八章:弱点−4

証明……元の世界で私は死んだ事になったんだろうか。記憶ごと抹殺されていそうだ。


 大方雑魚を始末して、みんなでゆっくりパナナムの実を囓っているとオーブリー神父が声を掛けてきた。
「そういえば悪魔の証拠の取り方をマナに教え忘れてたな」
 またか。なんか忘れっぽくないかオーブリー神父。
 ……証拠? 悪魔の証拠って何だろう。はて。
 サスペンスドラマの捜査現場を思い浮かべる。ここに指紋が! いや、そう言うのではないだろう。
 大体悪魔に指紋があるかも疑問だし、DNA照合なんてこの世界ではとても無理だ。
「証拠ってか証明って奴だ。悪魔を倒したかとか聞かれた時疑われないように渡すんだよ」
 ああ、なるほど。
 確かに口では『悪魔倒せました』なんて軽く言えるからなぁ。で、鵜呑みにして見に行ったら悪魔の行列、と。
 それは依頼人も困るし、初っぱなから疑われていてはろくに信頼関係なんて築けない。
 ん? よく考えなくてもそれ凄く大事な事じゃないか。
 私の力って根こそぎ吹き飛ばすか跡形も残さないタイプだぞ。証拠なら痕跡が要るだろうに。
「うっかり倒してたらどうするんですか」
「いや、忘れてたわ」
 笑って済ますなよ重大な事柄だったのに。
「……まあ、良いですけどね」
 気にすんな、と言うような笑いっぷりに怒る気も失せたが、シスターセルマみたいに私は生真面目でもない。
 端から見ればお気楽な笑いを発するオーブリー神父の顔が引きつり、汗を掻いているのが見えたから追及するのは止めておく。
 責任を感じているのなら私が言う事ではないだろう。せいぜい後で落ち込んでくれ。
 適当な返答と共に溜息を吐き出す私を見て、少しだけ神父の顔が青ざめた。隠していたのがばれたのが分かったのだろう。
 私、優しいんで突っ込まないから安心して下さい。
 表面には出さず心の内で彼が羞恥で悶え転げ回っているのを理解した上でそんな事を考えている時点で優しくない気もするが。
「あー、ゴホン。で、だな。あーと」
 咳き込んで誤魔化しているが顔が微かに赤らんでいる。指摘すると楽しそうだが話が進まないので気が付かないふりをした。
「悪魔はすぐ消えますから、どうやれば良いんでしょう」
 ちょっと可哀想になってきてまだ狼狽えている彼に助け船を出す。
「その、やり方はだな。採取用の瓶を使うんだ」
「瓶?」
 思わずオウム返ししてしまう。瓶ってアレか、聖水が入っているような小さめで透明度の低い瓶の事か。
 表情に出ていたのか、目線で問いかけてしまっていたのか、オーブリー神父が頷く。
「聖水を入れる奴よかちっとばかり大きめなんだが、その瓶だ」
「まったく、そんな事も教えてないって呆れるわよね。これが採取用の瓶よ。見た目は普通なんだけどね」
 半眼で神父を見た後マーユが大きな溜息一つ。
 自分の荷物の中から探りながら取り出し、掌に載せて見せてくれる。
 薄い緑色をした小瓶。色は安酒が入っていそうなガラスみたいな感じ。
 小瓶は栄養ドリンクの容器くらいの大きさで、口は広めだった。
「悪魔を倒す最中に血が出るだろ。それを急いで入れればいい。もしくは、そいつの身体の一部を入れる。
 血よりそっちの方が良いんだがな、どうしても難しくなっちまうからなぁ」
 先程の照れくささも手伝ってか、いつもより自分の錆色の髪を乱暴にかき乱しつつ不機嫌そうに言う。
「……あのすぐに薄れる血を入れろと。消えませんか中で」
 幾度か悪魔を消失させる前に傷を付けた事はあるが、自己治癒能力が高いのかそう言うものなのか黒い血液が流れてもすぐに薄れて消えてしまった。
 液状でもないのにどうやって入れればいいのだろう。
「大丈夫よ。だって採取用の瓶だもの、側に寄せると空気にとけ込む前に吸い込んでくれちゃうのよ」
 マーユが笑って教えてくれる。
 おお、素晴らしいファンタジック!
「て事は普通の瓶ではないんですね」
 普通の瓶にそんな驚きな能力が付随している訳がない。ましてや悪魔の血は隙間からでも抜け出しやすいのだ。
 それを詰められるという事は、魔法的な何やらが込められていると踏んで良いはずだ。
「マナ鋭い。勿論普通の瓶と違うわよ。まあ、言いたくはないけど悪魔を留める力を付けてあるのね。呪術的な感じの奴」
「わー。悪魔退治してるのに悪魔喚び出せそうな術の込められたものを使うんですね」
 毒をもって毒を制すという奴だろうか。確かに悪魔を留めるにはそれが一番手っ取り早い。
「あはは。この位では喚び出せたりしないわよ。結構儀式とかいるらしいから」
 茶化し気味の私の言葉にマーユがおかしそうに答えてくれた。悪魔喚び出すのも大変なのか、しなかったのに四六時中目にしたけど。
「……私触っても大丈夫ですか」
 懸念すべき事態を恐れて尋ねる。
 触れて一発で悪魔を消した身としては切実な問題だ。
「ん、そりゃあ大丈夫だろ。使われているのは内側で外に聖水が付いても異常は出ない」
 言いながらオーブリー神父が小さな包みを私に差し出してくる。
「そうですか」
 受け取ると固い音がした。採取用の瓶、かな。
「あ、それからマナ。この瓶結構頑丈だから転んでも大丈夫よ」
 ガン、と床に瓶をたたきつけてマーユが微笑む。
「そんなに頻繁に…………転ばないと思いたいです」
 言い切る事が出来ずに俯くと、笑われた。
 この髪さえ無ければ転びませんよ。もうっ。
 膨れそうになる頬をなだめてぷい、とそっぽを向いた。


