七章:天使の歌−6

もったいない。本当に勿体ない。私がその立場にあるなら――様々なものを踊らせるのに。


「何故だ!」
 また癇癪を起こしている人にもう一度言ってやる。
「だから、品性とかが足りないってんですよ」
 やだといった後、一瞬前の笑みが嘘のような猛攻が始まった。食いつく食いつく。お前はピラニアか。
「幾ら美形でも礼儀作法やお世辞の一つも知っておかないとぶちこわしです。すぐに切れるのも悪印象です」
「おいおい嬢ちゃんさっき、テメェの人生はテメェのモンだって言ったばっかだろ」
 ボドヴィッドが苦笑する。それはそれこれはこれという奴だ。
「だって、勿体ないですよせっかくの美形なのに!」
「いやー……お前が言うと説得力が」
 オーブリー神父が何か言いたそうにしている。確かに私はこの世にあってはいけないほどの美貌だろう。
 だけどアオに無理矢理押し付けられた物だ。それに引き替えユハは生まれた時からこの容姿、根本的に違う!
 しかも自覚はあれども言動のせいで全てがおじゃんという誠にもって遺憾極まりない事態なのだ。
「馬鹿や阿呆で何が悪い」
 開き直りやがりましたよ。
「せっかくのその容姿、有効利用しない手はないですよ。
 ちゃんと常識勉強してちょっとだけでも立ち振る舞いを覚えればみんな見直します。絶対です!」
 なんで分からないのかと詰め寄る。多分彼が馬鹿にされているのはこの浅慮な部分だ。
「この短絡的なところが良いと言われているんだ。
 容姿に恵まれて思考の方まで恵まれないだけだと使用人共にもよく言われる」
 言われているのか。っていうかそれお前もの凄い底抜けのアホだ馬鹿だと言われているも同然。しかも口ぶりでは会うたびの挨拶代わりになってやしないか。
 使用人にすら思い切り馬鹿にされてるじゃねぇか。と言ってやりたいが使用人の人が可哀想な事になりそうなので堪える。
 ふと思いついて尋ねてみる。
「……もしかしてなんとかの貴公子とか言われてたりします?」
 突拍子のない質問に彼がキョトンとした空気を発する。
「ああ、よく分かるな。花の貴公子と呼ばれている」
 あるのかそう言う肩書きというかあだな。
「それはまた。意味とかあるんですか」
「この美貌にそして軽々しい身のこなしがまさに花が散る如くと評判だ」
 散んのかい、不吉だな。
 動くだけでバラバラになりそうって意味と違うかそれ。うーん、もしやとは思うが。
「たまに頭がとかつきません」
 嫌な予感を抱えて聞くと、何故か嬉しそうに声が弾んだ。
「頭にも花が――」
「勿体ない以前に勉強が必要だと思うのですよ」
 続きを聞くまでもなく切って捨てる。
 褒めて欲しいらしいが、どう考えても褒める要素がない。
 マーユが後ろで肩震わせて笑い堪えているし。シリルはまた私の隣にいる。そこまで警戒しなくても私が抱きつきに行かない限り何もされないというか出来ないというか無理だろうに。
 ああなんか凄く不憫に思えてきたこの人。なんつーかですね、様々な物が欠落している。
 貴族に恐らく必要不可欠な裏と、疑心暗鬼にも似た疑り深さ。
 このままでは他の偉い人に良い感じで利用される。下手すれば命に関わる。
 裏を返せばユハは貴族にしては純真なんだろう。可哀想なくらい。だから、子供っぽい強さや宝、権威の象徴に走ってしまう。
「どうしろというのだ」
「まずはしっかり世の中の事を人から聞くんじゃなくて本でも読んで勉強して下さい。
 歴史とかですよ。あと礼儀作法もですよ。一冊じゃなくて何冊も読んで下さいよ」
 ニュースはないから本を読んで貰うべきだ。少しでは駄目、大量に。
「そんな面倒な」
 貴族階級のクセして勉強嫌いなのか。難しげな台詞は言えるのに。
「また悪魔に憑かれたいんですか」
「う、善処する」
 意地悪く尋ねると、心底嫌そうに彼が頷いた。


 上る階段の最中、オーブリー神父がぶら下がるように腕を掴む私を見、不可解そうな顔をした。
「しかしどうしてムキになる。お前にゃ関係ないだろう」
 関係ない、んだろうけど。どうしても口を挟みたくなるのは悪魔に長年憑かれた後遺症か。
「あのままだと、本当に彼はまた取り憑かれますからね」
 また幾重にも被せられた布の下、答える。悪魔は純真な物を汚したがる。だから、あの手の人間は狙われやすい。
 せめて知識を蓄えて危険くらいは自分で避けて貰わないと。次にも私が現れるとは限らないのだから。
「あー。だな……悪魔はそう言うモンだしな」
 と言いつつ微妙な眼差しを送ってくる。
「何か?」
「……知らぬ間に男を作るタイプだよな」
「どういう意味ですか」
 斜め上からの深い溜息。はなはだ失礼な台詞に眉が跳ね上がる。
「放せ!」
 後ろから声が聞こえる。また腕を掴まれ強制連行されているユハの抵抗か。
 彼に今までのような害意は見られない。寧ろ好意のような物を向けられているのは分かっている。
 背後から突き飛ばしたりはしないだろう。
 今は別の意味で身の危険を感じるので掴まえて貰っている。
 現在は声が好まれているだけだが、興味本位でついうっかり布を剥がされたら洒落で済まない。
 姿を見せるのは嫌いだと事前に言っているが、つい魔が差して――とかありそうで怖い。
 というかさっきシリルが庇わなかったら剥がされてたかもしれない。まさか腕を外すと同時に私を襲う気だとは思いもしなかった。
 老婆か確認をしたかったのかも知れないが冗談でも止めてくれ。
「悪かったから、もうしない!」
 知らん。
「姿は駄目なら名前はどうだ。こちらは名乗ったぞそちらは名乗らない、というのは無礼ではないのか。礼儀作法に反しているぞ」
 趣味はどうだ興味の物は食べ物はと意地になって問いつめてくるのを全て無視していたがこの一言に足を止める。
 安い挑発だが、確かに名乗られて(という可愛い名乗りじゃなかったが)私は名無しで通すというのも良くない。珍しく一理ある。
 オーブリー神父を見るが肩をすくめただけ。
「……マナ」
 布を軽く開いて、聞こえるようにそれだけ告げる。フルネームは教えてあげない。
 今まで彼に手を焼かされた私の精一杯の譲歩。後は教えないからな。
「マナ、覚えておく」
 真剣な声を背中越しに、地上に向かって進んだ。

 

 

 

 

 

 

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