六章:はじめてのお仕事−5

貴族と王族はどの位偉いんだろうか。悪魔祓いには関係ないけど。


 奥から呼び出された皆さんと、受付のお偉いさんは私と同じくらいの位置にいる。
 現在の私の身長は十歳かそれ未満ほどの高さ。中年、青年が普通なら同じ目線にいる訳がない。
 取り敢えず、なんか喚いていたので正座させた。この世界で正座という単語が通じるかは難しいところだが、膝を折り曲げ座らせた状態は正座以外の何者でもない。
 彼らの心境は理解出来る。何故こんな扱いをと言いたいのも分かる。
 が、現在進行形で私の怒りは沸点に達しそうなのだ。蹴り飛ばされないだけ幸運だと思うが良い。
 座って下さい、と出来る限り優しく促したのに言う事聞かないから思わず命令口調で『座れ』と言ってしまった。
 抑えているつもりの怒りを感じ取れたか迫力に押されたか、全部で四名の人間が座っている。
 嘘をついてくれた先程のお偉い様も反省として正座だ。
吸血鬼一族(ヴァンピリーム)の末裔め」
「この御仁に無礼をはたらいてはいけません! 黙っていてください」
 一番年若いその人が吐き捨てた。やはり好印象のある一族ではないのか。
 年齢はシリルより少し上程度。目つきは素行がいかにも良くありませんと言った感じである。
 その年でそんな犯罪に手を染めるなんて、とか言ってやりたくなるくらい彼の周りを黒い霞みたいなものが取り巻いていた。
 おかげさまで顔がよく見えない。他二名も霞がかかっている様に黒いが――ちとおかしい。
「罵るのは結構。心当たりは幾つもおありでしょう」
 口元を抑え、笑いを堪える様に告げる。びくりと相手の身体が強張るのが分かる。
 カマをかけたつもりだが、よくよくこんな子供だましに引っかかる。犯罪、悪事に向いていない性格だ。
「し、失敬な」
 すぐに熱くなるところも駆け引きには不向き。
 唾を飛ばす様子がシリルより子供に見えて、ふっと失笑が漏れた。正真正銘の失笑だ。
 手柄が欲しい、金が欲しい、地位が欲しい。彼は何を望むのだろう。
 醜悪な奴らに取り憑かれても欲するほどにそれは価値があるものなのか尋ねたくもなった。

「お、オレがユハ・アンセウム・ジェイヴェ・バリエイトと知っての行いか! バリエイトの血を引いていると分かっていての所業か!?」
 なげぇ名前だなオイ。心の中でそう突っ込んでおいて静かに首を振って見せた。

 結構なお貴族様とお見受けするが、平民だろうが貴族だろうが王族だろうが関係のない事だ。
「生死に貴賤(きせん)は問いません」
 唾を飲み込む音が聞こえる。私は今はっきりと、死を告げた。 
 お前がどのように偉くても平等に死は来るのだ。そしてその時が近いと言うも同然だ。
「同時に、悪魔も貴賤を問わない……意味はお解りでしょうか」
 いい加減白状しろと遠回しに述べてみる。特にそこの長ったらしい名前の少年、君だ。君。
「聞こえにくいがその声、女か。吸血鬼一族の末裔ならばさぞ長生きなのだろうな。中身は余程醜い老婆の顔か若作りだろう。クソババア」
 ババ……いや、多分そのうちそうなるのは百も承知なんだけど。いい年して言って良い事と悪い事も分からないのだろうかこのお坊ちゃん。
 と言うかですね、女性に年齢とか外見とか言うのはタブーなのですよ。貴族様ならよぉく理解してると思ったけれど、それは勘違いか。
 それとも目の前の温室育ちな彼がおかしいのか。年下のシリルの方がよっぽど精神的にも落ち着いている。
 教会関係者の皆様が笑いを堪えているのが分かる。未だに水面を見るのすら怖くなる現在の私にクソババアとか醜いとか言えるのは良い度胸だ。
 この布を剥がして見せたら楽しい事にもなりそうだが大変な事になってしまうので我慢する。
 小さくだが、分かりやすい溜息を吐いてみせると威勢の良かった彼……長いからユハで良いか。ユハが身を震わせた。
 弱いもの程よく吼える。
「まー言う事言う事。放っておくか?」
 口の悪いオーブリー神父すら呆れている。
「賛成〜とは言いたいトコだけど、ここが汚染されてたら結果的にあたし達困るしなぁ」
「まあなぁ。悪魔祓いの申請はここでしかできないが」
 マーユの一言で険のあった声が渋い口調に変わる。本音を言えば私だって、何が悲しくてこんな感謝しそうにない人間をと思う。
 が、しかしだ。一応窓口。飲みたいジュースがあるのに自販機のコイン投入口が壊れ掛けているのも同然の状態。しかもその自販機でしか売っていない感じの最悪な状況。
 本気で仕方が無く祓おうとしているのに、この態度を見るとやる気が削がれ続ける。

 あー、やりたくない。

「も、申し訳ありません。この方は見聞を広める為にこちらにしばし逗留しておいでで」
 受付にいたロベール・マティユと名乗った彼が頭を下げる。座り込んでいる為に土下座だ。
 ロベールさん、さっきも庇ってたしそうは言うけど。
 見聞ねぇ。このド田舎も真っ青なひとけのない悪魔祓い専門ギルドに。
 しかも悪魔引っ付けて? どんな社会見学だよ。
 私から見て左側にロベールさん、先程のお坊ちゃん、そしてアマデオ・ダマーと名乗った中年男性とユハよりも年上に見えるイアンと続く。
 貴族ってフルネームが長い。もう名前でしか呼ばないからな。
 アマデオさんは現在ひれ伏したままプルプル震えている。怒りでもなく痙攣している訳でもない。
 私の言葉と状況を見て観念したのだ。自分の命の行方を考えて震えている。たとえ下級だとはいえ悪魔に取り憑かれればゆっくりとしても可愛い殺され方はしない。
 自分の姿が見つかるまではなぶり、いたぶり。絶望の涙を啜って笑いながら殺しにかかる。
 面倒なのもあるが、まだ姿を引きずり出していないのはそう言った理由からだ。迂闊に刺激を与えれば血の惨劇が始まる。
 乱暴に連れてこられたイアンと呼ばれた青年は大人しそうな顔を歪めて蒼白になっている。吟味すると彼とユハの空気が近い。
 ねっとりとした空気……移されたか何かしらの悪事を手伝ったかその場にいたか。
 この分だと強引に手伝わされた線が強そうだ。あの坊ちゃん強引な上我が侭そうだし。
 さっきの様な手順を踏むのかと思うと疲れが込み上げ。それはもう止めておくかとも思う。
 流石にマーユに何度もとどめを刺して貰うなんて訳にはいかない。私はそれ程疲れはしないがマーユの場合慣れない事もあってか疲れやすそうだ。
 そう何度も頼めるものでもない。偉そうな彼には是非とも自分の状態を見せて差し上げたいが、こちらも手間暇掛けたくもないし。
 オーブリー神父とボドヴィッドを手招きする。不思議そうにやってきた彼らにいくらかの道具の準備と手順を伝えた。
 キョトンと暗幕の向こうで二人が顔を合わせるのは見ていて少しだけ面白かった。 

 

 

 

 

 

 

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