Kamihara detective office

     

二章 /捜査難航! 何者?


 


「うぅぅぅ。直斗さぁぁん……こ、ここです、か?」
 春菜はぽっかりと大きく口を開けた穴を見つめ、震える声で呟く。
 気を抜けば、深い闇に飲み込まれそうな錯覚を覚える。
「そう、です……うん。間違いない」
 直斗は平然とした顔で廃鉱と、地図を見比べて答える。
「うぅぅぅぅぅぅぅぅ……は、はいっ! いきます」
 震える足取りで、廃鉱に向かう春菜の腕を直斗は慌てて掴み、
「ちょっと! 危ないですよ! 何してるんですか?」
「……え? な、中に入るんじゃないんですか?」
「違いますよ、ここの鉱山の手前の木に印がついてますから」
 溜め息混じりの直斗の説明に、春菜はへなへなとへたり込む。
「はうぅぅぅぅ、良かったぁ。でもなんで廃鉱の中じゃないんですかねぇ」
「ここは昔、金がいっぱい取れてたんで、あちこち乱暴に掘られてるんです。
 だから落盤がよく起こるんで、危ないから中に入れなかったんじゃないですか?
 この紙に書いてある『何か』をいれたところが落盤で埋もれたらなんにもならないし」
「……ずいぶん現実的ですね」
「現実ですから」
 どこか悲しげな春菜の言葉に、直斗はキッパリ言い切る。
 『夢がないですよぉ』と、ブツブツ言う春菜を無視して、直斗は印のついていた木の根本を掘り始める。
 「んっ……」
 直斗は数分後、堅い手応えを感じ、シャベルを動かす手を休めた。
 両手でゆっくりと土を掻き分けると―――中から箱がでてきた。開けてみて、二人は同時に声を漏らす。
「陶器の箱?」
「箱の中に箱?」
 白い、安物の陶器で出来た掌に乗るほどの小箱だった。
 ゆっくりと開くと中には―――紙が入っていた。無言で直斗は紙を開く。今度は日本語で、《金色の獣を祭り、泣き女の(つち)がこだます山中に宝は眠る》
「これ……書いた奴に遊ばれてるな……完全に」
 渋面で呟く直斗の言葉に、春菜は頷き、
「ええ、馬鹿にされまくってますね」
 同じ様に渋面で呟く。
「まだ何か書いてる……何々」
 直斗は続きの文句をゆっくりと読み上げる。
《子は眠る……獣の牙に。子は眠る……崇拝すべき神の近くに。子は眠る……けいらいに。子は眠る……苔むした地深く》
「…………」
「何でしょうか?コレ」
 沈黙した直斗に、春菜は問いかける。
「たぶん遺産の場所のことだと思うんだけど……」
「……はう。あ! そうだ」
 悩む直斗に、春菜は向き直り、
「こういうときは気分転換です! せっかく町まで来たんですから、喫茶店にでも寄りましょう?」
「え、あ……そうですね」
 陶器の箱に紙をしまい込み、ぱんぱんと服に付いた泥を落としながら、気のない返事を送る。
「森の中で考えててもしかたありません。廃鉱の前ですし」
「…………」
「さあ、早く廃鉱の前から去りましょう」
「もしかして、廃鉱の近くにいるのが怖いんですか?」
 矢継ぎ早にそう勧める春菜に直斗は突っ込みをいれる。
「えっ! そ、そんなことはないです!
 探偵の助手ともあろうものが廃鉱にでる幽霊なんか怖がるわけがありません!」
 春菜はかたかた震えながら、目を潤ませて言う。
 ……全然説得力がなかった。
「……僕は廃鉱のことを言っただけで、幽霊の事は一言も言ってませんよ」
 呆れたように呟く。春菜はびくりと体を震わせ、
「良いんです、いーですから早く町に下りましょぉっ」
 小刻みに震えつつ、涙声で直斗にすがりつきながら言う。
「やっぱり怖いんですね」
「こわくなんか……ないですよぉっ」
 目に涙をためながらも否定を続ける。意地を張る春菜を見て、直斗に少し悪戯心が芽生えた。
「あ、そう言えばここって有名な怪奇現象スポットなんですよねぇ」
 春菜は無言でびくりと体を震わせる。それを見た直斗は調子に乗って、
「そう……話は約二十年ほど前にさかのぼります。この鉱山に、悪戯半分で乗り込んだ若者が、中に入り込んだまま戻らなくなりました。いなくなった一週間後……村人の必死の捜索も虚しく」
 たっぷりと恐怖感をあおるように低い声音で語る。
 直斗は元から高めの声だが、低めに話すと何とか怖く聞こえた。
 この話、口から出任せだが、少しは真実も混じっている。ここで行方不明になった人はそう少なくはない。
 春菜は怖さが極限まで達したのか、固まったまま動かない。
「雨の降る夜に、この鉱山で石に押しつぶされた無惨な遺体が発見されました……それ以来、出るんですよ」
 沈痛な表情で首を振り、直斗は横目で春菜を眺める。蒼白になったまま微動だにしない。
「あ、春菜さんの後ろにグシャグシャの死体が!」
 虫でも見つけたように、わざとらしい口振りで春菜の後ろにある廃鉱を指さした。
 春菜は一瞬硬直し、
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 絶叫をあげながら、直斗の胸に飛び込んでくる。
「うわっ! 冗談ですって! 落ち着いて………」
 真っ赤になって狼狽しながら慌てて彼女を宥める。
「ふぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん! ひっくひっく」
「御免なさい御免なさいっ! 冗談ですから! 幽霊なんていませんよっ!」
 ボロボロと涙を流す春菜をオロオロと眺め、謝る。
「うぇぇぇぇぇぇん。えぐっえぐ」
「あああああああああああ」
 静かな山中に、春菜の泣き声と、直斗の苦悩の声が響いた。
「なんて言えば泣きやんでくれるんですかー?」
 困り切った直斗の声だけが虚しく響く。彼女の泣き声が収まったのは、十分ほど後だった。


