九章:聖女像−5

どんなに抗っても時は巡り。朽ちた場の意味はそのうちに消え。そして皆、地に還る。


 新装した洋服の資金を考えて、教会の立て直しのお金と生活費を引いた額をシスターセルマに教えて貰うと三万では少し足りなかった。
 どうせお金は取りに行く約束だったので途中で賞金首の正悪魔を軽く数匹屠ってから瓶に詰め、私達はギルドに向かった。
 今回は余りおおごとでもないので私、オーブリー神父、ボドウィン、シリルの少数で扉を叩く。
 オーブリー神父の声で何故か絨毯まで敷かれるという超VIP待遇を頂けた。今度は布ではなく本物の絨毯だ。
 ふかふかの絨毯の心地を確かめつつ歩くと、素早く上質の椅子と机が用意される。
 ロベールさん。やりすぎだろうよ。
 まあ、好待遇自体は嬉しいのでふっかりとしたソファに埋もれて夢見心地になってみた。
 瓶はオーブリー神父に渡しているので、諸々の事は彼がやってくれる。
 私はお仕事を終えればごろごろしていいのだ。幸せ。
 まあ、吸血鬼一族(ヴァンピリーム)の末裔の振りはし続けなければいけないのが窮屈だけど、雲のようなふかふかクッション、ソファ、絨毯を堪能する為だと考えれば苦痛ではない。
 隣でシリルがソファの不安定さに腕を乗せようとして埋もれ慌てている。笑いたいが、我慢我慢。
 ナーシャもこういうの好きそうだなー、と思い。お金が貯まったらさり気なくおねだりを考えてみようと思う。
 まあ、まずは教会の建て直し(主に土台から)なんだけど。贅沢言うならばそろそろベッドが欲しい。
 板の上に毛布生活もそれはそれで楽しいが、いい加減ペットの気分になってくる。
 シスターセルマは楽器も上手いので壊れそうなオルガンらしきものも買い換え予定。
 勿論発案者は私なのでバリバリ悪魔を掃討する。聖歌の練習もしたいし悪魔も倒せるし一石二鳥。
「そう言えばこの間中位悪魔が出たところ覚えてますか」
 お茶とつまみの菓子をお盆で持ってきたイアンがカップを置きながら口を開く。
 指先が微かに震えているのは、持ってきたアンティークなカップのせいだろう。
 細かな細工の施されたカップは、飲みものを入れて良いのかすら疑いたくなる。貴族ではないイアンにはもう宝石に等しい割れ物だ。
 飲む私も木製のカップの方が落ち着ける。こんな緊張しそうなのに淹れてこないでくれ。
 うっかり素で答えそうになって、慌てて口元を抑える。
「覚えてますが」
「あそこって、元は居住区だったというのは知ってますよね」
 イアンの話に軽く相槌を打つ。
「ええ、一応聞いてます」
 居住区にしては進みにくい上に広かった気もしたが、そう説明を受けている。
「実はかなり昔、貴族の居住区だったらしいですよ。それもかなり身分の高い方の」
「――それは初耳ですね」
 む、とうめいてしまう。
 確かにそう言われれば納得がいく場所が数点あるけれど。
 道を複雑にしているのは敵を容易に入れない為とか、無駄に広いホールはパーティか舞踏会用だったとか。
 扉がやたらと分厚かったのも守りを固めたせいだったとかで説明が付く。
「それで、あ……えっと」
 長くなりそうなので向かいの席を示すと困った顔になった。
「お気になさらず。私が我が侭を言ったという事で、許されますよ」
 確実に許されるだろう。後で含んだ言い方をしておけば虐められる事もあるまい。
「では、失礼します」
「ええ」
 恐々と慣れないソファに沈み込むのを微笑ましく見つめる。何か言いたそうにしていたシリルだったが、私と同様話の中身が気になったのか体勢を立て直した状態で座っていた。
「様々な重鎮の方もいらっしゃったらしいですから、かなり警備を強めてあったらしいです」
「そうでしょうね」
 貴族やお偉い様が板きれ一枚の盾で満足するなんてあり得ないし、それこそ非常識。
 鉄の扉だけでもまだ足りないだろう。警備や何からも徹底していたに違いない。
「魔物は人の力でどうにかなったんですが。厄介だったのは悪魔だったそうです」
 ああ、そうだわな。思わず頷く。
 奴らはルールとか常識とかマナーとか一切守ってくれない。壁が鉄だろうとコンクリだろうとガラスだったりたとえ金剛石でもすり抜けて下さる。
 夜中ゆっくり寝にくいったらない。そのせいで毎回毎回結界の準備と聖水の携帯を怠らなかった。
 普通に暮らしていれば悪魔なんて早々より集まらないだろうけれど、居住区に寄り集まっていたのは貴族様。
 晩餐会であらいやですわおほほ。とかなんとか言っていても胸の内で何を考えているか分からない、そう言う人間達である。
 憎悪、嫉妬、愛憎。通常の怨念すら霞みそうな勢いの負の感情というものが渦巻いていたっておかしくない。
 確実に渦巻いていたと思う。悪魔がいらっしゃるくらいだし。
