風が土と木の葉を吹き上げ、砂塵が舞う。
暖かだった風は、暗さが差し迫ると時を同じくして冷めていく。
マントを弄ぶ風は、もう僅かな冷たさを含み始めていた。
朱の光に照らされ、だらりと垂れ下がった枝が人のうなだれた姿にも見えた。
「来たわよ。説明、してくれるんでしょ」
不気味な想像を振り払い、校庭をもう一度見回す。
人の姿はなく、身を紅く染めた木々がまばらに佇んでいる。
紅の光を受け、紫にも見える蒼い尻尾髪を軽く手の甲で弾き、
「そうだね。説明は難しいよ」
軽く腰に手を当て、レムは言った。
言われた言葉に少女は頬をふくらませ、
「何よ。こんなところに来る意味無いじゃないのよ。
難しいんだったら黒板でも何でも使って教えてくれればいいじゃないの」
あからさまに不服を唱える。
明らかな抗議の言葉に怯まず、何の感情もない瞳で青年を見、
「慌てない。それを決めるのは彼だよ」
それだけを告げる。
「…………」
視線を受け、僅かに顔を上げたが、チェリオは黙したまま興味が無さそうに直ぐに視線を逸らした。
「……う。それもそうだけど、校庭で話したとして何が変わるって言うのよ。
吹きさらしで砂が当たって痛いだけじゃない」
髪に付いた砂埃を払い、パタパタとマントを揺らして砂を落としながら呻く。
紫水晶にも似た瞳は、多分に不服の色を含んでいる。
彼女の言う通り、風が吹き付けるたびに砂が舞い上がり、身を打つ。
ズボンなどはまだ良いが、スカートから足の部分が露出しているクルトには、砂の礫がかなり痛いのだろう。
「そうだね」
「いや、そうだねって」
特に感慨もなく頷くレムに向かって、険のある少女の視線が突き刺さった。
突き刺さるような視線を空気のように軽くかわし、
「魔導師・呪術師・魔剣士……
それらは一見何の繋がりがないようにも見える。
しかし、実際は似通ってるんだよ」
含みを持った調子で言葉を紡いだ。
一瞬、魔剣士と言う言葉に青年の片眉がピクリと跳ね上がる。
内容にショックを受けたのか、クルトは一歩引き、
「えぇ!? 魔術師…魔導師でも良いけど、
あたし達は知識の探求とドカーンと爆発がモットーで、
呪術師は薬草と術の研究。ついでに召還や地道な呪い。
魔剣士なんて変わった剣を使って辺りをなぎ倒す剣術じゃないの!
どの辺りが似てるのよ!?」
大きく両手を広げながら疑問符を浮かべた。
少女の言葉に軽く脱力し、少しだけ呆れたような目で何か言おうと口を開き掛けたが、
諦めたように言葉を続ける。
「……魔術師がドカンと爆発がモットーと言うのは置いておいて、確かに一見するとそう見えるよね」
「見えるも何も! 事実じゃないのよ」
「取り敢えず訂正するけど、魔術師がするのは爆発じゃなくて開発した術の実験や己の精神の探求だから」
「結局使うんだから余り変わらないと思うけど」
「大違いだよ」
人差し指を立て、訂正された言葉にクルトは眉を寄せ、呻くが、直ぐに追撃が来た。
「うぅ。レムって細かい」
「魔術師・呪術師・魔剣士に総じて必要とされる。共通の能力。
魔剣士に関しては確定した事は言えないけど、予測の範囲内でなら言える」
うなだれる少女は放っておき、説明を続ける。
一瞬蒼の視線に射抜かれ、青年は疑問を交えた呻きを漏らした。
「なにがだ?」
「……もしかして」
彼の不思議そうな言葉とは違い、横にいたルフィに驚愕が広がる。
「そう、魔力。魔術・呪術を行使する際に必要とされる魔力が、魔剣を扱う際にも何らかの形で必要とされている―――――それが今のところの通説だよ」
「でも、それが一体どういう話に繋がるのよ。
魔力があるだけじゃあ何もならないわ。普通の人だって魔力はある。
何らかのきっかけがないと何の作用も示さない。
発動すらしないって言っていたじゃないの」
淀みなく続けるレムの言葉に、クルトが食らいついた。
その後ろで……ゆっくりと、信じられないと言うように、ルフィが首を振る。
「……まさか……そんな……でも」
「どう、したのよ。ルフィ」
動揺した幼なじみの気配に気が付き、訝しげな顔をしていたクルトだったが、少年の様子を見て顔が曇る。
「……そんな……事……」
周りが見えていないように小さな声で、曖昧な言葉を繰り返し、顔を押さえる。
呟く事に、ルフィの呟きは確信が混じっていくようだった。
心配になり、問いかけようとした所で、冷たい。
いやに冷たいレムの言葉が耳を掠める。
「そうだね。難しい問題だよ、とてもね。
だから……」
冷静な言葉。
とても平坦な。感情を宿さない……コトバ。
「レム……あんた何、考えてるの?」
顔を上げ、瞳を見据える。
僅かに噛み合った視線は、好奇心と言う名の笑みを僅かに含んだモノだった。
蒼い海色の瞳を細める。
