れっすん・ぱにっく-6






 校長にあるモノが言った。
 クルト・ランドゥールという少女は、落ちこぼれなのではないかと。
そして、またあるモノが言った。
 クルト・ランドゥールという少女は類い希無き天才だ、とも。
 二人の言葉を聞いた校長は、どちらの言葉も否定せず、ただ微笑むだけだった。
両方とも理にかなっていたからだ。
 だから、否定はしなかった。
 ただ、それだけの話だ―――

  
「火炎弾!」 
 少女が澄んだ声を放つ。
 共鳴するように火炎の弾が辺りに響き渡り、土埃が舞い上がった。
 相手は怯まない。
 威力の低い術。こけおどしか目くらまし程度にしかなら無い。
 事実、それは氷を蒸発させる事も出来ず溶かしただけだ。
 だが、砂が舞い上がった瞬間に少女はその場から飛び退き、距離を取っていた。 
急ぐようにクルトは小さく詠唱を唱え始めた。
 一歩近寄る。
 今の術は距離を取る為の小さな脅しだ。
ぬかるんだ地面を踏みしめ、近寄っていく。
 びちゃり、濡れた音が響いた。
 彼の予想が外れていなかったかのように、ジリジリと少女は少しずつ後退していった。 もう、逃げ場はないような動きで。
 ぐぶり、と踏みしめた地面が嫌な音をたてる。
 先程の氷のせいで大きな水たまりを作りだし、足場が悪い。
 体は氷の影響で上手く動かないが、それは目の前の少女も同じ事。
 詠唱を始めながら、一歩ずつ……確実に近寄っていく。
そこで……
 怯えていたはずの少女は、顔を上げた。
 小さな笑みを口元に浮かべて。
「掛かったわね」
 口調には、怯えも不安も無い。紫の瞳が、真っ直ぐに相手を射る。
飛び退こうとして、彼は気が付いたようだった。
 自分の置かれた状況に。
チリチリと少女の手の平で火花が散った。
 青白い電光が手の間で輝く。
先程、無意味に撃ったと思われた氷が溶け、少年を囲むように水たまりを作り出している。
 下は足首までしとどに濡れている。
 見回しても到底飛び退ける距離ではない。
 少女は、離れたその場で手を掲げ、不敵な笑みで彼を見つめた。
「さあ、ジ・エンドと行きましょうか! 行くわよ」
 そう告げ、最後に詠唱を唱えておいた呪文の仕上げに掛かる。
「蒼き閃光よ!」
 声高な言葉と共に、若干軽い電流が走り、あっさりと勝負は付いた。
 その場にいた生徒達が絶句する。
これが、学園でも落ちこぼれと言われる少女の力。
 成績で言うならば最低だが、実技とテストを分ければ別。
実技においては、最優秀生徒であるルフィすら凌ぎ、抜きん出てトップに躍り出るとまで言われている。
 普段はともかく、実戦においての判断力と戦略を組み立てる力は教師である魔導師も舌を巻く程だ。天性のモノと言っても良い。
 実質的に、魔法の戦闘力で言えばクルトにかなう生徒は居ない。
 彼女が本気で戦えば、性格的にはやりそうにもないが、兵士一軍でも簡単に全滅させられるだろう。 
 悲しいかな、それだけの腕を持ちながらも制御力がなっていないのとテストでは常に赤点である事が重なり、最低成績者の名を欲しいままにしている。 
クルトのやる気がないのも、大きくそれを後押ししているが。
 制御力やテストを抜かせば……実技成績は、勿論、S。
 唯一の問題点を告げるとなれば、魔術に頼りすぎる所だろう。
 少女の不真面目さとともに、この事実は教師内では強く認められている。 
 退学してもおかしくない程の成績は、実技で留めていると言っても過言ではない。
「あうー……真面目にやったら疲れたー」
 視線を気にせず、肩を回し、辺りの空気も置き去りに、怠そうにクルトは声をあげた。 


そして、一日が経過した。
 いやまあ……早い話が……
 校長の思い付きで始まったそれは、やはり校長の気まぐれで中途半端に終わる事となった。
それも『暗いですから。お腹空きましたし』という理由で。
 勿論、その後試合の尾を引きずったせいか、何時になく殺気に満ちた生徒達から校長は、
 『あ、いやーそんなコトしたら流石に死んじゃうんでは無かろうかと思うんですけどーー』
 とか何とか言いながら集中攻撃にあった。
 しかし、今朝方元気に校長室に座っていた姿からすると、全然効かなかったのか。
だが……
 そんな校長を余所に、その日登校出来たのは、ごく数名の生徒だけだった事は、……言うまでもないだろう。
 ほぼ全ての生徒がむち打ちに苦しみ、過去に類を見ない程の生徒が欠席した。
「結局……あたし達は校長に振り回れてただけなのね……」
 出席はしたモノの、グッタリと机に俯せてクルトは何処か幽霊のような声を上げ、突っ伏す。
 マルクは寝込んだとか、校長は病院に送りになったがすぐ帰ってきた、
 そんな情報が耳から通り抜けていくが、少女の節々の痛みには勝てそうもない噂で……

 ――――クルトは静かに瞳を閉じた。


 それだけでは終わるはずもなく、
「はい、これは何かな」
 毎回恒例、地下室での質問の嵐は続く。
容赦なく続けられる言葉にクルトは泣きそうな顔で、
「レム……なんか酷いんじゃないこれは。昨日の今日なのに」
 前よりは慣れた頭で質問を解きながら少年の顔を見る。
 それに答えず、レムはページを更に捲って促した。
「はい、サッサとやって」
「うう、前から厳しかったけどこの間から急に酷くなってない?」
「べつに」
 呻くような少女の声に、微かに憮然としたような声音が応えた。
「この間の話、なんか根に持ってる? 
 チェリオとお出かけの話した時からご機嫌良くないわよね」
 あっさりという。何気なく話したその言葉に、レムはため息混じりに、
「別に良いんじゃないの? 君が誰とどうしようが、仲良くなろうが。僕には関係ないし」
関係ない、の部分を強調し、ページを捲る。
 クルトは顔をべったりと机に付け、疲れたように、
「……うう。なんか凄い根に持ってるし。
 そんなに誘って貰いたかったのレム」
「別に」
  即座に否定する。
「あの時はレム三日くらい徹夜してたから、仕方ないじゃないの〜」
そこで顔を上げ、
「徹夜は慣れてるけど」
 平然と言ってくる。少女は呆れたように頭を振り。
「いや、流石に睡眠の方が大事よ。寝ないと死ぬわよ」
 絶対止めろ、と言うように半眼になった。
「そう? で、楽しかった?」
「ん……んーと」
 その時の光景が少女の脳裏をよぎる。
 楽しかった。楽しかったかもしれないが、最後は殴り倒したのだから微妙な所だ。
 展開的にも面白くなかった。
「うむぅ……あんまり楽しくなかったかも」
(殴り倒したし)
 腕組み、難しい顔をしてそう告げ、思い出したように人差し指を立てる。
思い違いか気のせいか、見た目不満げな少年を見、
「そう。あ、そうだ、そんなに行きたいんだったら今度誘ってあげるから」
笑顔で言った。
「いらない」
「…………」
 何処か拗ねたような、ふて腐れたような僅かな響き。
 思わず沈黙する。
いつもは大人びた少年が、何故か駄々をこねる子供のようにも見えた。
 クルトは、苦笑を堪え、困ったように小さく微笑む。
「ナニ」
 視線を受け、気が付いたように向いた顔は、いつものように感情が抜け落ちてはいたが。
 やっぱり、拗ねた子供のようにみえた――――

 




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