「でしょうね、悪魔はそういう場所も好みますから」
 純真無垢も大好きだけど真っ黒なのも大好物。節操がない奴らである。
「ええ。それで続けざまに正悪魔が出られて困り果てた貴族達が警備の質を上げろと頼んだそうです」
 イアンが首を傾けた後、顎に人差し指を当て思い出すように告げてくる。
 無茶言うなぁ。
 通常の魔物ならまだしも悪魔を何とかしろって、集まる原因が彼らの心なら、それこそ心清らかになって貰うしかない。
 ドロドロした人間関係を築いて居るであろう貴族様には絶対に不可能。
 かといって、悪魔に対抗なんて普通出来ないのながらそれこそ無理難題である。
「沢山の神官や神父様がその場に詰められまして、聖遺物も持ち込まれたそうです」
「聖遺物……」
 いきなりの大仰な単語に首を傾ける。多分神に属するとかするものなんだろうけど。
「余り馴染みのない単語ですよね。聖遺物というのは神に祝福を受けた品や人物の身の回りのもの。
 または……その方の骨を砕いたりしたものを聖水で満たした壺に入れてそう呼んだりもします」
 骨という単語に思わず眉をひそめる。
 うわ、聖者って骨一片も使用されるんだ。大変だな、聖者。
 そう言えば私も姫巫女とか呼ばれるからそうなるのだろうか。やだなぁ。土に還してくれ。
「ただ、聖遺物に関しては二つありまして。一つは悪魔を寄せ付けなくなる、もう一つは」
「もしかして悪魔を呼んだりとかでしょうか」
 口ごもる彼の言葉を促す。悪魔は綺麗なものが大好きだ。下級悪魔は触れられない綺麗な品でも強い悪魔は触れれば汚したがる。
「あ、ええ。悪魔を離す為に運び込んだときの品によっては逆効果だったりします」
「じゃあ」
「いえ、聖遺物は正常に機能したのですが。ああ、ええと。その後が問題で」
 私の追及に目を泳がせるイアン。その後、か。
 あの状態だから、ロクな事をしなかったんだろう。正悪魔五匹に中位悪魔って普通じゃないし。
「更に念を入れての声に押されて、その呪術の置き換えをしたそうです」
『うわぁ』
 聞き耳を立てていた神父とシリル、私の声がハモる。
 そら駄目だわ。
 人の欲というのはきりがなく、保身も際限というものがない。
 恐れるあまりに大昔の彼らはやってしまったのだある意味触れてはいけない事を。
 前に私は悪魔を崇拝する悪魔大好きな人の所に潜入し、幾つかの情報を手に入れた。
 悪魔寄せの呪を組み替え逆に護符として使った事もある。
 それを聞いたみんなは腰を抜かした。
 悪魔信仰者に近寄った事もだろうが、彼らが驚いたのは私のした危うい行為だ。
 確かに好きなものを嫌いなものに組み替えれば効果抜群の悪魔避けになる。
 しかし、である。それにはかなりの情報が必要であるし、繊細なる注意もして、ある程度の覚悟が必要なのだ。
 悪魔に嫌われるか、悪魔に好かれるかという一種究極の選択。
 ひとたび間違えればかなりの量の悪魔が寄り集まる。
 たとえるなら、どでかい看板に『おいでませ』とカラフルに描いて門の側に置き、のぼりも大量に配置。
 更には絨毯を大量に敷き詰めて玄関前まで王族を出迎えるような豪華さにし。
 中に入ればオードブルからデザートまでを指を弾く動作で差し出して、寝室は一級の羽毛布団。使用人好きなだけお使い下さい、な状態。
 これで逃げる悪魔は居ない。ご機嫌で長期滞在してくれる。
 あの手の組み替えはかなりリスクが高い。私のように命でもかかってない限りやってはいけないのだ。
「なら、原因を破壊しておかなくて良かったのでしょうか」
「あ、それは大丈夫です。残っていた神父や神官様が命がけで消したそうらしいので。あの悪魔達さえいなくなればもう出る事もないでしょう」
 やれやれ、安全を考えて自ら危険を招くなんて。神ではないけど人間は面白い事をする。
「人の業、ですね」
 私の呟きに、イアンが僅かに目を伏せた。

 人は過ちを犯す生き物で、でも学習する生き物。
 悪魔は喰らって消すだけだけど、人間は何かを生み出す事も出来る。
 だから、業があっても、私は人を嫌いにはなれない。
 なにしろ、私自身がその人間なのだから。
 手配悪魔の換金額に仰け反っているオーブリー神父を見つめ、お茶をひと含み。
 ああ、そう言えばあれもゼロ多かったなぁ。
 やっぱりシスターセルマのお茶が好きだと考えつつ、もう一瓶を出したらどうなる事かと心で溜息をついた。
 残ってる瓶、更にゼロ多かった気がする。よかれと思って選んだけど、貧乏教会の神父様には刺激が強かったらしい。
 ショック死しないか心配しつつ、もう一度お茶に口を付けた。

 

 

 

 

 

 

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