「聞くより見る方が早いって言うよね」
腰に当てた片手をゆっくりと上げ、開く。
「レム……何を!?」
次の行動に瞬時に予測が付き、少女の唇から呻きのような声が漏れる。
「な……っ」
いきなりの言葉に反応出来なかったのか、チェリオの声には動揺が混じっていた。
青年の様子になど興味がないとでも言うように、上から手の平を斜めに合わせ、ゆっくりと引き延ばすように放す。
滲むような線を描き、魔力が垂直に伸びる様がクルトの瞳にハッキリ映る。
薄い光が徐々に強まり空気が色濃くなっていく。
魔が満ち始めた。
馴染みのある、柔らかで包まれるような感覚。
そして、隙を見せると飲み込まれそうな程の深い……安らぎ。
生と死。闇と光。それらを織り交ぜたような曖昧なバランスを保った空気。
恐らく魔力を増幅しているのだろう。レムの髪が浮き上がり始める。
長くはない時。刹那の間。
だが、少女の五感はそれを明確に感じ取っていた。
「弾ける炎 全てを払う」
ぽつりと、少年の唇から呪詛が紡がれる。
「火炎球」
離していた両手を打ち合わせた。
手の平の間で火炎は潰れず、暴発する事もなかった。
瞬時に前方に転移すると青年へ向かい、迷いもなく一直線に向かっていく。
「何ッ!?」
そこでようやくチェリオが呻きを漏らした。
青年の反応が遅いのではない。レムの詠唱が早すぎるのだ。
術の構えを取ってから数秒の間もなかった。
(そう言えばレム、極力時間を短縮して、威力を殺さずにアレンジしてあるって言ってたけど……それがアレ!?)
驚愕の悲鳴を飲み込んで出現した火炎を見る。短すぎるのにも限度があった。
恐らく有りとあらゆる手間を省き、威力をギリギリまで落とさずにしてあるのだろう。
火炎の大きさは普通の詠唱とさほど遜色無い。
これが、彼の言う実用的な魔術なのだろう。
背筋に嫌な寒気が走る。
レムの魔術を直視するのは初めてだが、相手取る気には毛頭なれない。
恐ろしい程の計算尽くされた魔術。有りとあらゆる手間を省いた瞬間的な術。
そこでクルトは頭を振り、思考を切り替えた。
今はチェリオの方だ。いくらなんでもアレが当たっては、かすり傷では済まないだろう。
考えていたのは数秒か、流石のチェリオも不意を突かれては避けきれないらしく、片腕で頭を庇い、防御の態勢を取っていた。
避けられなかった事は、あの速さも関係するだろう。
やはり、青年もあの速度の詠唱は予測が付かなかったらしい。
烈火が青年に向かい、そして―――
朱色の光が弾けた。轟音が、鼓膜を叩く。
「なっ……何、よ」
チェリオに駆け寄るのも、レムを問いつめるより先に、でたのは掠れた声。
「あれは……」
何処か虚ろなルフィの言葉が聞こえる。
チェリオは音で攻撃が終わった事に気がついたのか、腕をゆっくりと下げた。
「……な…に?」
かすり傷一つ無い。
痛みも何も、無かった。
「やっぱりね」
「嘘、でしょ……」
愕然としたようなクルトの声に、チェリオが不思議そうに首をかしげた。
「当たら…なかったのか?」
「いいえ……軌道も完璧。文句の付けようもない程に。でも、でも!」
先程見た物が信じられないと言うように少女は首を振り、
「弾いたのよ。チェリオが……薄い……薄い膜のような。
そうよ! 結界みたいな光でっ」
叩き付けるように両腕を地面に向かって振り、唇を噛み締めるように俯く。
吹き付ける風や、砂の痛みは……もう、気にならなかった。
苦渋混じりのその言葉に、チェリオが軽く瞳を見開くのが見えた。
「なんだと?」
そう。軌道もずれては居なかった。
むしろ、完璧すぎる程。
一直線に青年へ突き進み、そして―――
滑るように軌道が変わった。
普通の人間にはそう見えただろう。しかし、少女ははっきりと見た。
薄い光の膜が火炎の軌道を柔らかく変えるのを。
鮮明に見えすぎた故に、混乱した。
魔術は、魔術は……彼には使用出来なかったのではないのかと。
「何なのよ。一体何なのよ。アンタ魔法使えないんじゃないの?
魔術の魔の字も無かったじゃない!
それともあたしが感知出来なかっただけなの? どうしてよ。
こんなの知らないわよ。常識が違うじゃない、レム!」
掴みかからんばかりの勢いの少女を軽く手で制し、
「まず、落ち着いて。
確かに常識じゃないかもしれないね。でも、常識の範囲内かもしれない。
もう、答えは出ているはずだよ。
大分前から分かっていたけどね」
言った後、視線を向ける。
ある、人物に向かって。
「え?」
「そうでしょ。シルフィ・リフォルド君」
呆けたような少女の言葉の後に、続いた少年の言葉がヤケに乾いて聞こえた。
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