八章:弱点−3

切っ掛けがあれば種は芽吹き、つぼみは花開く。悪魔での練習は花の手入れだ。


 再度言うまでも無い気もするが、私は異界の住民だった。アオに言われた言葉を時折思い返す。
 私には力があった。だけど生まれ住んでいた世界では力が使えなく、開花出来ない。そう告げられた。
 最初は半信半疑で、連れて行かれる異世界で開花出来るのか不安だった。この世界も駄目で、もしかすれば更に別の世界だと言われるのかもしれないのだし。
 本音を言えば、半信半疑どころか私に力があるなんて到底信じられなかった。
 だけどアオの言葉は真実だったらしく、異世界であるこの場所に来たとたん。私はあれほどまでに苦戦していて何度も消したかった相手を、たどり着いたその日消し飛ばした。
 失せろ。
 たった三文字の言葉だけで。
 使ったのは思いを込めた声、相手を潰すイメージだけ。
 だけどそれは力業だから、細かな事はまだ出来ない。今日だって無意識に触れただけで悪魔を消滅させてしまった。
 力があるのは結構、でもその力の把握くらい済ませておかないといけない。ガイドもヘルプもないから手探りだけど自分自身の能力は確認しないと後で泣く。きっと。
「おいおい大丈夫か。一杯来たぞ、マーユに頼んで倒して貰えよ」
 オーブリー神父が苦々しげに言う。確かに今まで私は一匹ずつしか消した事がない。
 さっきだって続けざまに消したとはいえ僅かながらタイムラグがあった。だからこそだ。
 だからこそ、私はこの場を引き受けた。
 数十匹に膨れあがった下級悪魔。この瞬間を私は待ち望み、焦がれていたのだ。
 お金が必要だったのは言うまでもなく――そして力の使用法を模索したかった私には悪魔退治が一番の近道だった。
 それが、私が我が侭を言った理由の一つだなんて教えたらみんなどんな顔をするのだろう。
 なんとなく中位悪魔に出会いたかったのもそうだと言ったら腰を抜かしてしまうかもしれない。
 心の中でくすりと笑って、黒い軍団を眺めた。
 
 
 ちゃんとやる事は決めていたが、いざとなって逡巡する。そして、私は意識してこの世界の言葉から生まれ育った世界の言語。
 日本語に切り替えた。
 なんというか、気分の問題だ。
 すう、と息を吸って歌う。
『かーえる、かえる〜。ゲコゲコゲコ』
 バタバタ落ちる悪魔達。効いた! でも消し飛ばすほどではないか。
 適当な歌詞を付けて歌ったから仕方ないんだけど。日本語にしたのは無論、恥ずかしいからだ。
 流石の私でも「かーえる」とかいう子供が歌いそうな歌詞をそのまま流すほどに厚顔無恥ではない。今まで使い道の無かった日本語、ありがとう。
 驚きながら「何の歌だ」と不思議そうに見るみんなを見ると、更にそう感じる。
 聖歌は難しそうだけど、今度教えて貰おう。今より効く気がするし、何より即興音楽を一人続ける上に気が付かれず称賛の瞳で見つめられるのがいたたまれない。
 歌うだけで煙を焚かれた蚊のように落ちてくる悪魔も不愉快だ。偉く馬鹿にされているというか、私が酷い音痴みたいではないか。歌のせいではないと分かっていても納得しにくい。
 でもまあ、今のところはカエルにしとこう。リズムとりやすいし。
 心の中で消したいとさっきより強く思い、私は一人リサイタルを開催した。


 数十匹の悪魔が弱って落ちて、その上からみんなが聖水を掛けて始末する。
 そう経たずに悪魔の痕跡はなくなった。
 そして拍手が響いた。
「マナ、綺麗な歌声ー」
「はい、綺麗な歌でした」
 手放しで褒められて複雑な心境に陥る。ああ、日本語にしておいてほんっとうに良かった。
 アレが綺麗な歌なんて言われたらもう、カエルカエルーとか言ってましたなんて教えられない。
「は、ははは。そんな事……ないですよ」
 乾いた笑いしか出ない。
 本当に、そんな事無いのですよ。この世界の言語ではとても聞かせられない程に。
「しかし何言語だありゃ」
「私の世界の言葉ですよ」
 頬を掻くオーブリー神父に教えて上げる。歌詞は教えないがそのくらいは構わない。
「ほぉー。そりゃまた……自分の世界の歌でも歌っていたのか」
「まあそんなところです」
 違うけどな。平静を装って頷いた。どんな歌か聞かれたら子守歌とでも答えておこう。
「へー何の歌?」
 来た。
「子守歌です」
 落っこちた悪魔の姿を思い浮かべ、マーユに堂々と嘘をつく。
 なるほどーと頷くシスター。世の中には知らない方が幸せな事もある。
 次は永久に眠れる子守歌に昇華しようと心に秘め、先程まで悪魔達の積み重なっていた場所を静かに見つめた。

 

 

 

 

 

 

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