川のせせらぎ





 ――――平和な時。
 さらさらさら。
 川のせせらぎが耳に心地よい。さわやかな風に乗って新緑の香りが運ばれてくる。
 もう日差しがきつくなってきたが、木々に遮られ涼しいと言っても差し支えがないほど快適だ。
 クルトはマントを外し、自分の紫色の髪の毛を水面を鏡代わりにして手櫛で梳くと、気持ちよさそうに伸びをした。
「ん〜〜〜っ。平和ねぇ」
「本気でそう思ってる?クルト」
 隣には何故か半眼になったルフィ。 
「私はいつでも本気よ」
 何故か遠い目をしながらクルトは答えた。澄みきった青空がそこには広がっている。
「お願いだから現実逃避しないでよ……追試は追試なんだから」
微妙に冷えたルフィの言葉にクルトのこめかみに汗が流れた。
「やだなールフィ。そーんな昔のこと」
「言われたのは先刻だよ。クルト」
冷たく突っ込む。
「それから、チェリオも手伝って…………あれ?」
 目的の人物が見つからず、首を捻るルフィ。
 クルトはルフィの裾をちょいちょいっと引っ張ると、
「あれ、あれ!」
 がっしりとした幹の樹を指さす。そこにはチェリオのマントが見え隠れしていた。
 時折聞こえる規則正しい呼吸。
 どうやらお昼寝中らしい。
「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、もぅっ! 二人ともいい加減にしてよ! これじゃあ日が暮れちゃうよ!?」
業を煮やしたルフィが思わず叫び声をあげる。
「動物のレポート提出だけでいいんだから! 早くデータとって帰ろうよ」
  ルフィの言葉にクルトは指をふり、
「チッ、チッ、チッ、甘いわね、ルフィ。言うが易し、行うが難しって言葉知ってる?」
「…………そんなこと言って何もしなかったら永久にこのまんまだと思うけど」
  彼女の言葉にルフィは盛大にため息を付く。
「えと、それはその。あはははははははははははは」
  森にこだまする乾いた笑い声。
「あはは、ま、まずは馬鹿男……もとい、チェリオを起こしましょ」
  取り繕うようにそう言って、太い幹に蹴りを入れる。
  どっが。
  ダメージを受けたのは。
「いったぁぁぃぃ」
  クルトだった。まあ、並の人間の胴体より太い幹なのだから当たり前といえば当たり前だが。
「く、あたしに痛みを与えるとは……樹、いえ! チェリオ……許さないわよ」
  何故かチェリオに怒りが向けられる。

  どががががががが!!!!

  ほとんど怒りにまかせて蹴りを放つが、葉っぱの一枚さえも落ちてこない。
  それを見ていたルフィは口を開く。
「僕がやるね。クルトは見てて」
「ぇ、あ、うん」
  あっさりとしたルフィの言葉に、肩で息をしつつ疲れも手伝い素直に頷く。
  邪魔になる袖の部分をたくし上げ、ルフィは軽く力を抜くと、樹を一瞥する。
  今の服装は学園のローブではなく、普通のシャツとズボンというラフな格好なので動きやすいことは事実だが、
それで樹が動かせるかと言われると疑問である。
 小さく息を吸い、
「…………はっ!」
  呼気と共に軽く蹴りを放ったように見えた……クルトには。
  蹴りが入った後、樹が小さくしなり葉っぱが舞い落ちる。
  もう一度言おう。
  その幹は人間の胴体を軽く上回る太さだ。それがしなったと言うことは……
 凄い威力である。
でも袖をまくったのは意味がないような気もするが、やる気の問題だろう。
「ルフィ凄ぉいっ」
  思わず拍手をするクルト。
「ん…………もうちょっとかな? ほかの手でいこうか」
  頬をかいてそう呟き、後ろにあった自分の身長ほどもある岩を眺める。
  トコトコと近づき、
「っ、せぇぃのっ!」
  ルフィの軽いかけ声と共に音を立てて大岩が持ち上がる。
  見かけのわりにはというか、見かけなしでもかなりの怪力である。
「あ、あのさ、ルフィまさか……」
  次に彼がやることにはクルトでも想像が付き、冷や汗を流す。
  ルフィはクルトを見てニッコリ微笑み、クルトの予想を裏切ることなくその岩を樹の幹に向かって投げつけた。
どご。ばきばきばきぃぃぃぃぃぃぃ!!
  続いて響く凄まじい音。
  チェリオはというと……不幸なことに地面に顔面から直撃していた。
「うぁ痛そう」
  少し上がるクルトの同情の声。そして微笑んだルフィはこういった。
「これで目が覚めたよね? チェリオ」
「っ〜〜〜〜なんなんだ一体」
  チェリオは顔を押さえて立ち上がり、至極もっともな意見を口にする。
「ただ単にルフィに起こされただけよ。豪快にね」
  クルトは小さく説明らしきことを話す。
  周りの状況を見て、どういった起こされ方をしたのか気が付いたらしく汗を流すチェリオ。
「ね、チェリオ。また寝たりしないよね?」
 チェリオを見て、ニッコリと微笑むルフィ。しかしその目は笑っていなかった。
  思わず頷くチェリオ。
  ほとんどルフィの脅しに近い形で二人はレポート提出のため、重い腰を上げたのだった。


