れっすん・ぱにっく-5






 涼しいと感じる程の冷たさを含んだ風が、兎の耳のように括られた少女の髪を持ち上げる。
紫の髪が日の光に照らされ、淡く輝いた。
 土を踏みしめ、クルトは次の相手を見据えたまま拳を握り、呟いた。
 確信を、込めて。
「分かったわ、人間相手に戦う事を想定して戦えばいいのね!」
 敢えて誰も『分かってたなら最初からそうしろよ』とは言わなかった。
 言えなかった。
足下をえぐり取るような形を残し、消え去った地面を見てしまえば。
「やっと理解してもらえた所で、始めて下さい!」
 何度目ともしれない校長の合図は、ちょっとだけ疲れたモノが滲んでいた。
 前方の対戦相手を見る。
 年齢はさほど変わらない。同い年ぐらいの少年だった。
 背はそれ程高くはなく、平均程。少女の身長よりは無論高い。
 クルトが戦闘態勢に入る前に、相手が低い姿勢で走り込み、素早く肩を打ち付けてくる。
「うわっ……と」
 持ち前の反射神経で躱し、体勢を整えようとした所にまた走り込んで来た。
「きゃーーーまたかーーーー!?」
 何とか避けられるものの、こう何度も突撃されてはかなわない。
 小柄な体型から分かる通り、彼女の体力にも限界があった。
相手もそれを分かっているのだろう。
 呪文を唱える前に疲弊させるつもりのようだ。
 詠唱は集中力を必要とする。幾ら口早に唱えられても素早い攻撃を避けながらではそれも上手く行かない。
「……へぇ」
 対戦相手側の読みに、感心したようにレムは呟く。
 目の前でクルトはちょこまかと攻撃をかわしている。
 このまま行けば、少女の体力が尽き、相手の少年が勝利を収めるだろう。
 もし、そうだったとしても彼女がそれだけの実力だったと言う事だ。
(どうだろうね……)
 口の中で呟き、レムは他人には分からない程の薄い笑みを口元に浮かべた。
 これだけでは終わらない。終わるはずがない。
 そんな予感。
 予感?
 予感、と言う言い方が正しいのかは分からなかった。
 だが、この程度で倒れられては困る。
 自分の見立てが正しければ、この程度で倒れる力量ではないはずだ。
 恐らく、見立てを立てなくてもそう考えただろう。
 予感、と言うよりも……そう。
 酷く曖昧な表現だが、『カン』と言った方が正しかった。
「うっわ……やりにくい奴」 
 少女は少し疲れたような表情で相手を見、呻いた。
自惚れていれば隙をつけばいい。話し好きなら話を延長させれば時間が稼げる。
 自信がなければ畳み掛けてしまえば動きが鈍る。
 しかし、彼女の目の前の相手は一言も発さずただ突き進んで来るのみ。
 話術で誤魔化す事や、足をすくう事は到底無理そうだった。
苦労しながら詠唱を終え、
「氷槍! 氷槍! 氷槍氷槍!」
 連続して氷を纏った魔力の槍を相手に撃ち放つ。
 飛び跳ねるように少年は後ろに下がり、冷気が地面を凍らせる。
 やたらめっぽうに撃った魔術は、少年には掠りもせず、地面に氷を張っていく。
「氷槍氷槍氷槍ーーーッ」
 それでも諦めずに少女は撃ち続けた。
 やはり、氷の塊が張り付くのは赤茶けた地面。
 いや、もう地面は氷の塊で蒼く覆い尽くされていた。
 それを何処か呆れたように相手は見ている。
 彼には全くのノーダメージ。
 傍観していたチェリオは白い吐息を漏らした。
「……さむ」
辺りの空気がぐっと冷え込み、手がかじかむ。
周りを見ると全員同じようで、縮こまって寒さに震えていた。
「…………」
 更に魔力を高め、次を放とうと構えた瞬間。
 いい加減鬱陶しくなったのだろう。目の前の少年が駆け出した。
拳を胸元で構え、突き放すようにクルトへ伸ばそうとして、僅かに顔がしかめられた。
先程と比べ、随分と鈍い動きの拳打は、少女に避けられ、地面へめり込む。
「勝負事に性別は、関係なし、か」
 抉れた地面を眺め、クルトは瞳を細めた。
今の拳が当たれば、確実に致命打だ。
 どうやら、あまり静観している場合でもないらしい。
 などと今更ながらに考え、クルトは次の呪を再び紡ぎ始めた。

 




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