『…………』
 喫茶店の野外に設置された椅子に座り、二人は沈黙していた。
 気まずい沈黙が流れる。永遠とも続く沈黙を破ったのは春菜の方だった。
「さっきは……その……取り乱してしまってすみませんでした」
 真っ赤になって謝る。直斗は気まずそうに、
「その……僕も悪かったです。ごめんなさい」
 言ってから、自分でもわざとらしい言い方をしたと思い、後悔する。
 春菜は気にした風もなくメニューを開き、
「ふふふ……さっきのお詫びに何かおごってもらいましょうか?」
 満面の笑みを浮かべ、悪戯っぽく笑う。
「……う。いいです、好きなモノを頼んでください」
 観念したように、直斗は呟く。春菜は意地悪く笑うと、
「あー。そんな事言っても良いんですか? 一番高いの頼んじゃいますよ?」
「うぐ……うー。分かりましたよ。好きなの頼んでください」
 一瞬言葉に詰まるが、諦めたように直斗は言う。それを見た春菜はおかしそうに笑って、
「冗談です! うちの事務所の財政事情は私が良く知ってますから。紅茶一杯で良いです」
「助かります……」
 直斗は胸をなで下ろし答える。
「…………」
 二人は顔を見合わせ、なんとなく可笑しくなり笑った


