子供達のセレナーデ-2





 辛うじて辺りが見渡せる明るさの部屋とも言えない空間の一つで、二人は背中合わせに縛られたまま俯き続けていた。
「ひっ、うっ」
 後ろでしゃくり声が聞こえ、赤みがかった短髪を揺らし、
「な、っ、なくなよディー。こらあ、オレ達にこんなコトしてただですむとおもうなよっ」
 元来気が強い彼にとって沈黙するのは屈辱でしかなく、ばたばたと両足を動かした。
 ズッ、と足下に何かがめり込む。薄いランプを照り返すのが刃の輝きだと知ってアレクシスは出そうになった悲鳴を飲み込んだ。
「知ってるか」
 照り光る頭髪のないスキンヘッドの大柄な『頭』と呼ばれていた男が銀のカップに満たした酒を片手に持ち啜り、舌なめずりする。
「なっ、なにが……だよ」
 張ろうとした虚勢は乾いた口内のせいで上手く行かなかった。
「これはダガーって言ってな、特にコイツは暗殺をシゴトにする奴が好む…そうさな、人を斬り殺すのに丁度良い形してるんだ。坊主くらいならこういうの好きだろ」
「そ、んなのはとっくに卒業してらぁっ! オモチャ遊びは子供っぽいだろ」
 足下に刺さった刃とぞっとしない台詞をもらい、泣かなかったのは賞賛に値するだろう。下手をすれば相手の神経を逆撫でしかねない危険な挑発だが。
「いや、足揺すりが酷いからまだ子供だと思ったんだ。そいつあ悪かった。たしかに足を揺らす癖は直ったらしいな」
 意地悪く言う頭目の台詞にアレクシスは言葉に詰まった。足下に刀身を叩き込まれて確かに足を揺らす勇気は出ない。
「アレク。正直に言おうよ。僕達は」
 瞳が辛うじて見える程に伸びた琥珀色の髪を除ける余裕もないのか、ディーンは動かせる首をひねり掠れた声を漏らす。
「言ってどうなるんだよ!」
 反射的に叫び、そんなのオレ達が不利になるだけじゃん――そう言おうとして唇を噛んだ。虚勢も、もう意味もないと言うことは分かっている。
 アイツらはわかっている、自分たちに力がないことも。
 後ろ盾というモノがハッタリだと言うことも。
 目頭が熱い。慌ててかぶりを振る。
 泣くな、泣くな。大体言い出したオレが泣いてどうする。ディーだって元々あんまり乗り気じゃなかったんだ。
 ここで斬り殺されるんだってオレのせいだぞ。じんわりと降り注いだ雨がしみ通るように絶望と後悔が押し寄せる。
 来るんじゃ、無かった。
「くる……じゃ」
 背後でも胸の内で呟いていた言葉と同じような台詞が聞こえてハッとなる。
「来るんじゃなかった。ごめ、なさい……お姉ちゃん」
「確かに言うこと聞いてればこんな事にはならなかったんだよな」
 もはや諦めに近い心境で呟いた言葉。
「泣いてんのか坊主。泣く悪い子にはお仕置きだな」
 足下に突き立てていたダガーを引き抜き、後ろに放る。振り上げたのは先程の刃ではなく革製の紐のようなモノ。
 鞭だ。虚ろな思考が言う。ザッパリではなくネチネチといたぶって遊ぶのか。
 簡素な木製の机に置かれたランプに歪んだ自分たちの姿が見えた。アレクの両眼よりも濃い赤がガラスの中で薄く揺れる。
 口に広がる血の味で、噛んでいた唇が切れていたことに気が付く。ぽたり、と地面に雫が垂れた。
 奥歯を食いしばり瞳を瞑る。

「なんで無駄に広いのよここはっ! ふざけるんじゃないわよ全く! ええい此処かぁぁぁっ!?」

 轟音と共に、少年達にとって耳慣れ、頭目にとっては初めて聞く罵声混じりの声が静かな緊迫感に包まれた洞窟を揺るがした。
 ずしゃっ。
 地面を盛大に擦り、紫の髪をなびかせて少女が言葉通り飛び込んで来る。乾いた土くれが辺りにはじけ飛び、微かな土煙を創り出す。
『クルトねえちゃん!?』
 予期せぬ乱入者に二人の声が唱和した。乱れたマントと髪を直し、小柄な少女は悠然と佇んだ。
 意外に広範囲にまき散らされた土がマントにでも掛かったのだろう。不機嫌そうにぺしぺしと肩の辺りを払っている。
「な、な。あんな大げさな噂はデマだから、門番にもう伸されてるはずだろ」
 動揺する頭目に少年達の瞳が希望に輝く。
「デマねぇ」 
 指先にはらんだ魔力にあおられ、風のない洞窟で衣服がはためく。
 真っ直ぐに頭目と少年達を見据える深い紫の瞳が怪しく輝く。土が微かに付いただけで服に傷の一つもない。
「はっはははは。舐めた真似してくれるじゃない。ええ? どうなるか分かってるわよね」
 にっこりと笑いながら硬化した言葉を発する少女の指には薄い光。
 言葉の内面に含まれた暗い意味に気が付いて捕虜の二人は青ざめた。