「で、何でレポート提出をしなきゃいけないんだ?」
「生徒だから」
 憮然としたチェリオの疑問に即答するルフィ。
「言い方が悪かった。何で俺がこの女のために動かなきゃならない?」
 そう、レポート提出はクルトだけ。チェリオは取り敢えず護衛の任なのでテストはない。
「チェリオは僕たちの護衛の仕事」
 またまた即答するルフィ。
ルフィがいるなら護衛は要りそうにないと思う。という疑問が僅かにチェリオの脳裏をかすめた。
 その考えを封印して、問いかける。
「じゃ、どうしてお前はいる?」
「う。えと、その」
チェリオの何気ない質問にあからさまなほどうろたえるルフィ。
「だ、だって! 僕が居ないと二人ともさっきみたいにサボるから、だから僕は見張り役っ」
  わたわたと手を振り回しながら、真っ赤になって力説する。
「見張り役って何よぉ。そりゃたしかに、そぉかもしれないけどさ」
  悲しげなクルトの声。否定しないあたり一応自覚はあるようだ。

「うわーっ!!」
 
 三人の楽しげ(そうか?)な声を遮って、悲鳴があたりにこだました。
 今まで水辺でさえずっていた小鳥たちが一斉に飛び立っていく。
風にゆられる葉擦れの音もいつの間にか止んでいた。
 

「何か声しなかった? 」
 辺りを見回し、クルトは首を捻った。
「さあな」
 チェリオが答える。
「悲鳴が聞こえた気がしたんだけどな」
 ルフィは疑問符を飛ばして首を傾げた。
「世は弱肉強食。強者は生き、弱者は強者の糧となる……ま、この世の真理だな」
 何の前触れもなく、チェリオは言葉を紡ぎ出す。
「え?」
 驚いたように声を上げるルフィ。
 クルトは目をキラキラと輝かせ、
「わぁ。アンタもたまにはいい事言うわね。ちょっと人間性が欠けてるような気もするけど、 そのとおりよね、あたしも異存無いわ。ちょっとアンタのこと見直したかも」
 珍しく彼の言葉に賛同する。
 チェリオは目を閉じ、首を振って、
「まあ確かにそうだな」
 クルトはキラキラした瞳で彼を見つめ、
「どうしたの急にそんな事いいだして」
 尊敬の瞳で聞いてくる。チェリオはあらぬ方向を指さし、
「いや、ちょっと。あれを見ていたらつい……な」
 カエルが蛇にでも襲われてる思い、そこを見つめた彼女の瞳に映ったのは。
「わーーーーーーーーーーーんっ! 助けてぇぇぇぇぇぇぇっ」
 怪物に襲われ、逃げまどう少年の姿だった。
「弱いヤツはやられるのが定めだな」
 固まっているクルトとルフィの隣で頷くチェリオ。
「助けんか、あんたわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 スパーーーーーーーーーーン!

