小さな魔科学者




――ぼくだって感情はあるよ。でもいつの間にかこういう言動が板に付いてた
気が付いたらね、
 冷徹で感情がないといわれても。性格?これは元からだよ――

(レム・カミエル〈十歳〉談)




小さな振動それのせいか、それとも固い地面のせいか、とにかく彼は目を覚ました。
「ふぁ……ぅ」
 寝起きは最悪。体のあちこちがやたらと痛む。連日の徹夜がたたったらしかった。
「最悪……」
 あくびをかみ殺して起きあがり、思わず漏らす。彼の体には下に滴っていた油が付着していた。
 耐火、耐水、耐電性の三拍子がそろった服だからいいものの、普通の服であればヘタしたら命が危うい。
「……………こんなの誰かにみられたらいい笑いモノだよ」
 呟いて、汚れた服を手早く脱いで床の油を拭き取った。
 そして予備の服(たくさんあるらしい)を手に取り、羽織って時計に目をやった。
 十一時四十九分。
 …………それを確認して小さく吐息を吐く。
 取り敢えず、顔を拭う暇ぐらいはありそうだった。
 十一時五十五分。
 この時間帯になると、何故かカウントダウンを始める自分が居る。
 五、四、三……
 地面のコードの電流はあらかじめ切ってある。
 二、一……
 とん、とんっ――
 比較的軽い音を立てて一人の少女がゆっくりと研究所に下りてきた。 



野原に寝そべりながら紫髪の少女は頬を膨らませる。
 遠くには工事中の学校が見える。今年の春に開校するとか誰かがいっていたが。
「むぅ〜。ルフィは来ないしあの馬鹿スライムはどっかいったし……つっまんない〜」 
いやいやと首を振りながら大きな瞳を瞬かせる。
 ムクリと起きあがり、
「そーだ! あそこに探検に行ってみよ〜〜っと」
 ポンと手を打ち瞳を輝かせる。
 その目線の先にはできたての学校。 
 取り敢えず、好奇心の塊と評判の少女は軽い足取りで校舎へと駆けていった。 


「…………あ、れ? 今日は偉く静かに……」
 彼は、拍子抜けしたような顔をして、手に持っていたクッション起動用(階段下)のスイッチを机に置く。
「ふぁぁぁぁっ…こんにひわぁぁ。レム…」
 紫の艶やかな髪を二つに結んだ少女は欠伸をしながら、目にたまった涙を拭い、
とてとてと階段を下りてくる。右手にはしっかりと昼食の入ったバスケットが握られていた。
 少女の名前はクルト・ランドゥール。花も恥じらう十五の乙女である。
 いま白々とした空気が流れた気がするが、気のせいだろう。
 確かに、学園一の問題児で、恥じらうという言葉自体から大きく離れた少女であることは事実だが。
 レムと言われた少年は大きくため息を付き、首を振る。
「おはよう…って、もう十二時だけど」
 彼の白い獣耳が抗議するようにぴくりと動く。
「いや……昨日ちょっとねむれなくて……ふぁぁぁっ」
 クルトは立つのも辛いらしく、椅子に沈むように座り込み、バスケットを机の上に置く。
「……眠れない……ね、どうせ本でも遅くまで読んでたんでしょ
 ――って、勉強嫌いのクルトが本読むはず無いか」
呆れたようにそう呟いて、小さく訂正する。
 本人目の前にしてかなり失礼な言いぐさである。
「失礼ね。ただ単に寝苦しくて、何となく羊の数数えてたら更に目が冴えただけよ」
「…………」
 胸を張って言うクルトをレムは沈黙して呆れたように見つめる。
「いや、いいやもう。何言ってもきかないしね」
 心の底からそう思うのか、完全に諦めたように言う。
「何が?」
「・・・べつに」
 聞くクルト。諦めたように耳を垂らすレム。
 キラリン。
 クルトの瞳からそんな音が聞こえた・・・気がした。
「れーむーーーー」
「へ?」
 何やら異様に楽しげな声に、振り向くいとまもあらばこそ。

 がばぁぁぁぁっ!!

