四章:ようこそパスタム教会広報部署−3

私は諦めが悪いタイプだと自覚している。神の趣味に付き合う気はない。


 呆れる事に。
 どうやら私は聖女と呼ばれる存在と酷似しているらしい。アオがこの姿を選んだ事に納得はするが、許しはしない。
 またなんというか、面倒な事になったものだ。
「私ってそんなに聖女みたいなんですか、容姿があり得ないのは理解してますが」
 中身が空になった木製のカップをつつく。この教会内の物は全てアンティーク。味がある品もあるが、大方の物は古いだけ。
「みたいじゃなくて俺らでもそう感じるんだ。あの力があれば尚更同一視されるだろうよ」
 不良神父様の言葉に頭痛を覚える。
 幾つもの単語が頭の中で飛び交った。

 聖女、崇拝される対象、清らかなる者、無垢な乙女、象徴。

 魔女狩り、魔女裁判、宗教戦争、ハリボテ、国家の柱、傀儡。
 
 全く対照的な言葉達だが、残念な事に表裏一体である事を知っている。
 聖女と言えば宗教が絡む。宗教には国が絡む。そして国や宗教の裏には金や野望が渦を巻いている。
 歴史を流し読んだ位でもその程度は容易に想像が付く。本気で、冗談きつい。
 逃げようにも私の姿は目立ちすぎる。それを知った上でアオは不必要に私を磨いてくれたのだろう。
 ドロドロした策謀の中に美少女一人。傍目には面白かろうがこっちはちっとも楽しくない。
 いずれ私は見つかるだろう、どうやらのうのうと暮らして平凡に……とはいかないか。
 ならばこの姿と力を利用しよう。そしてある程度の自由を得ればいい。
 まずは文字を書く事と……振る舞い。口調はともかく口を閉じて居ても分かる位には物腰を正さねばならないだろう。
 権力者が近寄った時の罠もいるな。迂闊に利用すれば噛まれると教えないと、危険視されない程度の甘噛みで。
 アオ、忘れたか。私は踊らされるのはまっぴらだって。それは悪魔でも神でも同じ事なんだと分からせてやる、必ず。
 このワルツからは逃れられなくても、私は誰にも先を進ませない。手を引いて無理矢理リードしてあげるのだ。
 そちらがそのつもりならば、か弱い聖女様のイメージを徹底的に叩き壊してやる。
 たとえ姫巫女だと神や悪魔に言われたとしても鼻で笑って一蹴する。私はただの人間だ。
 神にだって私の尊厳は踏みにじらせない。
 ああ全く何でこんな人間選んだんだろうと、アオに自分の審美眼を疑わせる位にはやってやろうじゃないか。



 諸々の事は置いて、流石にそろそろ気になってきた。
「あー。そうだ、皆さんに頼みがもう一個あるんですよ」
「なんだぁ」
 気怠げな不良神父様の声。この人いい加減名乗ってくれないだろうか。
「私達の名前決めて貰えませんか。好きなようにお任せしますから」
 まあ、名前がないから後で聞くか。と思いつつ口に出した言葉に全員がしばし止まる。
 あ、少年まで止まってる。
「はあああああ!? 正気なのアンタ、今言われた言葉忘れたの」
 マーユが目をカッ、と開いて詰め寄ってくる。ちょっと怖いですお姉さん。
 しかし失敬な。正気ですとも。
「いい加減名前無しだと面倒なんですよ。でも異世界から来たので変な名前を付けそうですし」
「お願いします」
 ペコリと頭を下げて頼む。名前を付けられる事自体には賛成らしく、彼も頭を下げた。
「いいのかよ、こんな不良神父に聖女が頭を下げても」
 不良の自覚はあるらしい。私には聖女の自覚なんぞ全くないが。
「さあ、聖女と言われてもぴんと来ませんし。私はあなた達に付けて貰いたくなってきただけですから」
 重かろうがなって貰おう名付け親。
「イメージとずれすぎる台詞を頂けて光栄だよ」
「いえいえ、お礼には及びません。サクッと決めちゃって下さい」
 光栄だなぁ、この姿で一般人と思われるなんて。
「とは言ってもな、どうするよボドウィン」
 ボドが口の端の煙草を噛んで揺らす。彼はボドウィンって言うのか。
 それがボドってナーシャ少し略しすぎだろう。
「メムマイナとシークリウスとかどうだ」
「そりゃ、流石に駄目だろ」
 舌打ちをして先程振動で零したお茶を気にしながら冷えたそれを一気に飲み下す。ヤケ酒のような飲み方するなぁ。
「長いですしね。簡単な平凡な名前で良いですよ」
「お前鏡を見ろ。その顔にそれこそ平凡なんて似合わねぇだろがよ」
 神父が私の言葉に渋面になった。アオにも言われたよ、その台詞。
「はいはいはい! お兄ちゃんはシリル、お姉ちゃんはマナ!」
 元気よく手を挙げられる。まるでペットの命名権を取得する勢いだが、まあ名前付けられるなら何でもいいや。
 しばしボドウィンと神父は顔を合わせ、肩をすくめた。
「まあ、いいか。さっきのよりは大分マシだ。あとは後ろも決めちまえ」
「名前だけで構いませんが」
 ナーシャも後ろの名は特に付いてないし。無くても構わない物なんだろう。覚えるのが面倒なので無いなら無いで構わない。
「俺らはともかくお前ら明らかに平民に見えねぇだろうが」
 あー、地位とか権力がある人が付ける目印みたいなのか。
「僕は平民でしたよ」
 微笑む彼。私もこくこく頷く。
「私も平民って奴です」
 見かけ変わったけど。ものすっごい平民でした。
 名字があるのは普通で現代日本には貴族というものはなかったと言うのは都合良く忘れる事にする。
「見た感じ違うから言う通りにしろ。と言っても付けるのは俺達か」
 そこまで言われたら引き下がらない訳にも行かない。渋々納得してみせる。
 彼の言う通り付けるのはお任せする事にした。
「じゃあ私は今からマナって事で」
 マナかー。新しい名前って変な感じ。ムズムズするようなくすぐったさがある。
「僕はシリルですね。ありがとうナーシャ」
「えへへー」
 笑って感謝を述べるシリルにナーシャが頬を染めてもじもじする。
 だから、その笑顔を振りまいたら危ないって。惚れられても知らないからな。
「んー、マナ・メムンとシリル・ナークスでいいだろ」
「ま、色々言いたい事はあるがそれで良いか。よし、そう言う事で決まったぞ」
 ボドウィンが適当に言い放ち、神父が相槌を打つ。決まったらしい。
「よろしくねマナお姉ちゃんにリウお兄ちゃん」
「あれ、シリルって名前じゃ」
 にぱっと言われてシリルがスミレ色の瞳を瞬いた。
「短いし、そう呼ぶから良いのよ」
 ナーシャが堂々と胸を張って答えた。
 更に略すんかい! ナーシャ、恐ろしい子。
 短縮するのが好きだな。私そのうちマとかで呼ばれるんじゃないよね。

 僅かに不安が残る私だった。
 
 取り敢えず、重要な目的である名前を私達は付けて貰える事になった。
 ほとんどナーシャに決めて貰った気もするが気にしないようにしよう。

 

 

 

 

 

 

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