霞がかった空に僅かな朱の光が散りばめられ、幻想的な空気を見せる。
冷たい空気が木立を撫で、服の裾をはためかせる。
道という道は異常が無く、おおむね順調な道のりだった。
「……よし、あっち!」
ビシ、と少女が指さす先を眺め、二人は嘆息する。
「そっちは反対側だよ」
「いい加減目を覚ませ」
おおむね順調な道のりだ。
早すぎる出発に、クルトが寝ぼけている事以外は。
「起きてる、起きてるもん。失礼ねチェリオ!」
何故だか知らないが、当然のように付いてきている少女は、寝ぼけ眼を擦り、空いた手でルフィに指を突きつける。
困ったように肩を落とし、
「……クルト、僕、ルフィだよ」
横目でチェリオを見、呻く。
「ちぇりお。で、あっちがるふぃ。うん」
何処か危うい発音で二人を順に指さし、満足げに頷く。
姿から行けば正しい言葉だが、今の状態では間違いだ。
「寝ぼけてるな」
「あうー」
ゾンビめいた呻きを上げる少女を眺め、チェリオは深々と嘆息した。
休憩の為に寄った場所は、川のせせらぐ音が響く場所。
あらかじめ休憩地地点を決めていたのか、二人の準備は手早かった。
差し始めた陽光が水面をきらめかせる。
ちゃぷん、と魚が跳ねた。
穏やかな光景。涼やかな水の薫り。
楽しげな小鳥のさえずりが聞こえてくる。
のどかな風景を前に、クルトは……
「もう、信じらんないッ!」
ご立腹中だった。
腰に手を当て、濡れ光る紫水晶の髪を掻き上げる。
ちゃぷ、魚が跳ねる音に混じり、滴がしたたるような濡れた音。
「ま、まあまあ」
それを困ったようにルフィは眺め、薪を組む。
「起きないお前が悪い」
「だからって……こんなのあんまりよーーーーーーーーーー」
冷たい少年の声に、頭を掻きむしり、絶叫する。
どうも姿形が幼なじみだと、突っ込み辛いらしく、手は上げない。
「こんなのって無いわあぁぁぁっ」
嘆きながら頭を振る。
後ろの樹には愛用のマントが引っかけられていた。
「はい、火おこしたよ」
騒がしい叫びに気を向けず、ルフィは焚き火を完成させ、少女を見ると……
「あう。どうしてコイツはこんなにも外道なのよーーー!」
濡れた髪の毛を頬から外し、なにやらブツブツと呟いている。
白いシャツの袖からシトシトと雨が降るように雫が滴り落ち、足下の岩肌を濡らしていた。
何故この様な有様になっているかというと、まあ。何時も通りの事なのだが、チェリオ流の眠気覚ましを実践した結果だった。
止めるまもなく披露された眠気覚ましは、少女のバランスを崩し、近くにあった川に転落させ……眠気覚ましよりも酷い濡れに見舞われた。
川が浅かったのは不幸中の幸いだった。
そんなわけで今はずぶ濡れのグショグショだ。
濡れ鼠、と言った言葉がまさしく当てはまる。
流石に目を覚ましたクルトだったが、感謝の言葉を紡げるわけがない。
「水ぶっかけるヤツがあるかーーー!」
少女の絶叫に五月蠅そうに眉を潜め、
「起きたから良いだろ」
悪びれもせずに言い切る。
切れたクルトが拳を固め、チェリオが反射的に身構えて―――
しばしの沈黙の後、少女はがくりと膝を付き、
「…………うう、なまじルフィの姿だから殴れない」
フルフルと頭を振りつつ口惜しげに唇を噛んだ。
「あの……クルト、一応体は僕のだから、殴ったら嫌だよ?」
「出来るわけ無いでしょ」
おずおずとしたルフィの言葉に、膝を付いたまま泣きそうな目で呻く。
そこで気が付いたようにチェリオが首を傾け、
「……よく考えるとルフィの姿だと攻撃されないな」
瞳を閉じ、感慨深げに呟く。
自分が殴られない事を感心している辺り、もうどうしようも無いかもしれない。
「レム……これすら予想していたなら。誰がなんと言おうと超能力者だわ」
気を取り直したのか、少女はポタポタと雫を垂らすマントを絞り、溜め息を零す。
一緒に落ちたはずの紙は、濡れてはいた物の一切滲んでいない。
取り敢えず、耐水性の地図は早速役立ったようだ――――
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