十四章:救世主は星使い−6

インプは珍しくなくても、悪魔祓いは珍しいようだ。好奇心の煌めきが肌を刺す。

 


 辺り全体に漂っていた気まずさは緩和された。だが、今度はマント越しからでも分かる視線が痛い。
 隠れる前にシリルが自分から盾になって影を作ってくれたが、元々視線には質量というものがないので素通りして刺さる感覚がする。
 まあ、質量自体ある意味においては存在する。この何とも言えない重圧というか重量感が。
 尊敬と疑いの入り交じった微妙な空気が流れている。
 特別悪魔を祓う能力がある事を隠すつもりもないが、珍重されるのは嫌だ。珍獣じゃないのだから。
 ざくざく突き刺さる視線に、やはり悪魔祓い自体が珍しいという事を再度認識させられた。
 少ないのではなく珍しい。特に正悪魔以上の強さを倒せる能力者は。
 ギルドでの優遇ぶりも何となく納得がいく。恐らく私は表に出れば引く手数多なんだろう。
 特に貴族や王族から。前の場所と同じように上流階級の場には悪魔が寄りつきやすい。
 めんどくさいからいきたくないが。出来うる限り関わり合いになりたくないし。
 姿形の事も勿論あるが、そう言った理由で貴族や王族に触れるような目立つ依頼はことごとく蹴っている。
 どんなにお金を積まれようと答えは毎回ノーである。
 居心地が悪そうな上正体がばれる危険を恐れてでもあるけれど、いつかは城に献上される身だ。
 つかの間の狭くて楽しい教会暮らしを堪能させて頂きたい。
「そんなに凄いものでも、無いですよ」
 溜息混じりに空を見上げてしまう。一瞬ちらりとよぎったたき火は昔憧れたキャンプファイヤーを思い起こさせた。
 やぐらのように積まれた薪の中踊り狂う炎を囲って友達と――、友達と。
 バーベキューとかしたかったなぁ、とか。悪魔が居なければそれは叶った夢だと思う。
 いや、止めよう。昔を思い起こすと寂しくなってくる上に虚しい。
「何言ってるのよ凄いわよ。悪魔とは会った事無いけど……いや会った事無いから生きてるんだけど、悪魔祓えるなんてすっごい事なのよ。
 それ自体で選ばれてるんだから。すっごい人助けちゃったぁぁ、スーニャお手柄っ」
 少しだけ昔に思いを馳せているとシリルの側にと言うか、どういうやり取りがあったのかシリルと肘を打ち合わせていた彼女が瞳をキラキラとさせる。
 上向きに弾かれそうになったところでピンクの鍔を軽く揺らし呼気を漏らしてシリルの鳩尾を狙う。
 慌ててガードしつつ私を見せないようにしているシリルだが、苦戦している。
 ボドウィンの話だとシリルは飲み込みが良い上に筋が良いらしいが、押され気味だ。
 習い始めだとはいえ不自然である。見たところ手加減を余りしている様子もないし。
 ……術士なのに肉弾戦出来るのか。侮れないなスーニャ。
 見かけの奇天烈な格好で騙されたらうっかり杖で急所を突かれそうだ。
 油断を狙っての事だとしたらますます恐ろしい。隙を見せてはならない。
「まあ、基本的に上位の悪魔がうろつくなんて希ですから、うっかり変な事に関わらなければ安全だとは思います。
 だから、悪魔祓い自体日常生活には不必要なんですよ。魔物の方が余程驚異でしょう」
 空気が澄んでいるのか漆黒の空に瞬く星々が輝いて見える。
 確かに悪魔が祓えれば凄いのだろうけど、私の能力は魔物に対しては全く役に立たない。
 獣にすら薪より劣るという涙が出てくる代物だ。一芸に秀でていると言えば聞こえが良いが、偏りすぎるのは宜しくない。
「う。それはそうだけどさ。でも塵も積もれば山よ! 