「わっ、たっ。うわぁぁぁっ! っ・・・何な・・・・ってうわっ!」
 いきなりの衝撃に、たたらを数歩踏み、自分の身体をまじまじと見つめてレムはまた悲鳴を上げた。
 しがみついていたのだ。クルトが。がっしと。
 いつも冷静なレムだが、このときばかりは大いに慌てた・・・のだが、
「わんわん」
 クルトの言葉に上がった体温が一気に下がる。
 レムは落ち着きを取り戻し、ひしっとしがみついている彼女を冷ややかに見つめた。
まあ彼だって年頃の男の子だし、しがみつかれて慌てないわけがない、しかし。
「わんわん〜」
 などと呟かれて、愛玩動物宜しく頭をグリグリなでられて誰が嬉しいだろうか。
 しかも相手の目は彼のことを愛玩対象としか見ていない。異性も恋愛感情もなにも無い。
 コレで冷めるな、半眼になるなと言う方が無理である。
 取り敢えず、
「またなの。いい加減にしてくれないかな。僕は犬じゃないんだし」
 半眼になったまま頭をグリグリしようとするクルトの手を掴んでため息を付く。
「じゃあ」
「猫でもないからね」
 反論しようとした彼女の言葉を遮って、ズバリと突っ込む。
「う〜〜〜」
 言葉を取られ、ウルウルした瞳で怨めしげに彼を見上げるクルト。
「は・な・れ・て・くれないかな」
 言葉を句切りながら強調し、続けるレム。
「はーーーーーい。くすん」
 クルトは渋々と言った感じで彼から離れると、いじけたように椅子に座り込む。
レムは溜め息を付くと強張った身体を揉みほぐし、
「あのさ、クルト。僕のこと動物扱いするのはやめてくれるかな。
確かに僕、獣の血が混じってるらしいけど犬じゃないからね。そこの所は頭に入れておいてよ」
 やや強めの口調で言い切ると、クルトの方に向き直り、絶句。
 彼の向いた先は、机にうつぶせになり、何やら幸せそうに寝息を立てる少女の姿。
「…………」
 煽るだけ煽っておきながら無責任にも寝てしまっていた。思わず沈黙してしまう。
「……くーーーっ」
「はぁぁぁぁぁぁ。しょうがないな。ここで寝せとくわけにもいかないし」
 一応仮眠室はあることはあるが、ここから少し離れたところ彼の場合徹夜が多いのであまり使わないが。
 遠くにある理由はいつもいつも天井からの落石や落雷やらで危険すぎて安眠できないからだ。
 落雷はこの間天井に細工を施したおかげもあり、無いが、落石ばかりはどうしようもない。
取り敢えず彼女をそこまで運ばないといけないのだが……
 思わずいつもの癖で天井を見上げる。見上げた先には頑丈なクレーンのような機械。
研究のための資材などは優に100sを超えるモノも多々あるので、よくこのクレーンで運び出している。
レムは上の無骨な機械と、幸せそうに安眠している少女を見、困ったように頭を掻く。
「……って、いくらなんでもクルトをこんなモノで連れて行くわけにも行かないか。クルトだって一応女の子だしね」
