日が真上にさしかかる前、そこへはたどり着いた。
丘の上と言うよりも……切り立った崖、と言った方が近い場所。
足下から響くような音。
下の方に視線をやれば、渓谷に濁流が濁った音を立てて岩を削り取るように流れている。
元は普通の大地だったのだろう。岩盤が何かの拍子に二つに裂け、分断したような形跡が見られる。
そこに川が裂けた空洞に流れ込み、今の状態へと落ち着いた。そんな感じだった。
何を根拠に、と言われた方は思うだろう。
だが、引き裂かれた洞窟の欠片が、向こう際に残っているのを見れば誰が見ても明らかだ。
しかし、そんな前置きはどうでも良い。
何処が引き裂かれていようと、洞窟が少し欠けていようと関係なかった。
問題と言えば……
外からでも察知出来る、洞窟にありがちな暗い雰囲気。
『おぉぉぉぉぉオぉぉぉぉォオオオ』
その中から、やはりパターン通りの嘆くような不気味な獣の声。
ぽっかりと空いた洞窟の天井から、パラパラと砂塵が落ちる。
所々にヒビが走り、今にも崩壊しそうな程頼りなげな外観。
一見するに、問題だらけだった。
しばしそんな声や何やらを凝視し―――
「かえろっか」
少し怖じ気づいて、少女は可愛く提案してみる。
「阿呆か」
当然却下された。
まあ、元より頷いてもらえるとは思っていなかったが。
「いやだって不気味じゃないの!」
なんて事を言いながらブルブル首を振る。
「魔物だろ」
「……そうだけど〜。姿が見えないとちょっと不安というか」
見えないと嫌な想像が頭をもたげるのか、心なし俯き、口の中で呟く。
そんな彼女の様子を凝視した後、
「怖じ気づいた後、不安がるとは……」
ゆっくりと首を振り、驚きも露わに呻く。
「な、なによ」
僅かに後ずさり、尋ねる言葉には耳を貸さず、
「驚きの連続だな」
一人で納得したようにこくこく頷いた。
クルトは俯いていた顔を勢いよく上げ、
「なにがよ!? っていうかその深い意味教えてもらえないかしら?」
手をわななかせて叫んだ後、低い声音で言葉を絞り出す。
腕を組み、チェリオはまた頷き、
「あまりにも高尚すぎる言葉はお前には似合わないだろう。だから意味が分からないはずだ」
告げた。答える気はないのか、話が何処か横道にずれている。
「ンなわけあるか!? 誤魔化すなーーーーーーーー」
叫ぶクルト。
何時もの彼の姿なら、とっくに詠唱に入っている。
「えっと……二人とも、遊んでないで早く行こうよ」
和やかな二人のじゃれ合いを見て、ルフィは困ったように頬に手を当て、微笑む。
「ん」
「遊んでないわよ。むう、早く行くに決まってるわ!」
もうすっかり日常的な光景となったその掛け合いは、すっかりお馴染みとなった静止の言葉によって、ようやく止められたのだった。
見かけが変わっているので、立場が逆転しているようにも見えたが。
中に踏み込み、外観だけで判断していた事を、少女は後悔していた。
自分の浅はかさを身をもって痛感する。
……悪い意味で。
湿った空気が鼻をくすぐる。ツン、とした酸っぱい臭いは何処かに生えたカビのせいか。
地面は石畳がしかれていた為それなりに歩きやすい。
時の流れによる物だろう、石のあちこちは欠け、地面からめくれ上がった物さえあった。
間から赤茶けた土が覗き、うら寂れた洞窟の空気の後押しをしている。
壁面を指先でなぞれば土塊となって剥がれ落ち、壁が削れる。
天井に掛けられたランプらしき物は、魔物の手に寄るのか、それともただ単に古すぎただけか。
鉄の骨組みだけを残し、あらかた崩れ去っている。
入ってそう経たず、天井から土砂が落ちてきた時は、流石に死ぬかと思った。
今でもパラパラと土が降ってくるが、恐ろしいので上は見ていない。
次に落ちてくる時は、もしかしたら今度こそ生き埋めかもしれない、等と不吉な考えが頭をよぎる。
「うう……早く奥に着けー」
スリリング極まりない場所を通りながら、クルトは潜めた声で両手を合わせ、祈る。
下手に大声を出せば崩れ落ちるからだ。
まあ、静かにすれば落盤する確率が僅かに減らせるだけで、気休めにもならないが。
(うう、スリルとサスペンスは好きだけど!)
平凡で退屈な洞窟や遺跡は確かに詰まらない。だが、此処まで命を賭して進むような生死を賭けた非凡な洞窟を望むわけではない。
いつもなら『魔物にトラップ、どーんとお任せぇっ!』と豪語する所だが、今は魔物もトラップもご遠慮したかった。
魔物が怖いのではなく、魔物が暴れて崩れる様な洞窟の脆さが恐ろしい。
ある意味これも恐怖だ。
自らが放った魔力の明かりを頼りに、湿った音を立てながら進む。
一瞬。
違和感を感じ、少女は立ち止まった。
他の二人も同じらしく、息を殺し、油断無く辺りを見据えている。
奥から微かな気配に混じる殺気。風が吹き荒れるような不気味な音。
そして―――
「……魔物か」
少年の唇から、一番聞きたくない言葉が発せられた。
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