 悪魔で生計立てられるほどにはいるって事よね」
 私の言葉にスーニャが言葉を詰まらせ、なおも言い募ってくる。
 実力がギリギリ拮抗していると感じたのか、シリルにちょっかいを掛けるのは止めて杖をブンブン振り回す。
 癖なのだろうが危ないんで止めて欲しい。
 彼女の台詞に覆面の下、遠い目をしてしまう。塵も積もれば何とやら、手配悪魔は結構多い。
「否定はしませんよ。大抵は自業自得ですのでお金が絡まなければ助けません」
 倒した悪魔の数々を思い出して吐き捨てる。全ての悪魔の発生理由を知っているわけではないが、大方がロクでもない理由だった。
 惨殺犯の住み家とか。二股三股どころかハーレム幾つ結成してるんだという男の人の家とか。
 ドロドロというか愛憎怨念渦巻く場所ばかりで仕事だと思っていないとうっかり放置してしまいそうになるところばかり。
 依頼通り倒したけれど原因が原因なので定期的に沸くだろうな、とは考えたがまあノルマはこなした。
 それだけ強力な悪魔退治を依頼する人達なのでお金はある。良いカモになって下さい、またのご利用をと言いたくなる感じだ。
 人間関係とか性格が根底にあるのばかりなので悪魔を根絶するには性格というか人格改善して貰う以外道はない。
 悪魔祓いは出来ようが、その方面はフォロー出来ない。懲りて生活態度を改める事を願う限りだ。 
「……お前現実的通り越して非情だな。悪魔祓いって聖なるとかだからもっとこう」
 冷たく答える私の方を眺め、エイナルが微かに息を飲み、無理な事を言ってきた。
 聖なるって、それ偏見。反論する前に素早く身を翻したスーニャが拳を口元に当てにやにやと笑う。
「あらやだわエイナルさんったら。純情無垢な清らかな乙女とか、聖女とか想像してたの。
 そんな可愛くないナリして考えが夢の固まりね。きゃースーニャ恥ずかしい」
 と言いながら頬を挟む。図星なのか赤くなって口ごもる彼。
 何というか、色々と困る反応だ。
 聖女っぽい姿でスイマセン。そして見かけを凄く裏切る性格で申し訳ない。
 もう少し灰色がかった姿ならちょっと汚れてますからで通るものを。
 まあ、その単語禁句なんだけど。一度うっかり言ったらシリルが『そんな、そんな。貴女が汚れているなら僕なんて』と半泣きになったので少しは綺麗だと付け加えるようにしている。
 本当に心が綺麗だと思わないのだが、シリルには綺麗に見えるらしく言いかけると自分はもの凄く汚れていると落ち込む。
 どちらかといえばシリルの方が綺麗だと思う。まっさらな白い布のように。
 間違えて汚さないように気をつけているが、私の色が移ったらどうしよう。
 染まらせないようにしないと悪魔を口で言い負かす可愛くない子になってしまう。
 完全には無理だろうけど、シリルはある程度今のままで居て欲しい。私と同じなんてとても良くない。
「まあ、ご要望にはお応え出来ませんよ。何しろ私は吸血鬼一族(ヴァンピリーム)の末裔ですから」
 どう誤魔化すか何通りか考えたが、結局この方法に落ち着く。気は進まないが、ギルドにもそれで通しているので困る事はない。
 幾つか困る要因はあるが。スーニャが眉を寄せて私を見た。
吸血鬼一族(ヴァンピリーム)の末裔〜!? うっそ!」
「何ででしょう」
 澄ました声で尋ねるが、内心は心臓バクバクものだ。
 ギルドに出てから創り上げたもう一人のマナ。その人物に成ることには大分慣れた。
 慣れたけど、問題が残っている。現在の重要課題である。
 杖の柄を指先で一回転させ、スーニャがズバリとそこに斬り込んできた。
「だって魔法使わなかったし」

