交わらぬ色-6






  日が真上にさしかかる前、そこへはたどり着いた。
 丘の上と言うよりも……切り立った崖、と言った方が近い場所。
 足下から響くような音。
 下の方に視線をやれば、渓谷に濁流が濁った音を立てて岩を削り取るように流れている。
 元は普通の大地だったのだろう。岩盤が何かの拍子に二つに裂け、分断したような形跡が見られる。
 そこに川が裂けた空洞に流れ込み、今の状態へと落ち着いた。そんな感じだった。
 何を根拠に、と言われた方は思うだろう。
 だが、引き裂かれた洞窟の欠片が、向こう際に残っているのを見れば誰が見ても明らかだ。
 しかし、そんな前置きはどうでも良い。
 何処が引き裂かれていようと、洞窟が少し欠けていようと関係なかった。
 問題と言えば……
 外からでも察知出来る、洞窟にありがちな暗い雰囲気。
『おぉぉぉぉぉオぉぉぉぉォオオオ』
 その中から、やはりパターン通りの嘆くような不気味な獣の声。 
 ぽっかりと空いた洞窟の天井から、パラパラと砂塵が落ちる。
 所々にヒビが走り、今にも崩壊しそうな程頼りなげな外観。
 一見するに、問題だらけだった。
 しばしそんな声や何やらを凝視し―――
「かえろっか」
 少し怖じ気づいて、少女は可愛く提案してみる。
「阿呆か」
 当然却下された。
 まあ、元より頷いてもらえるとは思っていなかったが。
「いやだって不気味じゃないの!」
 なんて事を言いながらブルブル首を振る。
「魔物だろ」
「……そうだけど〜。姿が見えないとちょっと不安というか」
 見えないと嫌な想像が頭をもたげるのか、心なし俯き、口の中で呟く。
 そんな彼女の様子を凝視した後、
「怖じ気づいた後、不安がるとは……」
 ゆっくりと首を振り、驚きも露わに呻く。
「な、なによ」
 僅かに後ずさり、尋ねる言葉には耳を貸さず、
「驚きの連続だな」
 一人で納得したようにこくこく頷いた。
 クルトは俯いていた顔を勢いよく上げ、
「なにがよ!? っていうかその深い意味教えてもらえないかしら?」
  手をわななかせて叫んだ後、低い声音で言葉を絞り出す。
 腕を組み、チェリオはまた頷き、
「あまりにも高尚すぎる言葉はお前には似合わないだろう。だから意味が分からないはずだ」
 告げた。答える気はないのか、話が何処か横道にずれている。
「ンなわけあるか!? 誤魔化すなーーーーーーーー」
 叫ぶクルト。
 何時もの彼の姿なら、とっくに詠唱に入っている。
「えっと……二人とも、遊んでないで早く行こうよ」
  和やかな二人のじゃれ合いを見て、ルフィは困ったように頬に手を当て、微笑む。
「ん」
「遊んでないわよ。むう、早く行くに決まってるわ!」
 もうすっかり日常的な光景となったその掛け合いは、すっかりお馴染みとなった静止の言葉によって、ようやく止められたのだった。
 見かけが変わっているので、立場が逆転しているようにも見えたが。





 中に踏み込み、外観だけで判断していた事を、少女は後悔していた。
 自分の浅はかさを身をもって痛感する。
 ……悪い意味で。
 湿った空気が鼻をくすぐる。ツン、とした酸っぱい臭いは何処かに生えたカビのせいか。
 地面は石畳がしかれていた為それなりに歩きやすい。
 時の流れによる物だろう、石のあちこちは欠け、地面からめくれ上がった物さえあった。
 間から赤茶けた土が覗き、うら寂れた洞窟の空気の後押しをしている。
 壁面を指先でなぞれば土塊となって剥がれ落ち、壁が削れる。
 天井に掛けられたランプらしき物は、魔物の手に寄るのか、それともただ単に古すぎただけか。
 鉄の骨組みだけを残し、あらかた崩れ去っている。
 入ってそう経たず、天井から土砂が落ちてきた時は、流石に死ぬかと思った。
 今でもパラパラと土が降ってくるが、恐ろしいので上は見ていない。
 次に落ちてくる時は、もしかしたら今度こそ生き埋めかもしれない、等と不吉な考えが頭をよぎる。
「うう……早く奥に着けー」
 スリリング極まりない場所を通りながら、クルトは潜めた声で両手を合わせ、祈る。
 下手に大声を出せば崩れ落ちるからだ。
 まあ、静かにすれば落盤する確率が僅かに減らせるだけで、気休めにもならないが。
(うう、スリルとサスペンスは好きだけど!)
  平凡で退屈な洞窟や遺跡は確かに詰まらない。だが、此処まで命を()して進むような生死を賭けた非凡な洞窟を望むわけではない。
 いつもなら『魔物にトラップ、どーんとお任せぇっ!』と豪語する所だが、今は魔物もトラップもご遠慮したかった。
 魔物が怖いのではなく、魔物が暴れて崩れる様な洞窟の脆さが恐ろしい。
 ある意味これも恐怖だ。
 自らが放った魔力の明かりを頼りに、湿った音を立てながら進む。
 一瞬。
 違和感を感じ、少女は立ち止まった。
 他の二人も同じらしく、息を殺し、油断無く辺りを見据えている。 
 奥から微かな気配に混じる殺気。風が吹き荒れるような不気味な音。
 そして―――
「……魔物か」
 少年の唇から、一番聞きたくない言葉が発せられた。

 




戻る  記録  TOP  進む


 

 

inserted by FC2 system