れた声。
 聞きたくない、声。
「!」
 弾かれるようにルフィが顔をそちらへ向けた。
 馬車を引き連れ、近所迷惑な音をたてながらルフィへと一直線に向かってくる。
 窓の合間から見えるのは、厳めしい顔つきをした老人。
 視界の端でソレを捉え、少女は険悪に呻いた。
「やっぱり出たわね……あのジジイ……」
「じっ……爺や!?」
 ルフィは目を白黒させながら口元に手を当て、硬直している。
その目の前に、静止した。
 馬が鼻息荒くいななき、(ひづめ)を掻き鳴らす。車輪が擦れ、地面を抉った。
 普通の乗合馬車などの比ではなく、立派な(ほろ)
 側面のあちこちに細かな手が加えられており、さり気なく金の模様が書き込まれている。
 大きめの扉を開き、そこから一人の老人が風のように颯爽と現れた。
 黒いスーツを着込み、ビシリと背を伸ばした白い髭とは不釣り合いな姿。
「ルフィ様! お会いしたかったですぞ」
 言うやいなや、ルフィをしっかと抱きしめた。
「痛い痛い痛い痛い。爺や痛い痛いってば苦しい本当に苦し……」
 老人とは思えない程の力で締め付けられ、ジタバタと苦しそうに少年は藻掻いた。
 予想通りの展開に、げんなりと、クルトは半眼になる。
「……まだ生きてたのね爺さん」
 ルフィを抱きしめる腕を緩めぬまま、
「むむ!? その声は、害虫!」
 鬼のように強張った形相で少女を見、一気に後ずさる。
 特に気にした様子も見せず、腕を頭の後ろで組み、
「おお〜♪ 細菌から目に見えるくらいの大きさにランクアップしてくれて嬉しいわ」
笑みすら浮かべつつクルトは鼻歌交じりに老人を見た。
 微かに眉を跳ね上げた後、
「オホン、ルフィ様。ばっちいですぞ。手を拭きましょうな」
 咳払いをして白いハンカチを取り出す。
「そ、その前に放して〜」
「いや、ルフィそれどころじゃ無さそうだし。というか何しに来たのよ」
バタバタと暴れる少年を見て、軽く突っ込みを入れる。
「おぉぉぉぉぉ、私とした事が!」
「いやだから何なのよ」
 木々すら響かせ、上がる声に半眼になりつつクルトは尋ねる。
「これは大変ですな。由々しき事態ですぞ」
 ずれた眼鏡を直し、直立不動の執事は馬鹿でかい独り言を言った。
 手をわなかかせ、
「だーぁかーらぁ。なーんなーのーよーぉ」
 怒りを抑え、唸る。
 だが、何か煩いハエでも払うように片手を振り、
「パーティですぞ。と言うわけで早く準備してくださいルフィ様」
 一方的に言い放つ。
「へ? あの僕初み…」 
 当然、ルフィは目を点にしたまま状況を飲み込めず、声をあげた。
 それすら空気のごとく聞き流すと、執事は歳に見合わない怪力で少年を馬車に放り込み、
「そう言うわけで、平民の小娘などとじゃれ合っている暇は御座いません。
 では」
 厳めしい顔は崩さず、嫌みな程礼儀正しくそう言うと馬車の扉を閉めた。
 勿論既に乗り込んで。
 来た時と同じように、土煙を上げ、怒濤の勢いで馬車は過ぎていった。
 アレがルフィの屋敷の従者でなければ立派な拉致だ。
「…………」
 勢いに飲まれていたクルトは暫く沈黙してその場に佇んでいた。
「えーっと……」
硬直から解け、動かない脳味噌をほぐす。
 取り敢えず、ルフィは拉致されたらしい。
「…………夕日が綺麗だわ」
 赤く染まり始めた大気を眺め、少女は目を細めて呟いた……



 
「と言うワケなのよ」
 そこまで話したクルトに、エミリアは眉をつり上げ、
「貴女は何故此処にいらして?」
何処か詰問のように尋ねた。
 それに鞄からノートを取り出し、ピラピラと振り。
「ノート忘れたから取りに来たの」
平然と答える。
「……というかエミリア、パーティって何?」
「パーティはパーティですわよ。そんな言葉の意味も知らないなんて……
 流石庶民、恐ろしくて声もでませんわ」
 口元にどこからか取り出した扇を当て、高笑いする少女を呆れたように眺め、
「出てるじゃない」
 目眩を少し感じつつ呟いた。
「……こんなコトしている場合ではありませんでしたわ!
 私も招待されていたんですの」
 クルトの言葉を流し、気が付いたように金の髪を掻き上げ、外を見る。
 数秒程沈黙を挟み、横目でエミリアを見ながらクルトは口を開いた。
「じゃあ、なんでのほほんと此処でこうしてるのよ」 
 エミリアはばさり、とドレスの裾を翻し、
「ふっ、忘れていたに決まってるじゃありませんの! おほほほほほ」
キッパリと答えた。 
 清々しいまでのその言葉にクルトは何処か遠くを見るような眼差しで虚空を見やり、
「そう」
 投げやりに返す。
……威張るなよ。という突っ込みを入れる気力すらない。
「ルフィ様、直ぐに追いつきますわ。お待ちになってくださいませ」
 ウットリと瞳を潤ませ、両手を祈るように組む。
 こうなってしまったエミリアには、何を言っても聞こえない。
 寝ているチェリオを揺すって起こすような無駄な行為だ。
「…………早く馬車の手配をして行かないといけませんわね、支度にかかりますもの」
 陶酔していたエミリアは、現実に帰還して慌てたように教室の扉から出て行った。
 大きい音をたてて扉が閉まる。
 そこで、クルトとチェリオの視線が合った。

――――うっふふ……ラッキー♪
 ――――やるか。

 二人は、同時に頷く。
言葉ですらたまに意思疎通も通わない二人だが、今回に限って成功した。
アイコンタクトで。
 ただし、どう見てもよからぬ言葉を交わしているようにしか見えなかったが。
 

 




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