交わりし力-6





「校長。ちょっと聞きたいんだけど! 知ってる事があるらしいと思っ」
「はい、ストップー。クルト君、初めはまず挨拶からですよ」
 開口一番のクルトの言葉は、校長の静止によって途切れた。
 ペースを乱された少女が、たじろいだように身体をのけ反らせ、
「む、そ、それも一理あるわね」
 考え込むように視線を彷徨わせた後、頷いた。
 後ろにいた三人の瞳が、何処か疲れたようなモノに変わるのには数秒の時も要さなかっただろう。
 大きな溜め息が少女の背後で漏れる。
 聞こえなかったのか、気にしないのか、コホンと咳払いした後、
「やっほー校長 元気してるー?」
 片手を上げて挨拶を初めからやり直した。
「はい。もう元気いっぱいですよ。ところでクルト君、今日はお茶に付き合ってくれると嬉しいなーと僕は思ったりするんですけど」
 明るい少女の挨拶に、校長もにこにこ笑顔で首を傾け言ってくる。
 それに合わせるようにクルトも軽く片手を振って―――
「やだなー校長。何時も言ってるじゃないの生徒を口説く校長が何処に……」
 一瞬疑問符が脳裏によぎる。
 しばし笑顔のまま停止して、
「って、違ぁーーーーうッ! 危うく話が逸れる所だったわ」
 話がずれている事にそこでようやく気が付き、片手を一閃する。
「あの会話で逸らされるのは君くらいだと思うけど」
 呆れたようにレムが小さく言葉を漏らす。
 冷たい蒼の瞳を見やり、
「はっ、そうよ! よく考えたら律儀に挨拶する必要性が全く見られないわッ!」
 迂闊だった、と言うように少女は髪を掻きむしる。
「遅いぞ気が付くのが」
 後ろで、ウンザリしたような青年の声が聞こえた。
「校長――」
 底冷えのする一瞥が校長に突き刺さる。
 笑顔で答えようとした校長だが、相手の表情を見て、苦笑気味にパタパタと手を振った。
「何で……いや、あの……レム君〜。目が怖いですよ」
「ふざけるのもその辺りにしてください。
 時間の無駄な浪費です」
「う〜…ちょっとくらい乗ってくれても良いじゃないですか〜
 レム君ったらノリが悪すぎますよね」
「それは有り難う御座います」  
 羊皮紙を持ち、軽くくしゃくしゃと動かす校長に多分に嫌みの混じった言葉を返す。
 校長の台詞に敏感に反応したのはクルトだった。
 石を投げつけられたネコのようにバッ、と身を引き、
「って、事は何? あたしからかわれてたの!?
 こっ、この腐れ校長〜〜〜ッ。ヤッパリ首絞めてやろうかしら。
 いや、増強掛けて腕力拮抗とか」
 わきわきと両手を動かす。
 それを、チェリオが片手を軽く上げ、静止した。
「待て、聞き出す前に殺すな。気持ちはわからんでもないが」
 隣にいたルフィも慌てて頷き、落ち着かせるように両手を動かす。
「そ、そうだよ。流石にいくらなんでも魔術はまずいよ。魔術は」
「ルフィ君〜…何だか、術使わない時は大丈夫v とか聞こえるような気が」
 ちょっとだけ悲しいモノの混じった台詞にルフィが顔を上げると、いじけた校長が羊皮紙に開いた指でのの字を書いている。
「えっ……いえ。そう言う訳じゃないですけどっ」
 ブンブンと頭を振り、否定するが、金髪がデスクの下へ沈んでいく。
「しくしくしく」
 恨みがましく沈みながらも、何故か手は机の上で羊皮紙を纏めていた。
 進まない会話にいい加減苛立ったように床を踏みならし、
「ああもう、だから一体何なのよ! えーと、そうよ。詳しく知ってるなら教えなさいよ」
 少し考えた後、クルトはデスクに指を突きつけた。
 嫌々をするように、もそもそと金髪が動いた。 
「お前一瞬忘れてなかったか、聞く事」
 突っ込みどころの多々ある台詞に栗色の髪を掻き上げ、溜め息混じりに腕を組んで、視線を下に落として睨み付ける。
「……う、うるさいわね。今思い出したから良いの!
