交わりし力-5





 窓を開けると、カーテンのレースが揺れる。
「今日も快晴会計満開〜♪ まさしくバラ色絶好の〜」
 心地よい風を感じながら良く解らない歌を口ずさむ。
 陽の光を受け、金髪がほの白く光る。
「ぜっこーのー 書類日よりー」
 脳天気な歌は、後半になって急にトーンダウンした。
「はぁ。こんな良い天気なのに外にも出られないなんて。
 校長稼業は辛いですねー。サボっちゃったりなんかしたかったり……
 あああーそんなコトしたら、レム君とかが目を三角にして怒るんですよねー」
 ブツブツ言いながら、苦悩らしき声をあげる。
 だが、湖面のように澄んだ蒼の瞳は、柔らかに微笑んでいた。
 勿論、全く苦悩と言う文字はない。
 イジイジと羊皮紙を纏めようとする手が、ピタリと止まった。
 一拍も置かず、
「長が!? っておわ!」
  驚いたような言葉と共に、バランスを崩した青年が絨毯(じゅうたん)に突っ伏した。
 遅れるように白いマントがその後を追う。
「……蝶々がどうかしましたか? チェリオ君」
  特に驚いた様子も見せず、羊皮紙(ようひし)をトントンと纏め、青年はチェリオを眺めた。
 いきなり目前に現れた人物に対する言葉にしては、あまりに不適切だが、当然のような顔でそちらを見ている。
 少し考えるようにチェリオは何度か呟いた後、ハッとしたように顔を上げ、
「いや 校長が、校長……ってお前か!」
 睨み付けた。
「ええ。校長ですけど。それがどうかしましたか?」
 微笑み、言いながらも書類を纏める手は休まない。
「校長のレイン・ポトスールか」
 確認するように間を置いた後、尋ねる。
 その言葉にようやく手を止め、
「ようやくフルネームを覚えて頂けて感激の極みですねぇ」
 白いハンカチを取り出すと、わざとらしく目頭を押さえた。
 勿論、笑顔のままなので説得力は皆無だ。
 演技するのにも飽きたのか、ハンカチをしまうと、
「ところで、何かご用なんですか?
 これをすませて、
 『早く美味しいお茶を綺麗な方とご一緒したいなー』とか思ってるんですから〜。
 あ、勿論女性希望で。
 用件がないんでしたら、その辺りに座ってて下さいよ。
 ついでにお茶でもお入れしましょうか?」
「追い出したいのか、もてなしたいのかどっちなんだ」
 歓迎をされているのか良く解らない言葉に、憮然とした顔で腕を組む。
 草花が描かれた白磁のポットを取り上げ、
「さぁ、どちらでしょうねぇ。
 まあ、チェリオ君はなにやら大変な事になってるようですけど」 
  笑顔のまま、世間話をするように手で軽く揺らしながらカップに注いだ。
「何……」
 耳を掠めた言葉に、僅かに青年の表情がこわばる。
 だが、校長は笑顔のまま、
「はい、お茶ですよ。葉は結構良いのを使ってるんで香りは良いですよ。
 冷めないうちに〜って、どうしましたそんな怖い顔をして」
 ポットを置き、不思議そうに首を傾けた。
「貴様……何か知ってるんだな」
 シャリ、と金属音が響く。
「うわー。下品な言葉遣い。品性が問われますよーチェリオ君」
 笑顔で校長はおちゃらけている。
「質問に答えろ……それ以外は望まない」
 抜き身の刀身が、蒼の瞳に標準を合わせる。
 カップを手に取り、
「……そぉですねー。取り敢えず臨戦(りんせん)態勢解除と、僕に向けたその剣の切っ先を降ろさないとお話しじゃなくて、脅迫だと思いますけど」
 口を付け、校長は微笑んだ。
 銀光が金髪すれすれを行き、過ぎた。
「……二言は無い。問いに答えろ」
 獣のような双眸。
「ふむ……」
 カップを静かに置き、両手を組み、机に肘掛ける。
 合わせた両手の上に顎を乗せ、校長は目を細めた。
「お痛は駄目ですよ。イケナイ人ですね……そんなコトしちゃうのなら」
「何だ?」
 何か取引材料になるようなモノがあるのか、という挑発的な視線で校長を睨み、
「報酬差っ引きますよ。というか無報酬にしちゃいますよ。
 一応僕は雇い主ですからね〜。
 そ・れ・で・も・良いんですかぁ〜? チェリオ君♪」
 口元を楽しげに歪めた『無報酬宣言』に撃墜される。
「ぐ……」
 考えなくても分かる事。自分は確かに、雇い主と雇われ側。
 雇われ側である自分の給料の采配は、雇い主側である校長にゆだねられている。
 仕方なく、戦闘態勢を解き、剣を渋々、本当に渋々鞘に戻した。
「……居たーーーーーーーーーーーーーーーーー!?」
「!?」
 直後。後頭部に突き刺さった大音量の声に脳を揺さぶられ、グラリと傾く。
「五月蠅いよ。クルト」
 迷惑そうな少年の憮然とした声が続いた。
「……だって。本気でチェリオいるんだもん。
 吃驚したのよ」
 耳を押さえてうずくまっている青年の耳に、足音が微かに聞こえた。
「うん。僕も吃驚しちゃった」
 ぶーっと頬をふくらませてだろう。拗ねたような言葉の後に穏やかな少年の言葉が同意する。
 両手に顎を乗せたまま、
「おや、クルト君達。一応僕も吃驚しましたが、何かご用ですか?」
 突然の闖入者(ちんにゅうしゃ)にも、やはり穏和な笑顔で、校長は微笑んだ。





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