交わりし力-8






 貫くような鋭さを持ったレムの言葉に、一瞬。大きく空色の瞳を見開いたルフィだったが、ゆっくりと溜め息を吐き出し、うなだれるように頷く。
「あ……う……は、い」
「まさか……」   
 その様子を見ていたチェリオが、何かに気がついたような声を漏らす。
「どういう事よ……?」
「話。聞かせてくれるよね」
 訝しげに細められた紫の瞳を横目で見た後、レムは否定を許さないような声音で尋ねた。
 しばしの沈黙を挟んだ後、ルフィは重い口を開き始めた。
「……先日の、黒白珠で意識が入れ替わった時……そう。洞窟の中で魔物に出会って」
「あの時の?」
 クルトは小さく声を漏らした。
 入れ替わったあの日から、もう一週間は経過している。
 何が関係あるのだろうか。  
「魔物が出て。僕は……」
 ここから先が言いにくいのだろう、一旦言葉を切り、
「僕、魔術を使い掛けたんです。チェリオの身体で」
「……あ!」
 少女の脳裏にも、その時の光景がフラッシュバックする。
 確かに彼は洞窟の中で魔術を編み上げていた。
 だが、それは途中で途切れたはずだ。彼の躊躇(ためら)いによって。
 ルフィはやはり顔を伏せたまま、
「途中で思いとどまって構成を解いたから、大丈夫だと思ってました。
 でも……」
「でも、違った」
  言葉が、レムによって引き継がれる。
「多分原因はそれだね。
 君たちは交わらなかったけど、魔力の方が少し交わってしまったんだよ」
 考えるように口元に手を当て、
「恐らくその時の魔術行使、たとえ途中だとしても密接に魔に触れる機会。
 その影響で身体が魔術の使い方を覚えてしまった……それなら説明がつく」
 説明する気はないのだろうが、呟くように言い切った。
「やっぱり、僕のせいで……」
 唇を噛み、責任感だろう。眉を寄せたままルフィが呻く。
「…………魔術」
 それまで一言も発しなかったチェリオが、小さく言葉を漏らした。
「ごめんなさ……」
「俺に扱えるというのか? それが」
 謝罪の言葉を遮ったのは、怒り、ではなく楽しげなモノを含んだ口調。
 驚いたようにルフィは目を見開いた。
「え? 怒らないの」 
 自分のせいで得体の知れない現象が起こったのだ。怒られる覚悟も打たれる覚悟もしていた。
 青年は腕を組み、軽く目を細め、
「いや まだ確定ではないだろう。それに、もし魔術が使えるとしたら……」
「したら?」
 きょとん、と少年は空色の瞳を瞬く。
 瞳に入り掛かった栗色の髪を掻き上げ、
「……望む所だ。その力、モノにしてやる」
 口元を笑みの形につり上げて、喜悦混じりの言葉を吐き出した。
(使えるモノは使う主義、か。―――利用出来るモノはせいぜい利用させて貰うだけだ)
 前、強情な魔剣に告げた言葉を反すうする。 
 昏い色が栗色の瞳に影を落とした。
 一瞬落ちた空気を、少女の呆れたような明るい言葉がなぎ払う。
「なんつー前向き的発言かしら。少しは恐れたり、戦いたりしなさいよ」 
「力の向上に繋がるのなら、選り好みはしない。 
 ムダに騒いだ所で疲れるだけだ」
 目を瞑り、紡がれた静かな言葉に、少女は何処か憮然(ぶぜん)としたような表情で、
「……なんかアンタって、いっつもそう言う台詞ばっかりで……
 こう、情緒というか風情というか……ああ、もう良いわ」
 こめかみに指を当てた後、疲れたように頭を振る。
「情緒と風情が何処に関係あるんだ」
「ど、何処だろうね」
 小さなチェリオの問いかけに、引きつった笑みのルフィが首を傾ける。
 空色の髪の毛がサラリと動きを追うように流れた。
 雑談に代わり始めた会話を断ち切ったのは、レムだった。
「さて、魔術だとして。このままにしておく事は出来ないよ」
「どういう事だ?」
 少年の言葉を咀嚼し、嚥下した後眉を微かに潜める。
 僅かに険しくなった空気も気にすることなく、人差し指を話しながら折る。
「魔術には最低限の知識と、技量。そして制御力が必要となる。
 知識、技量はともかく制御を覚えて貰うよ」
「なっ……なんですってぇ!?」
 淡々と紡がれた台詞に反応したのは、チェリオの隣で聞いていた少女。
「で、何でそこでクルトが叫ぶの」
 冷たいレムの言葉に、両腕を伸ばし、
「だって、あたしの場合知識を知識をとか言うのに!
 なぁんでコイツはその辺りすぽーんと抜かすのよッ」
 だんだん、と足を踏みならす。
 起こる騒音にレムは不快を露わにしながら、両耳を軽く伏せ、
「魔剣士なら、魔術やその関係の知識もそれなりに造詣が深いでしょ。
 暇つぶしで魔導書眺めていたしね」
 端的に告げる。 
「嘘…ぉ」
 端で見ていて面白い程、少女の口が大きく開いた。
 感心したような言葉が青年の唇からも漏れる。
「良く見ているな」
  確かに幾度か興味本位で魔術関係の本を手に取った事があった。
 だが、片手で数える程しかない。
 見知った話ばかりの本で、直ぐに閉じてしまったのも覚えている。
 僅かな間の動作で魔術文字を読みとった事を見抜かれ、内心舌を巻く。
 警戒の眼差しも意に介さず、レムはちらりと前方――クルト達の背後に視線を向けた。
「そう言うわけだから。魔術のコントロールの指導……
 良いですね? 校長」
「まぁ。良いんじゃないですか?
 このままだと、また物が飛んだり消えたりするかもしれませんし」
 一体誰に話してるのよ、と尋ねる前に穏やかな声がのんびりと答えた。
「ぅのわぁっ!? こ、こここここ校長!? い、何時の間に!」
 引きつるようにクルトはビクリと震えた後、勢いよく横へ飛びずさる。
 笑顔の校長が、背後で「やっほー」と軽く手を振っていた。
「ちょっとマテ。まだ魔術と決まった訳じゃ無いだろう」
「それは、君が決める事ではないんですよ。僕達が見て判断しますから」
 チェリオの憮然としたような声音に、軽く片目を閉じ、
「なにせ、僕達は魔術を行使する者なんですから」
 柔らかく断言して、クルリと指を回した。




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