 硬直から脱したクルトは電光石火の速さで彼にハリセンで突っ込みを入れた。
「ぃてッ、なにすんだよ。お前は!」
 軽く叩かれたところをさすり、少し口を尖らせる。
「助けなさい!そーゆーときは速攻で!」
 へにゃりとまがったハリセンを力強く握りしめ、怒りに震える声で呻く。
「何でだよ」
「何でって……アンタそれでも人間!? 見捨てるなんてゾンビにも劣る振る舞いよ!」
「いや、ゾンビに思考能力はなかったはずだが」
 意味不明な事を口走り、おののくクルトに憮然と突っ込みを入れる。
「細かいことは気にしないの! 早く助けなさいよ!」
 命令口調でクルトは言う。それにむっとしつつも、
(ゾンビと比べられるのも嫌だな)
 チェリオはしぶしぶながら戦闘の体勢に入ろうとして、ふと気づく。
「お?」
 ――――いつも腰に携えている剣がない。
 しばしの沈黙。
「剣がない!?」
「………………」
 そして驚くクルト。無言で落ち込んでるらしいチェリオ。
「剣……剣」
 クルトはいきなりはたりと動きを止めると何かを思い出すように首をしきりに捻る。
「剣って――――ああっ!? ごめんチェリオ。あたしそれ物干し竿の代わりに樹に突き立ててたままだった!」
 ようやっと思い出し、ぽんっと手を打ち舌を出してテヘヘと笑う。
「お前が原因かよ……って、物干し竿!? 人の剣を竿だけ代わりに使うな!」
 当たり前だが、怒りの声を上げるチェリオ。
 物干し竿にする方もする方だが、される方もされる方である。
「くそ、あれが一番気に入ってたんだぞ……仕方ないほかのを使う」
 ため息を付き、残念そうに布袋を取り出す。一応ほかにも有ったらしい。
「なんだ〜ほかにもあったんじゃない〜。もぉ、騒いで損したわ」
「あれが一番使いやすいんだ」
 ニコニコ言い放つ剣を竿竹に使った張本人。チェリオはギロリと睨み、言い放つ。
 クルトの頬に一筋の汗が流れた。
 チェリオは袋に腕を突っ込むと、そこから一振りの剣を取り出した。
 見た目は普通の剣だが、刃の部分に細かなギザギザが付いている。
「なに……それ」
 クルトは思わず半眼で聞いた。
「ん、ノコギリ刀といって細かな刃が刃の先に付いている。
 これで斬られると相手は一生痕の残る傷を受けるといったものだ」
「やめんか!」
 ぱし―――――――ん!!
 へろへろになったハリセンでチェリオをはたき倒すクルト。
 彼が文句を言う前に、 
「アンタ可憐な乙女にそんなグロくてスプラッタな光景をみせる気なの!? 信じらんない!」 
「ふう、なら……」
 小さくため息を付くとチェリオは手提げ袋ほどの大きさの革袋から大小様々な剣を取り出す。
 あっという間に剣の小山が出来上がった。
「ところでそれさ、魔導具?」
 物理的収納不可能な量の剣を吐き出した袋を眺め、尋ねるクルト。
 見た目は普通の革袋なのだが……
「ああ、校長がくれた」
 彼は頷くと、更に奥から剣を取り出す。
(まだあるの? ……薄々感づいてはいたんだけどコイツもしや剣コレクター?)
 冷や汗を流してそれを見つめるクルト。
「でもその手の魔法って結構メジャーよね」
 革袋をのぞき込み、呟くクルト。
「……そうなのか? お前手に荷物持っていたようだが」
「いゃ…………それわそのぉ」
 チェリオの指摘に何故か言葉を濁すクルト。
「あたしの場合魔力が強いんで空間を大きくしすぎちゃうのよね〜 セーブするの苦手だし」
「だとどうなる?」
 続きを促すチェリオ。
「だとねー。えと、無くしちゃうのよ、入れたヤツを」
「ものをしまうための空間でか?」
 クルトの言葉にチェリオは小さく笑って言う。
「あ、分かんない? 空間が広いって事はバケツの中に砂粒一つ入れてそれ探すようなモノなのよ?」
 腰に片手をあて、あいた方の指をふりふり説明するクルト。
「それに、それを探しに異空間に入っていって帰ってこなかったヤツ結構いるのよ?
 年に10人は軽いわね……って事で探しにもいけないし」
「それはきっとお前並にぼけた奴らだけだな。それに、どっちにしろそうなるのはお前だけだろ」
 ぐさ!
 痛いところをつかれ、クルトはしばし硬直し、
「ほっといてよ!! いいから早く助けなさいよ! 早く!」
 涙目になって叫ぶ。
「わかってる」
 そう端的に答えると、手近にあった一振りの剣を持ち、戦闘態勢に入る。
「ん?」
 …………が、目の前にいるのは怪物でも何でもなく異様に冷めた目のルフィと涙目の少年のみ。
 地面には先ほどの怪物がうつ伏せになって倒れている。
「なにやってるの二人とも……もうとっくに終わったよ」
 溜め息混じりにルフィは呟く。
「あれ? もー終わっちゃったの?」
 呆けた様子でクルトは聞く。ルフィは深く溜め息をはき、
「当たり前だよ! 二人とも何やってるんだよ全く……」
 最後の言葉はほぼ呆れに近い。 
 まあ確かにあれだけ延々喋っていたのなら、放っておけばすでに食べられている。
「うう、非道いよクルトおねぇちゃん〜」
 ウルウルした瞳で少年はクルトの名を呼ぶ。
 少女のような愛らしい顔立ち。白い透き通るような肌。新緑のような髪の毛と瞳。
 無茶苦茶可愛い男の子だ。魔法文字の縫い取りのされた服。