 本人起きていたらはり倒されそうな事を呟いて、チラリと彼女に視線を移す。
 ――――やっぱりアレ?
レムは自問自答する。何がアレなのかはしらないが。
 ――――やっぱりアレだよねぇ……
 深くため息を付き、クルトの方に近寄っていく。
 少し考えて、作業用の手袋を外し、クルトの身体に手をかける。
「しょうがないな……他に方法がないし」
 呟いて、彼女の身体を持ち上げ――
「……っ!」
 持ち上げ……
「…………重ッ!!」
 ―――手を放し、ぜーぜーと肩で息を付き、思わず呟く。かなり失礼なセリフだ。
 先に断っておこう、クルトは小柄な方で体重も軽い方だ。
 つまりレムの体力が無さ過ぎるのだ。研究ばっかりしているから。
 今度は気合いを入れて抱え上げる。
「ん…! っ、ふぅ。今度から少し運動するようにしようかな」
 心なしか暗澹と呟いて、慎重に仮眠室への道程をたどる。
「ん〜〜」
 不意にクルトがうめき声を上げる。思わず息を止めて見つめるが、彼女はまた幸せそうに寝息を立て始めた。
「はぁぁ……ビックリさせないでよ……というか君ってもうちょっとその羞恥心とか……警戒心とか無いわけ?」
 幸せそうに眠っているクルトに、常日頃から思っているらしい疑問を飛ばす。
 寝ているのだから返事の返ってこない無意味な質問だが。
 赤くなったレムの小さな独り言は続く。
「簡単に人を信用してさ。確かに警戒されすぎるのも僕としてはちょっと、じゃなくて」
 更に赤くなった顔でぶんぶか首を横に振って、静かにだが、足を速める。
「僕だって一応男なんだからさ。もうちょっと警戒心とか無いのかな」
 ブツブツ呟いて、顔をしかめる。
 いくら天才と言われても、年頃の少年は色々と複雑らしい。
 レムの足が止まった。
「……入室」
 鈍く銀色に輝く扉の前に立ち、レムは呟く。それと同時に扉が音もなく滑るように開かれた。
 声が鍵の代わりになっているらしい。
 レムは表情一つ変えず部屋に入る。
 目に映るのは一つのベットと壁際に備え付けられた机と椅子のみ。
 洒落っけも、明るさもどこかへ忘れ去られたような味気ない空間が広がっている。
レムは静かにクルトの身体を横たえた後、布団をかぶせる。
 外では小さく雷鳴がとどろいていた。だが、通り雨。すぐに通り過ぎるはずだ。
 何となく椅子をベットの前まで移動させ、寝顔を眺め、ぽつりと言葉が漏れた。
 無意識に。
「そう言えばクルトにあったときもこんな日だったかな……
君って、変だよね。変わってる。昔から変わってないよ。君は……ずっとね僕は……変わったのかな……」
 独白するように呟いて、レムは遠いモノを見つめるように彼女を眺めた。
 小さな雨音が窓越しから聞こえてきた。
「雨、かな」
 レムは窓を眺め、独りごちた。