 談笑の時間はそんなに長く続かなかった。
 背中から首筋までつ、と撫でられたような寒気が襲い身体を強張らせる。
 冷気が入り込んで来るには出口が遠すぎる。
 スプーンを置いて立ち上がった。
「どうした、マナ」
 オーブリー神父の声に耳を貸さず、目を閉じ、心の中で耳を立てる。
 一匹、二匹……三、四……五匹。揺れながらもこちらに近づく何かがいる。
 ん? ……分かりにくいけど六匹か。結構多いなと思いつつ、考えていた時。
 一匹が――消えた。
「え!?」
 転移の類かと思ったけど、違う。分かりにくい一匹が揺れる数匹の側によると、また消えた。
「ど、どうかしたか。正悪魔か」
「いえもうちょっと待って下さい」
 この減り方、もしかして共食いしてる? しかし一方的だ。薄れていた一匹がはっきりと感じ取れる。
 喰らって力を付けている。弱っていてあの強さか、これ以上喰う前に何とかするか。
「来たようです。ちょっと面倒そうなので私一人で行きます」
 指で行き先を示す。
「ああ、不測の事態で数匹程度正悪魔がいなくなってますが、構いませんよね」
 あー、また一匹減った。でも私のせいじゃないよ。と思いながら尋ねる。
「よく分からん事を。どんな事ありゃそうなるよ」
 灰色の瞳を細め、オーブリー神父が言う。まあ、普通はあり得ない事だろうけど。事実消えてるのが分かるし。
「私にもよく分かりませんけど共食いしてるみたいです。これ以上喰われると取り分減りますから行ってきますね」
 笑って告げて足下に置いてあった手斧を握り、足早に向かう。何か喚いているが無視して進んだ。
 悪魔って進化するんだろうか、少し気になるなと呑気な事を考えながら。

 

 

 

 

 

 

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