そして学園のマントを腰に巻き付けている(着用していればいいらしい)
「あれ? マルク!? どーしたのよこんなトコに……危ないじゃない!」 
 少年の顔を見てクルトは驚き、しゃがみ込むと頭をなでる。
「だって〜っ! ボクもお姉ちゃん達と一緒に行きたかったんだもん」
 キラキラした無垢な瞳で上目づかいで言ってくる。
 思わず頬ずりをしたくなるような愛らしさだ。
 何故かルフィは微妙な表情。
「で、お前誰だ」
 チェリオの冷め切った声がほのぼのした空気を完膚無きまでにうち砕いた。

「えと、ボクの名前はマルク・バスタードっていうんだよ。おにーちゃん」
「……………で」
 チェリオの冷めた反応。
「えと」
  困るマルク。流れる沈黙。
「あ、そだ! チェリオの剣返しとくわ。取ってくるから!」
「うん。クルトおねーちゃん! ボクおにーちゃん達とココで待ってるね!」
 駆けていくクルトに天使の笑顔でそう言ってパタパタ手を振って見送るマルク。
 …………
 しばし流れる異様な沈黙。
「チェリオお兄ちゃんって無愛想だね。それじゃあ女の子にモテないよ?」
 唐突に、今まで子供の言動だったマルクの口調がうって変わって大人びたモノになった。

