訝しげな顔で見られるのには慣れていた。奇異の視線、好奇心。
まあ、どちらでも良い。
自分がある種の域に置いて特別だと言うことを彼は実感している。
魔導師を育成する学園にいる剣士である自分は、異端の存在なのだろう。
それは大幅に間違ってはいないが、正解でもない。だからといって訂正するモノも居ないが。
事実彼はしばしば自分の居る意味の説明を求められたり、そのたびにいちいち説明をしなければならない。
何故、自分が此処にいるのか、どうして存在するのかを。
最近では説明するのも面倒になってきている。
第一、自分の職業を明かすつもりも、特に無い。ヒラヒラと名前を見せた所で、楽しい反応は返ってこないからだ。
そんなわけで、異端でもある『魔剣士』の青年は常に飄々とした態度で人と接している。 しかし、しかしだ。自分が異端だと認識しているのは良い。
それは良いのだ。
自分で自分の行動が物凄く不可思議だと思ってしまうのは、やっぱり変ではないだろうか。
というか異常ではないだろうか。
「…………夢遊病か?」
ちょっとだけそんな事を考えつつ、青年―――チェリオは木上で呻いた。
異常な事態は数日前から起こっていた。
もしかしたら、もう少し前からだったかもしれないが。
下生えを踏みしだく音。
木立の立ち並ぶその場所に着き……
何を思ったか革靴で軽く地面を踏みしめ、その少女は軽く伸びをし、カサカサと梢を揺らす。
揺らすごとに、はらはらと柔らかな新緑が舞い落ちた。
「チェリオ〜居たりする?」
知り合いでも探しているのか、キョロキョロと辺りを見回しながら―――と言うよりも、樹を見上げ、梢をのぞき込んでいる。
「居ないのかしら。木の上に居ないって事はここには居ないのね。
むう、連れてこいって言った校長になんて言おうかしら。ま、いっか」
不機嫌そうに腕を組み、ひとしきりブツブツと呟いた後、あっさり自己完結する。
そして、大きく伸びをし、
「ふあ……
ここって日当たりが良いから、眠くなるのよね〜」
欠伸をかみ殺しながら周りを見る。
サワサワと暖かさを含んだ風が 少女の深緑色のマントを撫でる。
木漏れ日は羽に包まれるように緩やかで、肌には優しいくらいだ。
まさに絶好の昼寝ポジション。
「……んー。気持ちいい♪ 寝ちゃおうかしら」
ストンと腰を下ろし、幹に体重を預け、瞳を閉じそんな事を一人ごちる。
ふわり、と何かが顔に掛かった。
「ん?」
薄目を開けて見ると、新緑色の葉っぱが舞い落ちている。
「そんなに風強か――」
疑問の言葉は、ばきりと言う上から聞こえた生木を折るような鈍い音によってかき消された。背筋に嫌な汗が流れる。
(何か落ちてくる!?)
とっさにそう判断し、腰を浮かせて逃げようとするが、上の物体が落下するスピードの方が僅かに早い。
避けきれない、と思った頃には、もう逃げ出しようのない距離にまで縮まっている。
慌てたせいで足がもつれ、バランスを崩し、
「きゃー!?」
取り敢えず、少女は何かに押しつぶされたのだった。
重みで為す術もなく倒され、息が詰まる。
肺から空気が漏れ出るのを感じた。
少し傾斜になっていたのか、ゴロリと転がり、ようやく落ち着く。
「お、重…い」
腕立て伏せのように腕を踏ん張るが、ピクリとも動けない。
というか腕が空を掻く。
どうやら、腹の上に何かが乗っているらしい。
もそり。
兎に角息を吸おうと、口を開けた所で……上の物体がうごめいた。
「ぎゃーーー何か動いてる!? 柔いとは思ったけど何、毛虫、芋虫?
