八章:弱点−1

元の世界でこんな凶器を持ち歩いたら即日逮捕だ。異世界だから良いけど。


 やるだけ無駄なので重い扉を開くのは男性陣に任せる事にしてぼうっとその場を眺める。足下からの違和感は強いが、入り込もうとする気配は見えない。
 それともあの巻物達のように無意識で打ち消しているのだろうか。
 少しだけ不安になってシリルとマーユを見る。
 顔色がすぐれない気がするが、場の空気によるものだろう。特に取り憑かれた様子がない事にほっとする。
 中位悪魔は候補から外されたと聞いたから、ここにいるのは正悪魔かそれに近いほどの下級悪魔。
 正悪魔はこの間見たので怖くない。ただ、この空気は少し厄介かもなぁ。と半分以上開いた扉を眺め、しみじみ考えた。


 中に入りながらオーブリー神父に聞いたのは三点。この場所が昔は居住区だった事。
 質の悪い悪魔に支配されて誰も近寄れなくなった事。
 正悪魔が最低でも二匹は居て、残りは私以外の人間でも対処出来る程度の悪魔だという事。
 要するに親玉退治をして雑魚はお任せすればいいらしい。
 ドームのような広さだったのに、細い廊下がぐねぐね曲がっていて闇が邪魔して歩きにくいったら無い。
 誰も居ないので当然布は外している。これで一人で気楽に歩ける。転ぶ心配はあるが、長い自分の髪さえ踏まなければいい。難しいけれど。
「お、っと。そうだマナにはこれやっとかないとな。どれが良い」
 髪の毛を引き曲がり角で悪戦苦闘しているとオーブリー神父が危ないとでも言いたげに立ち止まってから私を見た。
 袋から取り出した何点かの品は、先端部分に布が巻き付けられているが明らかな凶器。
 槍、斧、剣、弓、棍棒。言葉から察するに選べという事だろうか。
「なんですかこのあからさまな武器は」
 思わずじっとりした視線を向ける。悪魔には武器が通用しないのは知っているはず。この不良神父は人でも殺せと言うのか。
「護身用だ。っていうかなんだその疑わしげな目は。武器に見えるのが嫌なら近くに寄らないで済む弓とかどうだ」
 通販番組のセールストークのようなことを言いながら勧めてくれるが、そうは言われても困る。
「残念ですが弓を射た経験がありません。悪魔ならこの手の品は必要ないでしょう」
 弓道部に入った経験も、弓を握った事すらない。物理攻撃が基本的に悪魔には使えなかった。
 一度破魔矢で襲った覚えもあるが、矢を持って振り下ろすのは射たとは言わないだろう。効かなかったし。
「まあ、そう言うな嬢ちゃん。念には念をって所で持ってきているんだよ。一つ選んで持っておけ。
 使わないなら使わないで済む話だ」
 なんとなく含んだようにボドヴィッドが言う。亀の甲より年の功。
 要らないと言ったら押し付けられそうな気もして、幾つか手に取り持てそうな品を探る。
 目に付いた数点ほど軽く振ったりして手から抜けないか確かめる。使わないなら、とは言われたけれど持つなら使いやすい物が良い。
 用心には用心を。(恐らく)銃刀法違反とか無いのだし、確かにあって困るものではないだろう。
 通れないドアを壊すのに使えるかも知れない。
「これにします」
 吟味した結果、小さめの手斧に決めた。小さいと言っても私には結構重いと感じる。
 だが、これが一番振り回しやすくて軽いのだ。
「それか。意外なものを選ぶな。まぁ小さいが遠心力で振り下ろせば結構破壊力が出るぞ」
 なるほど、すっぽ抜けないように気をつければ良いのか。用心の為と言われたので一応すぐに使えるような位置に置くか手に持つ事に決めた。
「じゃあ、僕も何か選んだほうが良いんでしょうか」
「そうだな。シリルは弓の経験は無いか」
 私の手にした凶器を見て、困り顔のシリルにオーブリーが頷く。
 あー確かに村人とか言ってたけど、彼は猟の経験はないのかな。
「いえ、全然」
 私の視線に気まずそうに眉を寄せ首を振る。
 無いのか。私も人の事言えた義理でもないけど。
「じゃあ手軽な剣辺りにしろ。型を少し途中で教えてやるから」
「ありがとうございます」
 ぶっきらぼうな神父の言葉に微笑んで、シリルが頭を下げた。
 ええと、悪魔退治だよね。なんか、迷宮に入り込むパーティの一団に紛れた気にもなってくる。
「あたしはいつものこれーっ!」
 元気が良いですねマーユさん。笑顔と手にした鋭すぎる槍が眩しすぎます。
「ナイフも良いけど遠距離もカバー出来る槍って素敵なのよね」
 キラキラした目でそんな事言われても、どう答えて良いものか。
 悩んでいると、奥からケタケタと笑い声が響く。
 角になっている廊下からそうっと覗くと少し広めのホールで数匹のインプが笑いながら、シュール極まりないが踊っていた。
 輪になって踊っているが、何ダンスだろう。楽しそうに笑っているから、面白いのだろう。
 修道女の服を翻し、素早くマーユが笑い声の元に向かって聖水をぶちまけた。問答無用の攻撃に悲鳴も上げられず呆気なく消え去るインプ達。
 容赦ないな。
 踊っていただけなのに消されたインプの痕を見つめ、よし、とマーユが胸を張る。
 悪魔とはいえ今ちょっと不憫に思えたぞ。
「このホールは良い感じね。前からマナにして貰いたかったのよー」
 自分の荷物を漁ってにこにこいうマーユ。この薄暗いホールで私に何をしろというのだろうか。
「じゃっじゃーん」
 自分の髪よりは暗めの紅い布を取り出して、広げる。そんなに厚くはないが小さめのピクニックシートくらいはあるか。
 疑問符を浮かべる私とシリルとは違い、付き合いの長い神父二人が渋面になった。
「お気楽もここまで来るとすげぇな」
「ま、やりたくなる気持ちは分かるがなぁ」
 と言っていたりするが何がなんだか分からない。説明を求める。
 そこの二人、納得してるな。私達にも教えろ。
「せーいじょさまーひめみこさまーっと」
 鼻歌を歌いながら赤髪のシスターが布をホールの中央に敷く。
 ……何となくやりたい事が分かってきた気がした。
「さ、マナここに座って!」
 わぁ。VIP待遇ー。
 手を広げて示すその紅い布は、頑張れば絨毯に見えない事もない。
 確かに姫巫女の扱いは嫌だと言って、条件に演技をしないとかは含めなかったけど。
 悪魔の巣窟でそれをさせるか。いやまあ、マーユさんが喜ぶなら構わないけど。
 私は今までと違った意味合いで重い身体を引きずって、嬉しそうに見つめるマーユの側に歩み寄った。

 

 

 

 

 

 

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