八章:弱点−2

関節が固まる。これは、何の拷問でしょうかマーユさん。


 薄暗いホール状の部屋の中、石造りの床に敷かれた紅い絨毯にも見えてくる布の上に座り込み。
 ゆっくり長い長い銀髪を広げている、十程度の金の双眸をした少女一人。
 容姿はこの世のものではないほどに美しい。辺りから感嘆の声が漏れる。
 
 なんか自分で想像して虚しくなってきた。感嘆の声は聞こえるんだけど。
 マーユのお願いもあって布を敷いてもこの固い床の上、正座は痛いから、座り込んで注文通り祈るように手を合わせてみたのだけど。
 こういうのって端で見るから楽しいのであって、当人の私はただ詰まらないだけ。顔には出さないけど。
「きゃー姫巫女さまだ。本物っ。マナに一回この格好して貰いたかったのよね!」
 喜ばれているから我慢しよう。
 頬を紅潮させ、興奮しているシスターと面白そうに眺めている神父二人。
「やっぱりそういう格好しているとアレだな。間違えられるな確実」
「マナがいれば女神像代が浮くなぁ」
 ありがとうと言っていいのかオーブリー神父。というかさりげに人を石像代わりにしようともくろむなボドヴィッド。
「幻想的ですね」
 スミレ色の瞳を細め、微笑んでいるシリル。手に持っている剣が不釣り合いだ。
 そりゃどうも。というか私はいつまでこのままで居ればいいのだか。マーユから口を開くなとのお達しで、声も出せない。
 分かってますよう。どうせ、口を開けば聖女っぽい空気がぶちこわしなんて。言われなくても自分自身で理解している。
 だけど面と向かって神聖な雰囲気が台無しになるから口開くな! というのは酷くないですかマーユさん。ねえ。
 幾ら図太い私でもちょっと泣くよその台詞。傷ついたよいろんな感じで。
 うう、この体勢ってキツイ。楽な姿勢を選んだつもりだけど、冷たい石の床で硬直しているのだ。でもって手を組んで見上げるようにしている。
 不自然な体勢に普段使わない筋肉が悲鳴を上げているのが分かる。マーユさんそろそろ許して下さいお願いします。
「やっぱり最初に着てきた服みたいに白っぽいのとかが良いわよね。修道女の服だとちょっと浮くわね。
 よし、今度服見繕ったらもう一回よろしくね!」
 うえええ。と泣き声を上げそうになる。
 この分だとまた撮影もないのにポーズをとるハメになる。というかマーユの中では決まってしまったようだ。
 ああ、憂鬱な未来がすぐに想像出来る。嬉しそうに注文を付けるマーユと、それっぽい衣装に身を包んだ私。

 アイドルでも有名人でもないのに。誰かこの人止めてー!

 当然止まる訳もなく。教会で悪魔狩りショーを発案した上実行したシスターの楽しそうな声が悪魔の巣窟の一部であるホールに響いた。


 いろんな事をして遊んではいましたが、一応ここは悪魔の巣窟な訳でして。
 獲物が楽しそうに笑い声なんか上げていたら色々なものが来るのは当たり前。
「マーユ〜。はしゃぎすぎだテメェ」
「えっへーごめぇん」
 ギラリと睨む神父に茶目っ気たっぷりに笑うシスター。
 やった。良かった、本気で泣くところだった。
 ようやく私は聖女様ごっこから解放されるらしいと辺りの空気から悟って息を吐く。
 まさか悪魔に助けられる日が来ようとは。
 ふわふわと浮かぶ悪魔のほとんどはインプのような感じだった。
 似てはいるがインプではない。かといって取り憑いていた奴らとも違う。
 赤子ほどの大きさの漆黒の身体に醜悪な顔。今までと違うのは鋭い爪を持っている事。
 亜種とか言うのだろうか。明らかにインプより凶暴そうだが、多分下級悪魔だろう。
 マーユをちらりと見る。指で丸を作られたよし、声が出せる。
 がちごちになりそうだった身体をほぐす前にちょっとした思いつき、というか遊びが閃いた。
 相手が下級という事もあって緊張感があまりないせいか。別に舐めている訳じゃないが、ちょっと試したい事があった。
 聖水に手を掛けようとする皆を目で留める。悪魔の数は十かそこらか。
 不思議そうな顔をしているのを無視して、私はそれを実行した。
「あ、え、い、う、え、お、あ、お!」
 がく、と肩を滑らせるオーブリー神父にマーユ達。
 突っ込みが炸裂する前に小気味良い破裂音が響く。音の数は私の発した声の数だけ。
 ぎょっとしたように辺りを見回して、皆があんぐりと口を開く。いやあ、うん、ここまで上手く行くとは思わなかった。
「なっ、あく、悪魔が!」
「き、消えるのかあんなので!?」
 オーブリー神父、あんなのって失礼な。
 計八匹、言の葉の数だけ悪魔が消し飛んだ。ふとした思いつきだった。
 消えろと言えば消える悪魔。私の場合、言葉に思いを載せればいい。だったら―― 一文字の言葉でも良いのでは? と。
 それは前々から思っていたけど、ここまで適当な言葉にしたのはひとえにシスターマーユの悪戯が効いていたから。
 悪ノリって言えばそれまで。
 軽くでも消えろと思いつつ言葉を出したので効くとは思っていたが消し飛ぶとは、我ながら面白い力だ。

「ちょっと試したい事があるのでもう少し遊んで良いですか」
「ん、良いんじゃねえか。雑魚連中に手間取らなくて俺も助かるしねぇ」
 身体を楽にして、座り込んで尋ねる。煙草を燻らせ、ボドヴィッドが笑う。

 よーし、もう少し遊んでしまいますか。力の確認もしたかったけど、楽しいほうが良いって決まっている。
 作業的に、より楽しく明るく悪魔退治と行きましょう。仲間の狼狽えた様子にか、今度は団体様がいらっしゃった。
 黒ずんで居た空気が更に濃くなる。薄闇が闇へと近づく。
 二、三十匹程度か。怯む神父二人とマーユ、シリルに、軽く首を傾けて少し笑って見せた。姫巫女や聖女じゃなくても大丈夫。
 この団体様は、私の遊びに丁度良い。にや、と唇を釣り上げると「おっかねぇなぁ」とボドヴィッドが呟くのが聞こえた。

 

 

 

 

 

 

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