交わりし力-9






 薄闇が迫り始める。
 何時ものごとく不機嫌なのかそうでないのか、良く解らない顔で青年は白いマントを翻し、ガタリと席に着いた。
 床が擦れ、嫌な音が響く。
「で、どう?」
 隣の席に着いたチェリオを横目で眺め、クルトは教科書を纏めた。
「疲れた」
 返ってきた答えは気怠いもの。
 直ぐ後に、教室の扉が開かれ、レムが何処か疲れたように言葉を吐き出した。
「……ふう。教える事は教えたよ」
「そう、そろそろだと思ってたわ。レム、無茶しないで休んだ方が良いわよ」
 倦怠感の混じったその台詞に僅かに眉を潜め、分厚い魔導書を幾つか机から引っ張り出す。一旦手を止め、注意するように少年に指を突きつけた。 
 肩をすくめるだけでそれを流し、
「元の素質があるんだろうね。
 魔剣士は精神力や自己のコントロール力に優れてるとは聞いていたけど、ここまでだとは思わなかったよ。大丈夫、次はクルトを教えないといけないしね」
 恐らく教わる一部分だけなのだろうが、クルトの方に向かって本を差し出す。
 重い嫌な音が机の上から聞こえた。
「俺の方は……まだやるのか?」
「君はもう教える部分は教えたよ。
 それに……こっちも教えられる限界だしね」
  尋ねられ、嘆息する。
  あれから三日。
 あらゆる実験、実証を繰り返し。
 ――――出た結果は、異種の魔術。
 自分たちが詠唱や術の名を口に出す事で魔術を具現させる方法とは違い、彼の場合思うだけで……いや、念じるだけで術が発動する。
 そのため、こちらから教えられる事はほとんど無い。
 唯一救いと言えば。才能か元々の能力か、制御のコツを掴むのが早かった。それくらいだろう。
「成果はどうなのよ成果は」
「…………」
 青年は、余所を向き、少女の言葉に答えない。
 ガラリと横引きの扉が開き、ローブ姿の少年が顔を出した。
「あ、チェリオ。終わったん………」
  そこで固まる。
「あらルフィ。どしたのよ固まって」
「ク、クルト…床床床!」
 首をかしげる少女声でハッとしたように硬直を解き、天井を指す。
「ん?」
 天井?
 そう言えばヤケに……床が遠いような、気も。
(いくらなんでもあたしそこまで座高は低く)
「椅子、椅子、椅子が浮いてる!」
 慌てたようなルフィの言葉で現実を再確認する。
 浮いていた。
 それはもう、バッチリと。
「きゃーーーちょっ、なによこれぇっ!」
  落ちないように椅子にしがみつき、悲鳴を上げる。
 隣にいた青年は、驚くでもなく余裕の笑みを――――
「って、アンタか! チェリオがやったのねこれ! おろせっ!」
「経過を教えろと言ったから教えてやったのにな」
 溜め息混じりに嘆息する。それと同時にゆるゆると椅子も元の高さまで戻っていく。
「子供みたいな嫌がらせしないでよ。確かに『制御』は、出来たみたいね」
 あと頭の中身を詰め替えてこい、と言うように制御、の部分だけ強調する。
「凄いチェリオ。制御って難しいのに」
 ルフィが両手を合わせ、称賛(しょうさん)の眼差しを送る。
 視線を受け、面倒そうに頭を掻き、
「身長程浮かせる位しかまだ出来ないがな」
「役に立たないわね、それは」
 同じように疲れたような表情でがくりと少女も肩を落とす。
「あとは自分で色々覚えてよ。こっちは教えられる事は教えたんだから」 
 投げやりにも聞こえる少年の言葉に文句を言うでもなく、
「そうだな。こちらで勝手に覚えさせて貰うか」
 教材も山程ある事だしな、とひとりごち、頷く。
「やっぱりチェリオも集中しないと魔術使えないのかしら」 
 ふとした少女の疑問には、すぐさま答えが返ってきた。
「そうみたいだね、その辺りは僕達と一緒だね。
 剣術と同時に、というのは少し難しいと思うよ」
 クルトは感慨深げに頷き、腕組むと、
「あたし的には、『剣術と一緒に使う前に魔術自体が使えるのを忘れてる』を押すわ」
 力強く言い切る。
「おい」
  間を置かず、チェリオからの突っ込みが入った。
 非難じみた視線をかわし、乱れた髪を手櫛(てくし)()き、
「ところで本当に浮かせるくらいしかできないの?」
 疑問を唱えた。
「そうだな……まあ、治癒も出来るとは思うんだが」
「え? そうなの?」
 曖昧な物言いに首をかしげ、尋ねる。
「ああ。怪我した時に『早く治れ』と思ったら傷が消えていたからな」
「……そんな大けがしたの?」
 心配気に眉を潜める少女を横目で見、
「…………そうだな。かなりの大けがだったぞ」
 お前が原因のな、と内心毒づきつつ頷き、自分の頬に手を当てる。
「?」
 何処か含んだ言葉に訝しげな表情でクルトは青年を眺めた。
「異種の魔術……研究する価値はある、か」
  小さく呟かれたレムの言葉に振り向くと、何処か難しそうな顔で、何かを考えているようだった。
 ルフィに視線を向ける。
 紫水晶の瞳と目が合うと、何処か恥じらうように瞳を伏せたが、にっこりと微笑み返してくる。
 そして、チェリオへ視線を移す。
  特に何も言う事はない、とでもいうように視線は明後日の方へ向いていた。
(異種の魔術……見えた魔術の軌跡。何か)
 何か……しこりのような不快感が胸を覆うのは、気のせいなのか。
 ただ、いやな予感が胸を占めていた。
「よぉし。あたしも勉強頑張るぞ。おー」
 それを振り払うように明るく笑う。
 今はただ、気のせいにする事しか出来なかった。
「珍しく乗り気だね。じゃあ、今日は奮発して十箱って言うのはどう?」
「いや……本気で死ぬと思うから箱単位は止めてよ」
 感づいたのだろうか、合わせるように言ってきたその言葉に、少女は苦笑気味に微笑んだ。



《交わりし力/終わり》




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