一章:秤−4

神とか番人って暇なのかもしれない。


「良いのかい。もう戻れないよ」
 即決した私に相手は驚愕の色を隠さなかった。まあ、当たり前でもあるか。
 数秒で一時間後の死を受け入れ、異世界を信じ、現世界で死ぬか異世界で生きるかを決断してしまったのだから。
 だけどそんなに驚かれても困る。迷っても仕方がないから私は決めたのだから。
「どのみちこのままでは待つのは死、でしょう。なら、私の人生をほとんど取り上げた悪魔に今までの借りを返したい」
「復讐、と言う奴?」
 合点がいったとばかりの表情で、青年が口の端を上げた。
 復讐か。復讐? そう言う言い方もありか。
「そうかもしれない。それに、相手の思惑通りに踊らされるのはもう嫌だから」
 にやりと笑い返してみせる。
 あの悪魔達に一泡吹かせられるなんて思っても居なかったから酷く楽しい。お腹の底がムズムズするような高揚感。

 私は逃れられない死に抗う為ではなく、悪魔への報復代わりにその申し出を受ける事にした。

 自分が消える、全てが無くなる。異世界へ連れて行かれる事に不安がない訳じゃない、けれど抵抗も出来ずに死ぬよりはずっとマシ。
 さて、色々聞く事もある。
 はしゃいだ気持ちを抑えつけ、冷静な思考を引き寄せる。
「異世界行きが決まったところで、あなたは誰。死神じゃないんでしょ」
 言動の端々から感じ取れる威厳に近い何か。ふざけている中にも何処か畏怖を感じさせる声。
 予想だけど、どうにも誰かに言われただけで正直に動く性格ではない。それは多分当たっているはずだ。
 死者を連行するには不向きな人材だ。死神の役職に就くような感じではない。死神を格下扱いする気はないけれど、この人はもう少し上の位な気がする。
 死神と思って貰えた方が楽だったのに、とでも言いたげな眼差しで私を見返す蒼い瞳。
 十数年しか生きて無くてもその程度は見抜ける。人間様を舐めるな。
「僕は異界の番人。門番。お偉い様に堅苦しい役職を押し付けられている苦労人」
 肩をすくめる姿はむしろ楽しそうに見える。
「異界の門番。門は一つだけ?」
 異世界への門が切り替え可能だとしても幾つか、百単位であるんじゃないだろうか。
 そうだとすると門番をするには量が多くはないか。
「いいや、幾つかある。その門に入ると一度通過検査があって初めて異世界に行く事が出来る。
 その通過地点で待機したり、門の不具合がないかを確かめるのが役目」
 意外に簡単に答えられて拍子抜けする。秘密とか言われないのだから、言っても構わない事柄なんだろう。
 しかし――
「大変そう」
「うん大変」
 気軽に相槌なんて打ってくるが、大変だけで済まないんじゃないかそれ。
 通過チェックに門の点検百か数百。それを、一人で! 考えるだけで目眩を覚える。
 思わず同情の視線を送ると、手を振って彼が笑った。
「その代わり僕には一つだけ特権がある。数百年に一度、好きなように門を使える。
 今回は、特権を使って君を生かそう、その方が面白いと思うからね。
 それに助けられれば助けろとも言われている。君は面白いから僕は気に入ったよ」
 にこにこと屈託無く言われて思わず呻く。
「……完全に人ごとですね」
「人ごとだよ。僕、神様みたいなものだし」
 まあ、そんな類の人ではないかとは思っていたけど。
 神様? どちらかというと――
「使いパシリの神様」
 どことなく顎で使われてる感じがとってもそんな空気を醸し出している。
「何か言ったかな」
 心で言ったつもりの声が口から出ていてギラリと睨まれ、総毛立った。
 お気楽そうな雰囲気なのに()殺されそうな視線だ。
「いえ」
 軽く手を振って冷や汗を気が付かれないように拭う。
「まあ君を移動させてもどうこう言われないだろう、先方が望んだ事でもあるし。
 なら、多少遊んでも構わないだろうね」
 見とれるべき美しい微笑みに、悪寒しか感じないのは私の気のせいだろうか。
 否、気のせいであって欲しい。
「君を異世界へ連れて行く前に、一つだけ頼み事をして良いかな」
「頼み事?」
 なんかろくな頼まれ事じゃない気がする。それも勘違いであって欲しい。
「人間で言う神の試練という奴だよ」
 希望を千切るように、彼は悪戯っぽく笑ってくれた。

 予感的中。

 物事は、そう簡単に運ばないらしい。元々、私の人生はそうだったのだけど。

 

 

 

 

 

 

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