れっすん・ぱにっく-7






 慣れた道のりを歩きながら呼吸を落ち着けた。
 呼ばれた理由にも、大体想像は付いている。
 自分の足音が廊下に反響し、硬い音をたてた。
辺りを見回す。
 もう、遅い為か生徒の姿はない。
「失礼します」
 軽く息を吸い、レムは目の前の扉を軽く叩いた。
 扉のプレートには『校長室』の文字。
「はい。いらっしゃいませー。一名様ご入場♪」
 妙にノリの良い言葉を紡ぎ、部屋に入った少年に校長は笑顔を向ける。
 しばしの沈黙。
静かに扉へ引き返し、レムは無表情で扉を静かに閉―――
「ああああああ、待って下さいよぉーー」
 そこで声に止められた。
「何ですか」
「うう、軽い冗談なのに」
 冷たい言葉に、高そうなデスクに「の」の字を書きつつ校長は涙する。
「どうでも良いですけれど。用がないなら呼ばないで下さい」
「うう、用はありますよーありますけど、つれないですねー」
「……五秒以内に建設的なご意見が頂けない場合、即座に退室しますけど」
 影を背負ってまだ机を指でいじくっている校長に、冷たく言い放つ。
 捨てられ掛けた恋人のような声で、校長は取りすがった。
「あああ、真面目にやります。やりますから帰らないでください」 
「元からそうして頂けると助かりますが」
 仮にも校長と教師の会話なのだが、立場が逆転している。
 校長はコホンと軽く咳払いした後、笑顔になり、 
「ねえ、レム君」
「はい?」
「クルト君にお勉強教えてるんですよね」
 やはり、それか――
 予想通りと言えば予想通りの言葉に、小さく頷く。
「仕事ですから」
「それにしても、ちょっとやり過ぎじゃないですか?」
 端的な言葉に校長は僅かに眉を潜め、困ったように笑みを浮かべた。
「……加減しています」
 小さく応える。
「ふう……レム君の欠点ですよねーそれは」
 ため息混じりに校長は言葉を漏らし、苦笑する。
 意味が飲み込めず、レムは言葉に僅かな疑問符を含める。
「……何がです」
「君の頭と普通の人の頭を比べたら駄目ですよ。
 レム君の言う加減は限界ギリギリまで脳を使わせるって事でしょう」
「…………」
 笑顔で言い放つ言葉に、一瞬動揺したのがレムは自分でも分かった。
 そう、……そうだった。
 自分は他人より飲み込める量が違う。
 そしてそれは、自分と他人との許容量の違いが分からない事にも繋がった。
 彼が簡単だと思う事が、他人には難しすぎるのだ。
 手加減しようにも、出来ない。
 相手の許容量がどの位か、そこまで分かる程の能力はない。
 神では、無いのだから……
 甘くしているつもりでも、他人にとっては厳しすぎると言われる事も多かった。
 それを、レインは笑顔で指摘したのだ。
「普通の人だと身が持ちませんよ。
 心配なのは分かりますけど、彼女が倒れてしまったら元も子もないんじゃないかな〜
 と、思ったりするわけです」
 言っている事は、正論だった。
 だが……
「心配ではないですけど」
「うんうん、分かってますよ。
 彼女に制御力を付けさせようと頑張ってるんですよね。
 今日見て分かりましたけど、クルト君は相手の魔術構成が読みとれる程上達しています」
 前から考えるとめざましい進歩だ。
 しかし、
 レムは小さく頭を振る。
 それだけでは駄目だ。
 駄目なのだ。
「続きも分かりますよ。頑張って限界近くまで教え込んでる。
 でも頑張っても頑張っても、制御力が……
 上がっていく魔力に追いつかれるのを止める事が出来ない。
ああ、このままではクルト君の身の安全は後僅か……ってところですか」
 校長は大仰な身振りで頭を振り、何処か芝居じみた口調で嘆いた。
 零下の視線でそれを睨み、
「ふざけてる場合じゃありません。時間がないんです」
「まあまあ、クルト君も限界まで頑張ってますし、そんなレム君一人だけで頑張っても仕方ないでしょう。彼女が倒れたら本末転倒ですよ」
 笑顔で、相変わらず、痛い所をつく。
 正論に、レムが沈黙する。
「僕達が出来る事は少しだけですよ、ある程度まで来たら彼女に任せるしかないんです」 そういって、校長は笑う。穏やかな笑み。
 そして、何処までも落ち着いた声音。
「…………」
(確かに、もう……あとは彼女の基礎を固めていくしかない)
 その位しか、レムが手伝える事は残っていなかった。
  
 ――時は無情に刻まれる。たとえ、それが死の宣告と同じだとしても。
 時間を止めるすべは、無い。
 
 深い、吐息を吐く。
「まあ、信じてあげましょう。彼女ごとこの一帯が吹き飛ばないように。
 それに、彼女の今の制御力なら時間はまだまだありますから」
 蒼い瞳を細め、校長は柔和に微笑む。
「そう、ですね……」
 レムの何処か寂しげな言葉は、……虚しく宙に溶け、天井へ消えていった。
 


その後、前よりも甘く教えるレムを見て、クルトはちょっとだけ嬉しそうな顔をしたのだった。



《れっすん・ぱにっく/終わり》




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