 ……かちゃり
 春菜は運ばれてきた紅茶をかき混ぜながら、
「えーと、さっきの紙の意味分かります?」
「ああ、あれですか……少しだけ」
 直斗はブラックコーヒーをすすり、答える。
「《金色の獣を祭り、泣き女の鎚がこだまする山中に宝は眠る》
 ……宝は遺産のこと。金色の獣は狐。たぶん、さっきいた『松羅山』のことだと思います。確か、あそこに狐を祭った神社がありましたから」
「あのぉ……《泣き女の鎚》って言うのは?」
 春菜はおずおずと尋ねた。
「あれ? 知らないんですか? あそこって牛の刻参りが盛んなんですよ」
「げほっ、ごほっ、えふっ」
 直斗の一言に、春菜は飲んでいた紅茶で噎せ返り涙を流す。
「あ、あの木にわら人形を打ち付けて……人をのろい殺すって言う」
「ええ、こういうやつです」
 春菜の言葉に頷いて、直斗は木に人形を釘で打ち付けるジェスチャーをする。
「最後の方はさっぱり……けいらいって何でしょうね?」
 そう言って頭を掻く。
「境内とか……」
「うーん。たぶん違うと思うんですけど」
 春菜の言葉を否定しながら、紙を眺める。
 ―――その時、後ろから低い声が響いた。
「おおっ? 久しぶりだなぁ。少年探偵」
 直斗は顔を後ろに向け、
「あれ? 何してるんですかこんな所で。唐橋(からはし)警部」
「おいおい、ご挨拶だな。俺が久しぶりの休みに町を歩いていたらいけないのか?」
 唐橋と呼ばれた男性は渋面で呟く。
 三十歳後半位だろうか、彫りの深い顔立ちでブルドックでも、睨まれたら逃げ出すほどの強面だ。
 身長は一七〇は越えているだろう。隣にいる直斗が少女どころか赤ん坊に見えてしまう。
「いや、忙しい警部のことですから、事件で忙しいと思いまして」
「このところは取り立てて平和だな、結構なことだが」
「おまんまの食い上げだ……ですか?」
 直斗の言葉に、唐橋は響くような笑い声をあげ、
「いや、お前さんにゃ参るなぁ」
「毎回毎回言ってれば、僕でなくても分かります」
 肩をすくめながら答える。
 まるで親友同士のようなやりとりだ。
 それを見ながら、春菜は身を強ばらせつつ、
(な、仲が良さそう……警部って言ってたけど知り合いかしら)
 そう思い、唐橋を見つめ、すぐに目をそらす。やはり……怖かった。それに気がついたのが、春菜に視線を移し、
「ところで、このお嬢さんはどちらさんで? 神原」
 直斗は気がついたように、
「前も話したと思いますけど。新しい助手です」
 唐橋は、春菜をまじまじと見つめ。
「四十過ぎのおばさんには見えないけどなぁ。十五歳ぐらいにしかみえんぞ」

 ごぢん!

 春菜と直斗は同時にテーブルに突っ伏した。直斗はよたよたと身を起こし、
「いや、あの、本気で言ってます?」
「ん? 違うのか。お前、雇うのはおばさんだって前に言ったじゃないか」
 怪訝そうに直斗を見つめ、呟く。
「ああ、そうか。『春菜』っておばさんをやめて、若い子の方にしたんだな」
 その言葉に春菜の顔が少し引きつった。慌てたように直斗が、
「いえ、ちょっと手違いがあって……」
 その言葉に割り込むように春菜が満面の笑みで、
「初めまして、北倉 春菜です。言っておきますが、十五歳ですから」
 きっちり付け加えるのも忘れない。
「……年齢と、写真が違ってたんです」
 直斗は凝固した唐橋を見ながら、気の毒そうに言う。
「い、いや、悪い。これは失礼した」
「いえ、いーんです。わざと写真と年齢をすり替えた母が悪いんですから」
 明るく微笑みながら、暗い口調で呟く。
「………わざと?」
「……実はですね」
 仕方なく、直斗は警部に話し始めた。