「クルトお姉ちゃんに嫌われてるんでしょ? ま、むりないかな。見た目はいいみたいだけど……
 ボクの方がクルトお姉ちゃんにブがあると思わない? ね。そう思うでしょ」
「おい、ルフィ……なんだこのガキ。いきなり豹変したぞ」
「………………こんな子だから」
 半眼のチェリオの問いに半眼で返すルフィ。
「あ、子供って失礼だなぁ。ボクはもう子供じゃないよ」
「どっからどう見てもガキだろ」
「失礼だなぁ。外見で判断するなんて。女の子にもてないよ?」
 口を尖らせ、髪を掻き上げる。
「………………このガキ」
「まあ、もてないのならボクが女の子の優しい誘い方指導してあげるよお兄ちゃん」
 呻くチェリオに優越感たっぷりにマルクは言い放つ。ルフィが憂鬱な溜め息を吐き出した。
「やっほーーーー。もってきたよ〜〜〜〜」
 険悪な空気を振り払うように、クルトが剣を抱きかかえ、元気に駆けてきた。
「あ、おねーちゃーん!」
 とたんにコロリと態度を変え、笑顔で手を振るマルク。
 素晴らしい変わり身の速さである。数年経ったらさぞ大勢の女性を泣かせる事だろう。 
 いや、今でも泣かせてるのかも知れないが。
「チェリオあんたこの子に何もしなかった?」
「何で戻って開口一番がその言葉なんだ?」
 剣を受け取って、チェリオは納得のいかないような顔をして呟く。
「クルトおねぇーちゃーん。このおにーちゃん恐いよぉ」
 チェリオの顔を見て、マルクが潤んだ瞳でクルトの背後に回り込む。
 端で見ているとかなり愛らしい仕草だが、さっきの本性を見た者としては、はらわたが煮えくりかえるほどカンに触る行動だ。
 しかも背後で笑って舌を出していたらそれも倍に跳ね上がる。
 切れかけたチェリオが剣に手をかける前に、マルクがひょいっと宙に浮かび上がった。
「え、わ、わっぁぁぁぁっ! 放してよスレイ兄ちゃん!!」
 ジタバタと空を掻きながら、後ろの人物に向かって牙をむくマルク。
「いや悪い、ウチの馬鹿弟が何か邪魔したな……って、何だよ。クルトか」
 スレイと呼ばれた人物は、マルクの首根っこを片手でひっつかんだまま頭を掻いて謝るが、クルトを認めたとたん気の抜けたような顔でそう言い放った。
 黒い短髪。野性的な雰囲気が漂うスポーツマンと言ったところだが。
「何だ。スライムか」
 しらっとした相手の言葉に同じくしらっとした言葉を返すクルト。
 しかも相手の名前をスライム。おそらく世界最弱の魔物の名前に変えているところが酷い。
「だから! 俺はスライムじゃねーっつってるだろ!!」
 力の限り絶叫する。クルトは耳鳴りのする耳を押さえ、負けじと言葉を返す。
「なによっ!! あんた昔スライム苛めて遊んでたじゃない!」
「楽しそうな所悪いが……お前誰だ」
 何やら大声合戦になっている二人を耳を押さえて横目で見ながらチェリオが突っ込む。
 二人はぴたりと止まり、しばらく威嚇するように唸りあったあと説明を始める。
「コイツはあたしの幼なじみのスレイ・バスタードとその弟のマルク君」
「だれだこいつ」
 首を捻り、スレイは同じ質問をチェリオにぶつける。
「あーコイツは今度ウチのクラスに転校してきたデリカシーなしのボケ男……って、一応あんたも同じクラスでしょーが」
「説明になってないぞれは」
 突っ込むクルトに突っ込むチェリオ。
「えーと。僕が説明するね。この人はチェリオ・ビスタ君。僕たちの護衛のために校長先生に雇われたんだって」
 きりがないと思ったらしく、珍しくルフィが自ら口を開く。
「ま、そんなところだ」
 ルフィの言葉に頷くチェリオ。
「俺はスレイ。よろしくな!」
 スレイは熱く握手を求めるが、チェリオはそれを眺めてそっぽを向く。
「ま、いいか。同じクラスだしこれからもよろしくたのむぜ」
「嫌だ」
「じゃな!」
 チェリオの言葉が聞こえているのかいないのか、そう言うとマルクを抱えて森の奥へと去っていった。
 その後にマルクの叫び声が聞こえてくる。
「兄ちゃんの馬鹿ぁぁぁぁっ! せっかくクルト姉ちゃんと親密になれる機会だったのに!」
「えーい! お前はその軟派な性格いい加減直せ !俺はそんな風に育てた覚えないぞ!!」
「ボクだって育てられた覚えないよ!! おーーーーーろーーーーしーーーーてーーーーーよーーーー」
「しつこい! ダメったら駄目だ!!」
「にーちゃんの分からずやー! ボケー! アホっ! 脳なしーーーー!!」
「うるさい! だまっとけ!!」
「ヤダヤダやーーーーーーーだ !! 馬鹿バカバカぁぁぁぁぁぁぁぁ」
「口ふさぐぞマルク」
「えーーーーん」
「嘘泣きするな」
「……………う〜〜〜。兄ちゃんの馬鹿! 大馬鹿!!」