 

 ――嫌だった。全部イヤだった。
 親も、大人も、知り合いも、自分自身もみんなみんな嫌だった ――


ぼくの名前はレム。レム・カミエル。
 魔科学者として有名であるカーディス博士の一人息子。この世界(科学者うち)では常識。 
カーディス博士は、色々な発明、研究で名を上げている。そう言う意味ではぼくもカーディス博士は尊敬していた。
 『カーディス博士は』
 でもぼくはあの人を父親として見ていない。見れないんだ。
 ―― 嫌いだから ――
 ぼくはカーディス博士の助手としてこの間まで研究施設に居た。
 魔科学の最高権威の助手――
 若干五歳の子供にしては破格の扱いだと思う。破格すぎる。
 昔から誰もがそう言っていた。でも誰も面と向かっては言わなかった。ぼくが彼の息子だから。
 才能はないのに息子だから。
 でも面と向かって言われなくても聞こえよがしなひそひそ話。ひそひそ話じゃない話。聞きたくなくても入ってくる。
 ぼくは聞こえない振りをして、普通に接する。そしてその言葉を否定するために、ぼくは誰にも気がつかれないように必死で勉強した。色々な本も読んだし魔法も学んだ。
 そして8歳にして天才魔科学者と言われるようになっていた。
 そしてぼくはもう十歳になる……でも……
 投げかけられるどんな賞賛の言葉も心に響いてこない。だって、
その言葉の後には必ず『カーディス博士の息子』というオブジェがついているから。
 ぼくは研究施設から抜け出した。 
 自分の研究をするために。彼の飾りにならないために。他の理由もあったけど。
 幾度も幾度もカーディス博士から説得があった。でもぼくはかたくなにそれを拒み続け、何時しか説得は来なくなった。その代わり、何人もの研究員が代理。面倒役としてぼくの所に押し掛けてきた。
幾ばくかの生活費を携えて。
 当然断った。
 でも相手は頑固で、不法侵入する始末。ぼくは諦めて、おまけ付きで研究を続けることにした。
 ぼくの命令に従って、研究していた研究員も、次第にぼくの実力を認め始める。
 でも研究員の瞳に映るのはぼくではなく虚像の『カーディス博士の息子』という人物。
 そしていつも必ず出るのはその虚像の言葉。それが嫌で、
ぼくは誰に対しても常に冷静に。論理的に対処するようになっていった。
 一人……二人……。
 日を追うに連れ、研究員の数が減っていく。
 人が減って行くに連れ、少しは楽になるが、いつも虚しい孤独感が胸の内を占める。
 それを顔に出さないように、いつもぼくは冷静な態度を崩さなかった。
 だれに何と言われようとも。ぼくは一人で居ようと決めていた。
 そして、二ヶ月ほど過ぎ去った頃……ぼくの周りには誰一人として研究員は残っていなかった。
「居ても居なくてもいっしょだしね。居ない方が研究が進むよ」
 研究の手を止め、そうだれともなくつぶやいて、ぼくはまた研究を続けようとした。
 ぽつ……
 窓越しに雨音が響いてくる。
「雨、かな」
 薄暗い天井を眺め、呟くとぼくの小さな声が誰も居ない地下に虚しく響き渡る。
 静寂。ここには闇と押しつぶされそうなほどの静寂しかなかった。

 がしゃぁぁぁぁぁっ!!

 突如として静寂が破られる。
 誰かが忍び込んできたらしい。
 確かに侵入者には慣れていたが、ここまで騒がしい入場の仕方をしてくれる侵入者は初めてだった。
 しかし、その騒がしさはまだ序の口だったらしく。

 がしゃ! どしゃ!! ゴロゴロゴロゴロ。べちっ!

 轟音と地響きと共に誰かが階段から転がり落ちてきた。
 べちっ!といたそうな音と共に顔面を地面に強打する。まるで劇のギャグシーンのワンカットのように。
 しばし気まずい沈黙が支配する。
 最初に口を開いたのはその誰か。いや、口を開いたと言うよりうめき声を上げる。
「い、いたたたたた……な、何であんなトコに油が……」
 ――そう言えば、今日機械に油を補充して階段上ったっけ……その時少しこぼれたのか。
 などと少し納得してみるが、まあどういう入場の仕方でも侵入者には変わらない。
 取り敢えず、いつも通りに振る舞うのみ。相手が少女だとしても……顔なんか見てやる義理もないし。
「僕の研究の邪魔をしないでよ」
 いつも通りのそのセリフ。しかしいつも連中とは違い、少女は帰る気が起きないらしく、
目を輝かせて周りの機械を眺め回している。
「その機械に触れないでよ。壊れるから」
「う〜〜〜けち」
「ケチで結構」
 うりゅうりゅとした少女の言葉をはねのける。
「アンタ友達居ないでしょ」
「居ないよ。別にいても意味無いし」
「っは〜〜〜近頃の子供はかわいげというものがないわねぇ」
 ……同じ子供のくせにやたらと年寄りじみた調子でその子は言う。老けてるね。
「そーそ。アンタ名前はなんて言うの?」
 嫌に、というよりさっきと同じように無意味に明るくその子は問いかけてくる。
 正直なところ、この質問にはちょっと不意を付かれ、ぼくはすこし目を丸くした。
「……人に名乗らないで名前聞くなんて礼儀知らずだね」
 おもわずぼくはこう返していた。やはりこの癖だけは直りそうにない。
直すつもりはさらさら無いけど。
 彼女はしばし沈黙し、
「あたしの名前はクルト。クルト・ランドゥール」
「で、そのクルト・ランドゥールさんが何用で人の研究室に?」
  ぼくは力一杯皮肉を言う。彼女は動じた様子もなく、
「楽しそうだったから。ほら、名前」
  悪びれもせずに臆面もなく言ってくる。感心するよ、ホント。


