六章:はじめてのお仕事−2

陽は全てを浄化する。目の前の光景も分解してくれないか。


 ああ見えている。凄く見えている。見たくないものが見えている。
 
 確かに悪魔祓いをしに来た。それは金銭目当てであって無償の奉仕というわけじゃない。
 たとえ私が聖女に見えても、姫巫女と呼ばれても。お金目当てなのである。
 ボランティアするのは今現在お断りなのだ。
 とは言っても、悪魔祓いの受付に居る人が悪魔に取り憑かれているのでは放って置く事も出来ないが。
 それとも放って置いたほうが良いだろうか、この人分かってて身体を張って笑いを取っているのかも知れない。
 悪魔祓い専門受付が悪魔に取り憑かれるなんてそりゃもう良い笑い話だし。笑うしかないだろこれ。
 太い尻尾で受付にいるお偉い様の身体を貫きながらインプの様な悪魔が口元を歪めている。
 普通なら死んでいるので、多分実体なんてものはないのだろう。
 シリルとの事を思い出すなぁ。黒い布の中で遠い目をしてみたりする。
 現実逃避を少しだけしていると。う、わと声が響いた。
「どうしたシリル」
「な、なんか黒いのがその人の周りに集まっているんですけど」
 オーブリー神父の不思議そうな問いかけに上擦った答えが返る。
 振り向くと先程の私と同じくスミレ色の瞳がインプらしきものの居る辺りを凝視していた。
 マーユはマーユで親指を軽く噛んで今までとは違った意味合いで不機嫌そうな顔をしている。
 どうもさっきまで本気で見えていなかった様だ。この世界ではみんな見えるものと勝手に思っていたが、ここでも私にしか見えない奴が居るらしい。
 泣きたくなる。なんか一人だけ見えるって切なすぎる。だが、シリルやマーユは元々違和感を感じていたみたいだし全然というわけではないかと思い直す。
 元の世界だったらもう完璧信じて貰えないところだしなぁ、こういうの。
 特にシリルはアオに目を付けられるだけあって悪魔に対して敏感なのか、目ざといのか目視する事が出来たらしい。
 まだ霧みたいだけど。先程の言葉は悪魔を隠す薄衣の様なものだったんだろう、完全に本体は見えていないが気配やなにかは漏れ出はじめたのか。
 さてさて、どうするべきか。このまま吹き飛ばすのは出来るだろうけど、それはそれで詰まらない。
 見えていない状況で消してしまったら私とシリルは嘘つき呼ばわりされる。絶対に。
 ここで恩を売っておいて快く気持ちよーく依頼を頂ける方がお互いの為に良いだろう。
 布の内側からオーブリー神父を手招きする。何度振っても気が付かれなかったので足で床を叩いてようやく気が付いて貰う。
「なんだぁ?」
 布の隙間から顔を入れ、尋ねてくる灰色の瞳。聞きたい事は少しだけ。
吸血鬼一族(ヴァンピリーム)の末裔」
「いやそれは話の都合で」
 呟きながらむにゃむにゃ言い訳を考えている神父に首を振る。
「彼らの力の振るい方の特徴は。軽くで良いから教えて」
 どうでも良い様に思えるが、かなり重要な部分を尋ねる。
「んー、ああ。確か吹き飛ばしたり不可視の力で圧力を掛けたりする結構力業だな。
 間違っても消し飛ばしたりしない」
 大層な名前の割に意外と繊細さに欠ける一族だな。
 数秒たたずに消滅させるとか、そんな感じのスマートなものと思っていた。
「ありがとう。分かった」
 私が礼を告げると、小さく頷いてオーブリー神父が顔を引っ込める。長話は疑われる。
 訝しげな視線を感じたが、今の会話は何かのアドバイスと思って貰えると助かるなとも考える。
 まあ、いいか。一人ではなく二人芝居の様に見える劇もそろそろ種明かし。
 
 確か、私が強く願えば叶った。あれは願うというよりも、イメージ。
 あの時は消したいと思った。今は奴の姿を見せたい。
 見えろと強く願い、思えばいいはずだ。


 見えろ。

 暗幕を全て取り去って、光の元に姿を現せ。
 忌々しい悪魔。


 頭の中に目の前の光景を焼き付け、薄衣を引き裂くイメージ。
 何枚も何枚も。抵抗しても無駄だ。
 姿はとっくに見えている。正悪魔には見えないその力では、私に抗う事も出来まい。


 最後の一枚。どことなく背徳的な気分に陥りながら悪魔を隠す布を強引に取り除く。
 貫く尻尾にケタケタと笑う悪魔の顔。
「ひぃぃっ!」 
 私には余り変わらぬ景色だが、情けない悲鳴が上がった。
 恐怖に青ざめる男の顔を見る。上手く行ったようだ。
 心の中で薄く笑う。予定は違うが、お偉い悪魔祓いの講釈は聞かせて貰えるのだろうか。

 悲鳴を上げ続ける姿を見て、私はそんな意地の悪い事を考えた。 

 

 

 

 

 

 

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