  ぼくっ。

 何やら叩いたような音がし、マルクの声がぴたりと途絶える。
「人の気にしてることを連呼すンな」
 スレイの声が遠くから聞こえた気がした。

 ………………………


「……まだ息があるな。何故トドメを刺さない?」
 しばしの気まずい沈黙をうち破るように、チェリオが倒れている怪物を一瞥してルフィに聞く。
 氷のような冷たい瞳。そして疑問もその奥には宿っていた。
 怪物はどうやら気絶しているだけのようで、時折体がぴくりと動く。
「……別にそこまでしなくても」
「甘いな。気が付いてまた襲ってきたらどうする気だ?怪我だけですむとは限らない」
 呟くルフィの言葉を遮り、静かだが鋭く言い放つ。
「その時はその時だよ。もしもそうなったらそんな気が起きないようになるまで徹底的に叩けばいいし」
 穏やかな声で物騒なことを言うルフィ。しかしチェリオは少し眉を跳ね上げ、
「注意はしたからな。何かあっても俺はしらんぞ」
 不機嫌に言い放った。
 どうやら彼なりの忠告らしい。これがクルトなら大喧嘩に発展しているところだが、
「ありがとう。注意はしておくね」
 ルフィは微笑んでお礼を言った。
「ルフィ。このモンスターって生き物よね」
 唐突に、それまで無言だったクルトが怪物を眺めて呟く。
「え、ああ。うん。生きてるし」
「ふぅん? 一応動物よねコイツも」
「え? う、うーん。多分魔物も一応動物かな?」
「へえ?」
 ルフィの言葉を聞いたクルトはキラリと怪しげに瞳を光らせる。
「あの? ……クルト?」
「んふふふふふふふふ。ッてことはつまり」
 怪しげな笑い声を漏らすクルト。
 思わず身を退くルフィ達。
「レポート提出はこのモンスターを書けば万事オッケーってことね!」
「え!? それはちょっと」
「俺はそれでいいと思うぞ」
「で、でもさ、提出したとしても名前だけ書いて出しても」
「ふふふふ、インパクトのあるレポート作ればいいんでしょ。かーんたんよ」
「えっと。何か微妙に違う気がする…………」
「つまり! このモンスターの生態! そして電流に置ける反応! 炎による、氷に対する耐性などを徹底的に調べて報告するのよ!」
 クルトの言葉にルフィはしばしこめかみを押さえ、
「えーと。つまり……魔法の実験台にしてその結果をついでにレポートにまとめようと?」
 ズバリと核心を突くルフィの言葉。
「つまり生け贄だな」
 そして微妙に当たっている言葉を吐くチェリオ。
「ふ、ふふふふふふふ。さあ実験よ!」
 それに答えずクルトは高らかにそう叫んだのだった。
 それから約数刻、森には雷光や、暗雲、竜巻、火炎が荒れ狂ったという。
 以後、そこは魔の森と呼ばれ誰も立ち入らない場所となった。
 その日の夕刻。クルト・ランドゥールから提出されたレポートは過去に類を見ないほど素晴らしい出来だったとか。
 しかし、何故か後ろにいたルフィとチェリオの顔は青ざめていたらしい。
 


《川のせせらぎ/終わり》




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