「ぼくはレム・カミエル。あのカーディス博士の息子だよ」 
「ほーーーーー…誰」
 クルトはふむふむと頷いて、聞き返してきた。
「…………」
  思わず沈黙するレム。
「だから、カーディス・カミエル。魔科学者の最高権威」
「つまりアンタのおとーさんは偉い訳ね」
 レムはしばし沈黙し、
「…違う。父親なんかじゃない」
 小さく否定の言葉を呟いた。
「え、アンタの父親じゃないの?」
「違う。あの人はぼくの父親なんかじゃない」
 クルトの疑問に即座に答える。
「じゃあ、えっと、養子?」
「それも違う……ぼくはあの人の息子であって息子でない」
「訳分かんないわ。何それ。それにあの人って」 
「カーディス・カミエル博士は尊敬する人物――」
「……ならいいじゃない。父親を尊敬できて」
「人の話はよく聞くんだね。カーディス博士は尊敬に足る人物。
でも、カーディス自身は父親としても人間としても最低だよ」
 クルトの瞳に映った彼の瞳は、氷のように冷たく、何の感情も映していなかった。
「またまた、ンな大げさな。その年でそんなこと言うなんてアンタよっぽど性格ひねてんのねぇ」
「君が何と言おうとぼくはそう思ってる……最低だよ。彼は彼女の葬式にさえ来なかったんだから」
 クルトの言葉を軽く聞き流し、吐き捨てる。彼が初めて見せた感情。すなわち嫌悪。
「彼女? その歳で……? 結構ませてるわねぇ」
「そう言った類のものじゃないよ。期待を裏切って悪いけど」
「……彼女じゃない? 彼女じゃなくて……まさか」
「そう、彼は来なかったんだ。ミアス・カミエル。ぼくを産んだ彼女の葬儀にも」
「って、アンタの母親!?」
「そうとも言うね。彼は来なかった。
いや、彼だけじゃなく、誰も。
ぼくはまだ小さかったからよく分からなかったし、周りも教えてはくれなかった。
でも、数年経った頃何となく分かってくる」
「えっと……なんかとてつもなく重要な事件があって抜けられなかったとか」
「聞いたよ。でも何もなかった。彼が言ったんだよ、そんなことで貴重な時間を無駄にさけないって」
「……そ、そんなこと?」
「そう、彼にとってはそんなこと。ぼくも彼の義手でしかない。だから」
 ――だから研究所を抜け出した。あの人の道具にならないために。
「だから、ぼくは彼を父親とは認めない。彼を越えて……」
――彼の息子という飾りから抜け出したい。
 小さく彼は溜め息を吐く。
「君にこんな事話しても無意味だね。さ、早く出ていって」
「いやよ出ていかない。アンタ暗すぎ! 暗すぎてそのうちカビやキノコが生えてくるわよぜったいっ!!」
「・・・ナニソレ。何でもいいからでていってよ」
「こーーんなジメっとしたトコに居るから考え方まで暗くなるっ! さ、外に出ましょう外にっ!」
 そう言うと、有無を言わさずレムの腕をひっつかみ、クルトは階段に向かった。
「ちょ、ちょっと! 大きなお世話だよ! ほっといてくれる!?」
「ダメダメダメだめっ! ほっといたらそのうち死ぬわアンタ!!」
「勝手に決めないでよっ!」
 クルトの腕を力一杯振り払う。
 と、地面にまた油をこぼしていたのか、クルトの足がずるりと滑った。
 ずるべちっ!
 かなり凄い音が部屋中に響き渡る。
「い、たたたたたた。今日はこんなのばっか」
「ち、ちょっと……どいてくれないかな? 重いんだけど」
  ムクリと起きあがったクルトの側。というか真下から苦しそうなうめき声が聞こえてくる。
「ん? あ、ゴメンゴメン」
  慌てて立ち上がり、下敷きになっていたレムを起きあがらせる。
「あははは。でもアンタ一応男なんだから受け止めるぐらいしてよね。軟弱な」
「ほっといてよ。悪かったね、どうせぼくは軟弱だよ」
  明らかにムッとした表情で言い返す。
「やっぱあんた栄養取れてないでしょ、何食べてるの?」
「パンと水」
 ――この会話の後から、彼らは長い付き合いを始めるのだが、それは本編に語られる事となる。レムの回想というカタチで……
 