 校長はへらへら笑ってかわすし。話なんて何処か明々後日に向けられてるし。
 頭が混乱しても無理ないでしょうが!」
 半眼になって見つめてくる視線を叩き落とすがごとく片手を振り、腰に手を当てる。
「威張るな」
 反射的に防御態勢を取りながら、チェリオはげんなりと紫の瞳を見つめた。
「そうですねぇ。詳しく知ってるなら教えなさい、と仰られても。
 何のことだか僕には理解不能ですよクルト君」
 穏やかな声がのんびりと二人の会話を中断する。
 視線を移すと、何時の間にデスクから顔を上げたのか、校長は椅子に腰掛け、羊皮紙をトントン、と積み上げていた。
 その作業も一段落付いたのか、紅茶を口に含みつつ、用紙に目を通す。
「……ルフィまでからかって遊ぶのは止めなさいよ、校長」
 あまりの変わり身に、クルトは脱力しそうになりながらも、何とかその一言だけ絞り出した。
「うう〜…」
 後ろでルフィが情けなさそうに声をあげる。
「からかってませんよ。大真面目〜に、傷ついたんです。さっきは」
 少女の非難の眼差しに、心外そうな顔でインクにペンを浸しながら、口をとがらせる。
 子供のようなその仕草を横目で見ながらどうだか、と言うように片手を上げ、
「その笑顔が怪しいのよ。てことは今はどうなのよ」
「先程不屈の精神でよみがえりました」
「首絞めるわよ。本気で」 
 しらっとした返答に、思わずデスクに足を乗せ掛け、理性で留めつつ唸るような声を漏らす。
「ま、まあまあ。クルト、僕は気にしてないから。それに話が進まなくなっちゃう」
「む、ルフィがそう言うなら許してあげるわ。感謝しなさい校長」
 穏やかになだめられ、複雑そうな顔をしたモノの納得したのか一つ頷き、胸を張る。
「微妙に納得いきませんけど。はあ、有り難う御座います」
  釈然としないような、どうでも良さそうな。ペンで引っ掻くように羊皮紙へサインを記している校長の唇から、気のない返答が漏れた。
 ダン、と渋い色合いのデスクに手を付き、顔を近づける。
「……聞きたいのはよ!」
「僕は耳が遠くないので良く聞こえますよ。そんな大声出さなくても」
 意気込むクルトの顔を見つめ、穏やかな調子で頷きながら紅茶を口に含む。 
「真面目に聞きなさい真面目に!」
「僕は至って大真面目ですよー。
 早く書かないと昼が終わって夕方が終わって朝になっちゃいます。
 いやー クルト君の顔を見ながら飲む紅茶は最高ですねぇ」
 感心したように頷き、
「意外と校長って大変なのねぇ。
 え? そうかしら。またぁ、校長ったらお世辞が上手いんだから―――じゃなくて!」
 照れたように微笑みかけ、途中で気がつく。
「そうなんですよー 大変なんですよ。こう見えても」
 紅茶を置き、またサインを記すのを再開する。
 いい加減、二人の進まない会話にも飽きたのだろう。
 ゆったりとした動きでクルトの隣に手を付く。
「……校長。先程いきなり出てきた俺に驚きもしなかったな」 
 手が置かれた拍子に、受け皿に載せられた金のスプーンのずれる音がやけに響いた。 
 デスクに置かれたチェリオの片手を暫く見つめ、
「え? いきなり……?」
 驚いたような声を少女はあげる。
「原理は良く分からんが、空間から出てきた俺を見ても顔色一つ変えなかった」
「ちょっと。校長?」
 続いた青年の言葉に一瞬呆気にとられたような顔になり、次の瞬間には半眼になって少女は校長を睨み付けた。
 ペンを動かすのを止め、
「そうですねぇ。そう言う事もあったかもしれません。それが何か?」
 軽く左右にペン先で空を書き、曖昧な言葉を紡ぐ。
「何かって!」  
 身を乗り出し、クルトが噛み付くような勢いで、校長に食って掛かった。
 その様子を煩げに一瞥した後、青年は栗色の髪を指で掻き上げ、
「後、一言だけ俺が『大変な事になってる』とも言っていたな。アレはどういう意味だ」