 う、ぐ。魔法使えたのか吸血鬼一族(ヴァンピリーム)の末裔!

 問題点はこの一つだけ、私の騙っている種族がよく分からないという点のみ。
 凄いというか強いのは間違いないのだが、他は分からない。
 オーブリー神父に聞いたが、まともな返事もなく騙った理由はその場の思いつきというどうしようもない返事。
 調べればいいという話だが、それも難しかった。字が上手く読めないのはあったが教会関係者の力を借りれば障害でも何でもない。
 後学の為ではなく今後の……もう一人のマナの存在固定化の為だった。
 その種族を名乗るならそれなりの知識が必要だ。何が出来て出来ないのか、なりきる為には知らなければならない。
 そしてもの凄い壁にぶち当たって教会メンバー全員で頭を抱えた。書物がない。
 あちこち探っても漁っても、ギルドの本棚を調べ回ってもろくな情報が出てこなかった。
 強い種族で闇を好み、光を嫌う。悪魔を倒せる攻撃的思考が多い一族。
 聞いた事とほぼ変わらない情報だけしか拾えなくて、お手上げ状態。
 詳しい人間に出会わない事を祈ってここまで来たが、残念な事にスーニャは博識だったらしい。
 ギルドと村の本を総なめする気で読み尽くしたのに出なかった情報をあっさりぶつけてくる。他意はないんだろうけど。
 町に出ればもう少しマシな情報が得られるのかも知れないが。基本的に本は高いようだし。
 まずはこの固形化しそうな雰囲気をどうにかするべきかと考え、口元に手を当てる。空いた手でシリルに移動して貰う事も忘れない。
 顔が見えなくても仕草で何となく分かって貰えるモノだ。
「そう、です……ね」
 慌てて違う、と言う事はせず俯きがちに沈黙を挟み悲しそうな声を作ってみる。
 出来るだけ感情を抑え気味な悲しい声音。元々感情は控え目なので孤独感を精一杯演出する。
 人間は便利で不便な生き物で、沈黙と自分の持ちうる情報を繋ぎ合わせて結果を導いてしまう。
 案の定スーニャが不審の眼差しを一気にしまい込み、顔を青ざめさせて身を引いた。
「あ……ごめん、そっか。そうなんだ。ゴメンね無神経で」
 どんな種族にも色々不都合なモノがある。世間で言う口を噤むような出身者もいるだろう。
 そう読んでの沈黙だったが思ったよりもはまってしまったのか、三人が三人とも葬式にでも出たような顔になっている。
「いえ、そう感じられても仕方ない事ですので」
 よく分かっていないが一応無難に首を振って大丈夫アピールをする。
「ホントゴメンね。吸血鬼一族(ヴァンピリーム)の末裔自体珍しいけどそれより少ないのに出会うとは思わなかったから。
 大丈夫、安心してあたしは闇使えなかろうが光使えようが外見違ってようが気にしないから!」
 不幸な生い立ちを想像してか涙ぐみながら励ましてくるスーニャ。御免なさい、そしてありがとう。
 成る程、吸血鬼一族(ヴァンピリーム)の末裔は闇以外が使えると厄介者か。
 彼女には悪いが貴重な情報を貰えて感謝する。良くある生まれてはならない系の人物と勘違いされたらしい。
 だけど光が使えるのが居るとは好都合。これで気兼ねなく能力を目の前で出す事が出来る。
 ちょっと胸が痛むが。
「だから顔出しても大丈夫よ」
 ぐわしと拳を握りしめ、真っ直ぐに私を貫いてくるスーニャの瞳は悲しみと好奇に満ちていた。

 そんな事情だと勘違いしておきながら、顔を見たいんかい。

 前言撤回。
 優しいけど酷いから胸は痛まない。うん。
「いえ。その、私には人前に姿をさらす事自体が恐ろしい事ですから」
 口元を覆って顔を逸らしてみる。流石に強引な手段は出来ないか言葉を詰まらせるスーニャ。
 よし、これでマントを剥がれる事はなくなった。
「貴女の言う通り、私は悪魔しか退治出来ませんから。襲われていた時助けて頂いて、本当に感謝しています」
 ホントに私は悪魔しか祓えない。だからスーニャは命の恩人だ。
 本音を少し混じらせて告げるとがくりと彼女が項垂れる。かち、と飾りが打ち合わさる音が響いた。
「うう、そっか。そう言う理由で吸血鬼一族(ヴァンピリーム)の末裔が力任せの攻撃してたんだ。
 詐称じゃないかなぁとか、ちょっと疑ってゴメンね。基本的に術の能力値高いから腕力と体力はないのにおかしいなぁーとか思ってたのよ、反省」
 ――すいません、詐称です。
 反省しきりのスーニャを見て思わず告げたくなったが飲み下す。
 腕力体力無いのは同じだし、その部分は間違っていない。種族とかは偽っているけど。
「……力任せの、ってことはスーニャ。もしかしてずっと見てたんですか。助けずに」
 黙したままだったセザルが疑問を投げた。
 ん、そう言えばそうなるか。馬車は見ていなかった割に私の行動はちゃんと見ていた事になるし。
「う」
 肩が酷く震え、しゅんと俯いていたスーニャの顔が引きつった。

 

 

TOP 表紙 BACK NEXT

 

 

 

 

 

inserted by FC2 system