「ん、あれ?」
  レムはうめき声を上げ、起きあがる。どうやらいつの間にか寝ていたらしい。
 ベットを見ると、まだクルトは眠っている。
「あ、雨。止んだのか」
 窓を眺めると、そこからは明るい日差しが差し込んでいた。
 クルトの顔にもろに日差しが当たっている。彼女は顔をゆがめ、小さく身じろぎすると、ゆっくりと目を開いた。
「起きた? よくねてたね」
  自分も寝ていたなどとおくびにも出さず、レムはいつも通りの口調で言う。
「ふぁぁぁ……おはよ」
寝ぼけまなこを擦りつつ、クルトはうめき声に近い声を上げる。
「はいはい、おはよ。昼過ぎだけど」
「お昼。昼……あ、そーいやレム。食べた?」
 ブツブツ口の中で呟き、クルトは聞いてくる。
「あ、忘れてた」
「……もー。しょうがないわねー……食べときなさいよ。
少し干からびてるかもしんないけどさ」
 クルトは頬を膨らませて言う。
まあ、食べるどころかレムもさっきまで寝ていたのだが。
「はいはい」
「こないだみたいに食べ忘れてドライフードにしないでよ? せっかく持ってきたんだから」
「分かってるよ」
クルトの言葉に投げやりに言葉を返す。もうほとんど母親と息子である。
「……いつもお弁当ってさ、クルトが作ってる?」
 ベットから飛び下り、伸びをするクルトにレムは問う。常々疑問に思っていたことだった。
「違うわよ」
 あっさりと否定される。
「あ、そ」
 何となく気の抜けたようなレムの返答。
 そして何となくほけーっとしたように扉から出る。
(まあ、今のところは満足してるよこの状況。
何となくカーディス博士に比較されなくなってきたし(何となくだけど)
好きなだけ研究が出来るし、食事も昼食差し入れしてもらえるし。
 ――ま、不満があるとしたら手作りじゃないってことだけかな)
 そんなことを考えて、歩むレムの背後から何かスパーク音。
 続いてくすぶるような音、反射的に身をかがめると、続いて爆発。
 どごぉぉぉぉぉぉん!!
「げほっ……何」
(何となく想像つくけど)
 彼が問いただすより早く、クルトの声が聞こえた。
「ご、ごめん〜〜〜ま、またやっちゃったぁ。てへ」
 てへっ。ですまないような部屋の惨状を見渡して、レムはため息を付く。
(訂正。――手作りだけ、じゃなくて破壊活動やめて欲しいかな)
とりあえず、前々から進めていた研究の一つが今日もダメになったことは確かである。
「で、でも……さ、触っただけだし」
 クルトのいいわけを遠く事のように聞きながら、レムは塵一つ付いてない彼女の姿を見てまたため息を付いた。
 彼女の指はキッチリと何かのスイッチを押している。
 今日も彼の研究室で彼と彼女の少々激しい意見交換が始まる。
 
 
 
 ――やっぱりイヤだけど、全て嫌だったけどあの日から少し嫌じゃなくなった。
 君のせい。君が原因、きっとね。
 ぼくは変わったのかな?小さく彼女に尋ねると、レムはレムって言われた。
 やっぱり君って変わってる。こういうこというと君に殴られるけど。
 あたしはあたし、だってね。
 取り敢えず、少しは感謝しておこう。
 面と向かっては言えないけど。
 静寂から救ってくれてありがとう――
 

《小さな魔科学者/終わり》




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