 軽く腕組み、斜に構えて睨み付ける。
「……ん〜 どういう意味なんでしょうね」
 聞かれてたか、と言うように少し困ったように頭を掻き、インクを布で拭ったペン先に含ませる。
「何か知って居るんだろう?」
「知ってるなら早く教えなさいよ」
 インクが垂れ落ちる間も与えず、二人の質問が耳に突く。
 悪戯盛りの子供を見るような目で見た後、ため息を吐き出し、
「知ってるとも言えますし、全然知らないとも言えますね。
 僕が言えるのはそんな所です」
 笑顔を崩さずペン先のインクの余りを軽く流す。
「…………」
 気をのまれたように沈黙し、
「全く回答になってないわよッ」
 ぶんぶん、と頭を振ってクルトは更に詰め寄った。
 いい加減校長のペースに飲まれるのは嫌なのだろう。
 デスクに付いた腕は、机を押しつぶさんばかりに力がこもっている。
 小さく溜め息を漏らし、校長がサインの手を止めた。
「クルト君……」
「なによ!?」
 僅かに潜められた校長の声。思わず緊張が背筋を走る。
 ピリピリとした息の詰まりそうな空気。
 だが、校長の次の言葉でその緊張は一気に羞恥へと変わった。
「素敵な角度で僕の方向いてますねv」
 にっこりと、爽やかと言っても良い程の笑顔で首を傾け、ちょん、と少女の額をつつく。
 彼の言う通り、意気込んで近づきすぎた為か、それとも先程からの接近が効いたのか、額が触れ合わんばかりに接近していた。
 少し顔を寄せれば……指どころか。
 そこまで考えて、クルトは一気に後ずさった。
「!?」
 顔は見なくても分かる程上気している。
 血の上りすぎで頭がクラクラする。
「なっ…なっ…こっ、こここここの色ボケ校長がッ!」
  恥ずかしさの為か、混乱の為か、呂律が回っていない。
 百面相をする少女を眺めながら、瞳に掛かった金髪を指でずらし、
「クルト君真っ赤っか。惜しかったですねー後ちょっとだったんですけど」
 そんな事を言って、酷く嬉しそうに微笑んだ。
「……校長。ふざけていないでそろそろお答えしたらどうでしょう」
 何時の間に居たのか、前方から呆れたようなレムの言葉が掛かる。
 ちっち、と校長は軽く人差し指を振り、
「ん〜。僕は嘘は言ってませんよ。知らないモノは知りませんし」
  笑みを浮かべた。
 二人のやりとりに構う精神的余裕もないのか、ヨロヨロとかなり後ろに居るクルトは絨毯に膝を付き、
「……ま、また……からかわれた」
 愕然としたような言葉を漏らした。
 茫然自失気味の少女を励ますようにルフィが声を掛けているのがレムの視界の端でちらりと見えた。
 直ぐに興味を失い、校長に視線を集中させる。
「微々たるモノなら知っているわけですよね」
 冷たい言葉にふるふると首を振り、
「レム君〜 か弱い校長を虐めて楽しいですか?
 グレちゃいますよ。非行の道に走りますよ」
 片手で涙を拭う仕草をしながら、空いた手でスピードを下げる様子もなくサインを記す。
「……大体くらいは想像が付きました」
「へ?」
「しくしく。レム君のいぢわる」
 立ち直ったらしいクルトの腑抜けた様な驚きの声と、しつこく泣き真似を続ける校長の言葉が入り交じる。
 校長室を軽く見回し、
「じゃ、説明してあげる。ここじゃあ説明しにくいからグラウンドに行こう」
 窓を指さし告げられる言葉に、訳も分からずだが、少女は頷いた。
「う、うん」
 何処か腑に落ちない顔をしつつも、遅れるように二人も首を縦に振る。
「ああ」
「あ、はい」
 ペンを動かす手を休め、頬杖を付き、
「やれやれ……めんどうな事になってきましたねぇ」
 蒼の瞳を僅かに細めて天井を眺め、誰にも聞こえないような声で校長は小さく呟いた。
 微かに、苦笑気味の笑みを口元に浮かべながら――――





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