「なるほど、そりゃあ災難だったな。北倉さん」
「災難って、どういう意味ですか? 警部」
 ウンウン頷く唐橋に、直斗はジト目を向ける。
「いえ、いいんです」
「でもな、気をつけろよ。こんな女みたいな顔してても、一応コイツは男だ」
 そう言って、直斗を指さす。
「唐橋警部ーぅ?」
「もし何かあったら連絡しろ、ちゃんと保護してあげますからね」
「かーらーはーしーけーぶ?」
 いつのまに唐橋の後ろにへばりついた直斗が、いきなり彼の両方のほっぺたを引っ張る。
「ででででででで」
 彼の強面がゆがみ、春菜は堪えがたい笑いに襲われた。
「ぷ………あははははははっ」
 ギリギリまで堪えていたが、とうとう堪らず笑い出す。
 それを見た直斗が、パッと手を離して席に戻る。
「……イテテ。酷いな、北倉さん」
 真っ赤になった頬を両手で押さえ、唐橋は春菜を恨みがましい顔で見る。
「ふふ……ご、ごめんなさい……あははっ」
 謝りながらも笑っている。
「うん、うん。万事オーケー」
 直斗は満面の笑みで頷いた。それを見た唐橋は春菜の死角で彼の首に腕を巻き付け、
「お前、あのお嬢さんを笑わせるためだけに俺の頬をつねったな?」
 低くささやく。ドスの利いた声だ。
「ぐえ……さぁ。なんのことだか僕には皆目見当もつきません」
 直斗は呻き声を漏らしながら、横を向いてそらっとぼける。
「おい、結構痛かったんだぞ……ここで少し返した方がいいかもな」
 唐橋の腕に少し力がこもる。直斗の額に冷や汗が浮かんだ。
「と、言いたいところだが、あのお嬢さんに免じて勘弁してやろう」
 そう言って、首から腕をパッと放す。
「ごほっ……し、死ぬかと思った」
 直斗は首をさすりながら、咳き込む。
「俺を笑いのネタにするからだ」
 憮然とした顔で、唐橋は呟く。
「あの? 直斗さん風邪ですか?」
 一方。そんなことは知らない春菜は心配そうに直斗を見る。
 直斗は手を振り、
「大丈夫。コーヒーが器官に入っただけだから」
「ドジですねぇ」
 春菜はそう言って微笑む。春の日差しのような暖かい微笑みだ。見ているものをほのぼのとさせる。
「そうそう、頭が切れるくせにどこか抜けてんだよなぁ!」
 春菜の言葉に同意して、唐橋は直斗の頭をガシガシと乱暴に撫でる。
「いでっ……いま首が、ごきって言ったんですけど」
 直斗は首をさすり、非難の視線を唐橋に注ぐ。
「いや、悪い悪い。力いれすぎた」
「気をつけてくださいよ。唐橋警部はただでさえ馬鹿力なんですから」
 直斗は笑う唐橋を睨み付ける。春菜は取り繕うように、
「あの、唐橋警部。『けいらい』って御存じですか?」
「けいらい? なんだ、怪談に興味あんのか?」
 唐橋は意外そうに春菜を見つめた。
「か、怪談!? と、とんでもない」
 春菜が否定の声を上げる前に、
「教えてもらえません? その怪談」
 直斗が真剣な表情で唐橋に尋ねた。
「ふむ、なんか重要みたいだな。そんなに大した話じゃなかったんだがな」
「良いから教えてください」
 ――それはこんな内容だった。
 
 昔、仲の良い二人の親子が旅をしていたらしい。
 山道にさしかかったころ、山賊が出て、親が子供だけは助けてくれと言う懇願も聞かずに、子供の首を親の目の前ではねちまった。
 その親も、金品を取られ、殺されたらしいが、死ぬ前に一言。
 《けいらい》って謎の言葉を残して息を引き取ったらしい。
 そして親子を襲った山賊は次々と謎の死を遂げ、全滅……。そこを通った旅人まで謎の死を遂げた。それを恐れた村の連中は、地蔵なんかを置いて清めたらしい。
 で、それ以来、人は死ななくなったが、いまでもその場所は『けいらい道』とよばれて恐れられてるって話だ。
「こんなもんかな」
「……けいらい道か。行ってみる価値はありますね」
 唐橋の言葉を聞き、直斗は頷いて呟く。
「警部、その場所って詳しく分かりますか?」
 胸ポケットから分厚い手帳とペンを取り出し、ペンと手帳を唐橋に渡す。
「ああ、分かるが……まさか行く気か?」
 受け取りながら、気味悪そうに言う。
「ええ、ちょっと仕事が入ってまして」
「……そりゃめずらしい。まあ、書くけどな。せいぜい祟られないようにしろよ」
「警部、その手の話は彼女の目の前では」
 軽口を叩く唐橋に、直斗は困ったようにとなりを指さす。
「た、祟り? ううっ」
 彼の隣では、いまにも泣き出しそうな春菜が座っている。
「いや、スマン。冗談だ冗談」
 唐橋は脂汗を流しながら慌てて弁解する。
「じ、冗談ですか? おろかさないでくらさいよぉ」
 直斗の袖にしがみつき、むくれる。
「春菜さーん。あんまりしがみつかれると、袖が伸びるんですけど」
「ふえ……す、すいません」
 直斗の控えめな声に、慌てて春菜は腕を放す。
「ホレ、これが地図だ。本気で行く気か?」
「ええ、仕事ですからね。えっと、やっぱり松羅山の中か……」
 受け取ったペンのキャップ部分で額を叩き、手帳を見ながらブツブツと呟く。
「ンじゃあ、俺はデートの邪魔みたいだから帰るわな」
「ぶっ! げほげほっ」
 唐橋の軽くいった言葉に、直斗は吹き出し、
「ち、ちょっと待ってくださいッ! そーゆーんじゃ」
「おー、照れるな照れるな。珍しいもんを見た。じゃあ、警察の奴らに言いふらしておくな」
「ま、まってくださ―――――い! 違うんですって!」
 ペンと手帳を投げ出し、慌てて彼の腕をひっつかむ。
「違うのか?」
「違うんですっ! ねえ、春菜さ……」
 春菜の方を振り向き、動きを止める。
 彼女は二人のことには構わず、のんびりと紅茶をすすっていた。
「はい? なんです?」
「いや、べつに、ねえ。警部」
「ああ、別になぁ」
 毒気を抜かれた直斗は、同じ様に毒気を抜かれた唐橋に目をやり、交互に頷く。
「おいしいですねぇ」
 幸せそうに紅茶をすすり、春菜はのほほんと呟いた。