「ぎ、ぎゃああ。アレクアレクアレクうぅぅぅ」
 今までしゃくり上げるしか芸がなかったはずのディーは盛んに足をばたつかせ、壁際にずり下がろうとするが、友の重みでそれも敵わずますます焦った表情になる。
「おっおおおお脅えるなディー。オレがついてる!」
 泣くことも脅えることもしないと今まで貫き通していたアレクの信念も崩れている。
「そう言うアレクも震えてるじゃん!!」
 ディーの非難にガタガタブルブル震えながらもぎ切れんばかりに赤毛の少年は首を振る。
 凄まれていたときよりも数段程飛び越えた恐怖をまき散らし、二人が歯の根のあわない声で喚き散らしていた。
 ぽっ、と少女の指先に砂利程度の炎が生まれる。それを合図に辺りに小石程の大きさの粒の無数の炎が浮き出す。
 初歩だとはいえ、魔術と見た頭目が懐に忍ばせていた短剣を二人にかざした。
「ハッ! こんガキ達の身を盾にすれば」
 素晴らしく外道な事を言う。
「火炎弾ッ!!」
 少年達を引き寄せる前にクルトの術が放たれた。
「くっ」
 浮遊する無数の炎は近くの布を取り上げ、盾代わりにしようとした盗賊の親玉を通り過ぎ、つぶては捕虜の少年達に直撃した。「あづい、あづいよぅ」「こっ、ここころされる」悶え苦しむ子供達。
 ある意味阿鼻叫喚だ。
「なっ、何してんだお前」
 当然上がる頭目の非難。
「お仕置き。大丈夫、この術は当たると熱いだけで死にはしないから」
 掌に同じ大きさの火炎を出し、握りつぶすとにっこりと少女が微笑んだ。
「たっ、助けに来た奴がそんなことしていいとおも――」
「助けに来た訳ないじゃない」
 更に笑みをたたえられたまま続けられた言葉に炎に軽く炙られた少年達が起きあがる。
「や、やっぱりそうだよアレク」
「ごめんごめん。ゴメンなさい神様女神様クルト様〜〜〜」
 泣きじゃくり、二人してひれ伏そうとする。硬く縛られた縄の為に力がせめぎ合い、ただもみ合うだけにしかならない。
「あんっだけ馬鹿するなと何度も言ってるのに何他人様の手を煩わせてるのよ。しかもあたしが部下? 偉大なオレ様達サンはなんでグルグル巻きなのかしら。わっかんないなぁ」
 ぴん、と弾いた爪先から小石程の炎が二つ飛びだし、それぞれの額を打つ。疑問を投げ掛けるたびに一つずつ。『ぎゃう』やら『ひあわ』と痛々しい悲鳴が上がる。痛みは余り無いようだが、少女の静かな笑みも伴ってこの世のモノとは思えない程に恐ろしい。
「こ、子供にそんな無体な」
「五月蠅い黙れ犯罪者」
 たまらず助け船を出す頭目の台詞を切って捨てる。
「俺達が目当てで来たんだろうが!? 正義感とかで」
 ダガーを抜き放つが紫の瞳に一瞥されただけで刃が下がる。
「こんなザコ盗賊団なんかどうでも良いし」
『なっ、なら何しにきやがったんだよぉっ』
 怒りと恐怖と涙のない交ぜになった声音で盗賊一団が叫ぶ。クルトは当たり前と言わんばかりの笑顔を向け、
「この馬鹿ガキ共に今日という今日は人間の我慢の限度というモノについて教えようと来たのよ。今教育中なのよ、邪魔だから出て行って頂戴」
両手を合わせた。見た目と仕草のせいで遠目には可愛く見えるのが更に恐ろしい。
「……表の奴らは」
 震える頭の疑問に「ん」と一つ伸びをして、天井に指を向け、くるくる回す。
「邪魔だからその辺りに投げた」
「お、お、お、おまっ、お前! そんな理由の為だけに単身ここまで来たのか!?」
「そうよ」
 辺りにざわめきが生まれる。勿論恐怖の。「正気じゃねぇ」「魔物が弱い田舎は安全だと思ってたのに」「賭けも煙草も酒も、なんだって止める。死にたくねぇよっ」魔物より恐れられてそうな勢いで、一味のほぼ半数が壁に張り付いていたりする。
「なによ、あんた達あたしの名前を聞いて呼んだのよね。ならもうちょっと心構えとか出来てない?」
「そ、そうですよお頭。なんか対策してあるんでしょう!?」
「あ、おうっ! この人質とかこの武器でだ。人質を盾にしながら『手も出せねぇだろ』という緻密な作戦だ」
 どの辺りが緻密な作戦だ。アレクとディーは思ったが口に出さず沈黙を保った。
「さすがお頭!!」
「どういう経緯でこういうコトする気になったのか位は冥土のみやげに話してくれるわよね」
 誰の。等とアレクやディーは怖くて聞けない。
「おうっ。盗賊仲間でも「クルト」て名前は聞く。何か珍しい髪色をした奇妙な人間で、魔導師の見習いででかいツラしてると聞いた。
 そこで俺ぁ思ったね。そいつを半殺しにして掴まえれば俺達のハクもつくってもんだと!」
 うんうんと頷く盗賊一同。「あははー。そうなんだ」同意するクルト。
 何故かは知らないが先程よりも大きくなった寒気に震えながら少年達は必死に落ちていたナイフに縄を擦りつけた。
 逃げたいのはもう消えた。取り敢えず自由な腕が欲しかった。
 




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