密林探検隊-1





妙な寝苦しさで朝起きると、部屋が熱帯雨林だった。
「…………」
クルトは自分の頭をポリポリかき、寝ぼけた声でつぶやいた。
「夢か」
冷静に考えても部屋がいきなり熱帯雨林になるなんて事はあり得ない。
 そう、部屋に大木が生えたり、ツタがそこかしこに絡まってたり、しまいには大きな花まで咲き乱れるはずがない。
 うんうんと納得し、ふと、時計が目にはいる。
「…………えーっと…………は」
文字を読みとって、しばし固まった後、がばりと体をベットから起こすと頭を抱えて絶叫する。
「遅刻する〜〜〜〜〜〜〜〜ッ」
大あわてでクシを取り出し、服を着替えてマントを取り出――――
 しかけて眉をひそめた。
「ん?」
 何かがおかしい。
「確かココって熱帯雨林」
でもタンスがある。
「あたしの部屋じゃないはず……」
 ドレッサーがあってベットがある。
「…………」
 しかもすべて見覚えがあった。
「ッてことは何!? あたしの部屋がジャングルになったってワケ?」
 当たり前だが質問の答えは返ってこない。
「……ぅぁー最悪。カビとかキノコとか生えたらどうしてくれるのよ。
 あー。しかも盛大に樹まで生えてくれて。
 服もしけってて気持ち悪いし……」
 ぶつぶつとやり場のない怒りが言葉を重ねるごとに募っていく。
「はっ、こんなことしてるばあいじゃないわ! 学校!!」
 どうやら、彼女にとっては学校遅刻のほうが最重要項目らしい。


一方そのころ。
「クルト遅いね……」
 朝の登校を終えたルフィが頬に手を当てて、困惑気味につぶやく。
 空色の髪の毛が動いた拍子にサラサラと揺れた。
 隣に居る青年は無表情ながらも、少しだけ眉を動かし、
「珍しいな」
 小さくつぶやく。
 ルフィは自分のローブの袖を握りしめ、
「何かあったのかな……?」
 不安げに窓から校庭を眺めた。
 いつもは遅刻しない幼なじみの少女が、今日に限ってやけに遅い。
 元から心配性なルフィ。不安がどんどんふくらんでいく。
 放っておけばそのうち探しに行きそうな雰囲気だ。
 それを知ってか知らずか。青年は腕を組んだまま静かに目を閉じ、
「あいつの周りにいる奴なら分かるが、本人に限ってそれは絶対無い」
 心の底から断言する。
「チェリオ……言い切らなくても」
 ルフィは困ったように眉根を寄せ、口元に手を当てる。
 元々少女のような顔立ちの彼だが、こういう仕草をすると本気で見分けが付かない。
 どうかすると本物よりも数段可愛いのでタチが悪い。
 性別を間違えられることが多々ある。と言うのにはこれなら頷ける。
 こういう仕草は本人も無意識でやっているらしく、指摘されるまで気が付かない傾向がある。
 チェリオはピッと人差し指をたて、
「ルフィ……これは常識だ」
 目を閉じたまま朗々と語る。
「そ、そうなんだ」
どういう反応をしたら分からないと言うような微妙な表情で頷き、
「…………そうだよ。大丈夫だよね、うん」
少し落ち着いたのか小さく吐息を吐いて、もう一度頷く。
「…………何時…………授業開始だったか」
 ふと思い出したように、ポツリとチェリオがつぶやく。
「あと、15分だよ」
 それを聞いてルフィはにっこり微笑み、答えた。
 性格面、その他諸々似ていない二人だが何故か妙に仲が良い。
「…………」
「…………」
多分仲が良い。

「遅れたら何だ」

「遅れたらね、二週間トイレ掃除だよ」
 チェリオの要領を得ない質問をルフィは難なく答える。
「それだけでアイツは何時も無遅刻で来るのか?」
「えっとね……」
「…………」
「女子は校長と一緒にトイレ掃除」
「嫌だなそれは」
「…………」
「…………」
「クルトだけ特別に『校長室を校長先生と二週間掃除』」
「何したんだ……?」
「んとね……えーっと。入学式の時にクルトが」

『はぁ!? トイレ掃除? じょーだんいわないでよ』
『そうですか、嫌ですか』
『そうよ』
『トイレ掃除以外なら良いんですね』
『えー。そうよ』
『だったら校長室を僕と一緒にお掃除ですね』
『は? 何で校長室? しかも何でアンタと一緒!?』
『トイレ以外なら良いって言いましたから』
『し、しまったぁぁぁぁぁ』

「……っていう経緯があったんだけど」
 まあ、要するにトイレ掃除を嫌がったおかげでもっと最悪な結果になってしまったらしい。
「アイツは昔からああなのか」
「いや、その。昔よりちょっとは……大人しくなってるよ」
「ちょっと?」
「たくさん……」
「たくさん?」
「その……」
 墓穴を掘るルフィにチェリオは追い打ちをかける。
「……つまりお前もアイツがおてんばな暴れ車だと認めるわけか」
「そ、そう言うワケじゃないよっ。本当にそう言うつもりじゃ。
 おてんばな暴れ車、とか。
 せめてもうちょっと大人しくなって欲しい、とか思ってないよ!」
「俺は言ってないぞ。『大人しくなって欲しい』とかは」
「…………うっ。その……」
「アイツの場合ちょっとどころじゃ足りない気もするがな」

 




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