いやぁぁぁぁ何なの一体!」
ジタバタとうごめいて逃れようにも、体の自由は利かない。
かといって、直視もしたくないので目は閉じたままだ。
半ばパニックに陥っていた少女の上から、
「ん…。五月蠅い」
などと寝ぼけたような曖昧な声が掛かった。
いや、漏れた。
「ん? なんか聞いた事のあるような気怠い声だわ」
うっすらと瞳を開けて……状況を把握する。
のし掛かるような格好で、誰かが上に乗っているのだ。
「ふあぁ……クルトか。何してるんだお前」
ようやく相手の方も瞳を開き、寝ぼけ眼で少女を見る。
「何って……チェリオさっきはここに居なかったから」
混乱しながらも、先程の光景をを思い出しつつ……思い出しつつ―――
目の前に見えるのは寝ぼけては居たが、整った青年の顔。
吐息が頬をくすぐり、思考を乱す。
「…………?」
急に固まった少女を訝しげに眺め、青年は首をかしげる。
栗色の髪の感触が首筋を撫で、肌が粟立つ。
それに触発されたように、
「い、いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 痴漢ーーーーーーーーーーーーーーッ!!」
少女は絶叫を上げ、平手を見舞った。
パラパラと、悲鳴の大きさで、幾枚か葉が散った。
赤くなった頬を抑え、ブツブツと呟きながら廊下を歩く。
「何で俺はあんな所に居たんだ……?
しかし、上に落ちただけであんな思い切り殴る事もないだろうに。
ふう、早く赤みが引くと良いんだが……」
何処かずれた事をチェリオは一人ごち、違和感に気がついた。
痛みが、引いている。
触れると、腫れも引いていた。
「アイツに殴られるごとに進化するのか? いや…それは少し嫌だな」
呟いて、頭を振る。
そんな体質にはなりたくない。
「しかし……最近こういうことが多いな。寝ぼけてるのか?」
誰とも無く呟いて、教室の扉を引く。
「あれ? どうしたのチェリオ」
出迎えたのは怒れる少女ではなく、本を手に携えた穏やかな瞳をした少年。
空色の瞳が少し驚きで見開かれている。
「どうしたと言われても」
教室に戻る所だったんだが――と、言いかけて異変に気が付く。
少年の後ろにあるのは、黒板や整然と並べられた机ではなく、威圧感のある重みを見せる本棚。向かいのカウンターで、切りそろえた深緑の髪を揺らし眼鏡を掛けた少年がテキパキと動き回っている。
「……何処だここは」
手を扉に掛けた状態のまま、青年が呻く。
少なくとも、どう考えても、間違いなく教室では無い。断じて。
ちょっとだけ脳味噌の中で文法的な間違いをぶつぶつ呟いている青年を少年は見、
「え? 見ての通り図書室だけど。何か本でも借りるの?」
淡い青の瞳を瞬かせ、首をこくりとかしげた。
こめかみに手を当て、首を振りつつ、
「いや、間違えた。騒がせたな」
「へ? 間違えたって何を……」
皆まで言わせず引き戸の扉を閉める。
驚いたような声は、音に紛れて聞こえなくなった。
とまあ。ここ数日そんな体験をしている。
教室の扉開くと別の扉だったり。
起きると何故か木上にいて、バランスを崩し、墜落してしたたかに腰を打ったり。
何故か幽霊と間違われたり。
そんな不思議な事が重なれば、こうやって夢遊病かと疑うのも当然の話だった。
とか考えているのも、何故か木上に自分が居たからであって、決して理不尽な現実に対する逃避ではない……とか弱気な事を考える。
しかも下の方に居るのはつい最近潰した少女で、降りるのが恐ろしいというわけでもない……と思うのだ。多分。
「チェェリィィィオォォォォ? いー加減無視するのを止めないと、樹ごと消し炭にしてあげるわよ〜?」
「……現実はかくも厳しいモノだな」
底冷えのするような低い声音に、仕方なく、チェリオは地面に降り立った。
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