「ここの喫茶店、紅茶とコーヒーは三杯までお代わりできるんですよ」
「そうなんですか? おかわりしよーかなぁ」
 二人は唐橋警部が帰った後も、のんびりと午後のひとときを楽しんでいた。いきなり、春菜の表情が変わるまでは。
「……………」
「春菜さん?」
 春菜の様子が変わったことに気づき、声を掛ける。
「私のことは、春菜って呼んでください。あなたのこと、直斗って呼びますから」
 春菜はそう言いながら、自分の手提げ袋を取り出し、中を探る。青いバックに、熊さんのキーホルダーがついているのが何ともキュートだった。
「え?」
 直斗は突然の春菜の言葉に凝固する。そして、頬がみるみる赤く染まっていった。
 こんな時、想像するのはただ一つ。一応直斗も年頃の男の子なので、妄想をしてしまう。
(そんな、恋人同士じゃないんだから……呼び捨てしろって言われても……困るなぁ)
 そう思いつつも、どこか嬉しかったりする。
 もじもじと俯く彼の目の前に、英語の教科書とノートがおかれた。
「え?」
 直斗は先ほどと同じようで、意味の違う言葉を漏らす。
「いまから私達は恋人同士です。勉強を教え合ったりする仲です。
 そう言うわけで、私に勉強を教えてください」
 春菜はそう告げて、教科書とノートを開き、英語を書き込み始める。
「こ、恋人同士? ………これは」
 最初は顔を赤らめていたが、ノートに書き込まれた文字を見て、真剣な表情になり無言で頷く。
《隣にいる外人さんが、スペイン語で山に宝があるって言い合ってる》
 春菜も頷き、教えを請うようにノートを差し出す。
 中身は全て英語。他の人が見ても、何が書いてあるかなかなか分からない。
 ちなみに直斗が読めることは確認済み。
《もうちょっと聞いてて、春菜》
 直斗は微笑んで春菜に新たに書き込んだノートを渡す。
「ありがとう。分かりやすくて助かるわ」
 勉強を教えてもらっているように、ノートを受け取りつつ春菜は振る舞う。
 周りの人には、仲の良い恋人同士にしか見えない。
《山の中の詳しい場所までは分からないって言ってるわ。でも、宝がどうとか言ってる》
《宝?》
《うん。「遺産」じゃなくて、宝って》
《……分かった》
「春菜、じゃあそろそろ行こうか?」
 ごく自然に、直斗は切り出す。春菜はノートをしまいながら、
「ええ」
 微笑んで立ち上がった。そして、直斗と腕を組んで歩いていく。ちなみに、お金は前払い。
 平静を装っていた直斗だったが、心中穏やかではない。
 彼女が体を密着させる度に、心臓がバクバクなって春菜に聞き取られないかどうかいちいち気を揉まなければならなかった。
「恥ずかしいけど……なんか楽しいです。恋人同士の気分が味わえて」
 春菜は、直斗とは違って足取りも軽く、楽しそうに歩いていた。

  

 

 

 Back  表紙  TOP  Next



Kamihara detective office

 

 

 

 

 

 

 

 

inserted by FC2 system