九章/足手まといは要らない

 

 

 

  


 (たくみ)。という言葉がある。
 普通の人間にはなしえないような繊細、もしくは超絶技巧を施す職人達を呼ぶ。
 しかしその人間離れした人達はやはり人間であって。勇者候補とは違う。
 例えば。その技巧を生かした走行中、魔物が横合いから来たらどうなるだろう。
 匠といえども動揺し手元が狂う。
「……行っちゃった」 
 今までで二番目くらい最悪な状況下に座り込んだまま自分の先を行く(わだち)の音を聞いていた。
 

 事の発端は気のゆるみとしか言いようがない。
 並走する馬車は平穏にしばらくは走り続けた。
 ほぼ全ての驚異は散らしたと思っていた事が問題だった。併走したままの馬車内。
 緊張の反動で安堵の空気が満ちていた。
「カリンちゃんかわいいぃ」
「アニスさん放して下さい絞めないで下さい」
 がっちり掴まれたまま頬ずりされて、私は言い慣れてきた言葉を羅列する。
「照れちゃってもうっ、そんな控えめなところも好き」
 何を言っても逆効果なのは知っているが、腕力自体からして叶わない為抵抗は言葉でしかできない。
「アニス。カリン嫌がってるから」
「やだっ、マインも可愛いから焼きもち焼かないの!」
 標的が変わって解放される。
「違うったら、可愛くなくて良いーーー。焼きもち違う!」
 じたばた暴れる生贄A。なむなむ。心の中で思わず合掌。
「マインちゃんったら照れちゃって。うふふ」
 呼吸困難でも照れるにくわえる彼女の前ではマインの悲鳴もささやかな風だ。
 床すら砕くマインでも流石にアニスさんに本気を出す訳にも行かないのか、されるがままになっている。
 むしろグッタリしていて力尽きそうでもある。アニスさん強し。
 小さく笑おうとした私の意識がそこで掠れたように途切れた。
 がぐっ、と身体が振り飛ばされたことだけは覚えている。
 しばしの暗闇。次に身体の痛みが襲った。天井が斜めに傾いて見える。
 どうも吹きとばされたらしい。痛みはほぼ逆さまになった無理な体勢(であろう事が予測される)のせいか。
 首を捻らないように注意して出来るだけ素早く転がり起きる。まず疑問。何がどうなってこうなった。
「か、かりんひゃま。らいりょぶれふか?」
 私より数段大丈夫じゃ無さそうな呂律の回らない呻きが横で聞こえた。
 白い法衣を確認。絶対シャイスさんだ。今度は潰していない。
 けれど器用にナップザップに潰されている。どうあっても地に伏す運命にあるらしい。
「何とか。打ち所が良くて助かりました」
 クラクラするのはいきなり吹っ飛ばされたのと逆さまになって頭に血が上った為だ。
「一体何事ですか!? アニスさんプラチナ!」
 振り向くと開いた扉が揺れていた。
 ……あれ? 開いた?
 確かアニスさんに扉は破壊されていた気が。
『カリンちゃん大丈夫〜〜〜!?』
 何故か遙か遠くからアニスさんの声が聞こえた。
 蹄の音と車輪が軋む響きに合わせて獣の唸りが風に乗って鼓膜に入る。
「えぇぇぇぇ!? なに、何事ですッ!?」  
 急いで扉を大きく開き、音の聞こえた方を向く。
「お姉さん達頑張るから。アベルちゃん、カリンちゃんとシャイス宜しくね!」
 壊れた扉≠フ向こうからアニスさんが両手を合わせて苦笑いしていた。
「嫌だ」
 即否定しなくても。
『…………』
 沈黙が室内を満たす。
「何でアベルがここに居るんですか」
「お前達と一緒に狭い馬車内からアニスに押し出された」
 押し、出された。確かにここはどう見ても今までの馬車より少し広く、綺麗で。
 あ、あれ。そう言えば!
「マ、マイン。マインは何処です!? マイーーーン!!」
『カリーーーン』
 ってそっちですか!
 突っ込みたくても声が遠くへ行ってしまう。行かないで下さいーーー。
『今からそっ…』
 飛び降りてこちらに向かうという自殺行為はプラチナとアニスさんの二人によって取り押さえられた。
 ホントにプラチナまであっちにいる。
 ええと。唸り声からすると襲撃? 
『カリンちゃん。囮になってちょっとフラフラしてくるからゆっくり来てねー』
 そんな軽く言わないで下さいアニスさん! 司令塔のプラチナ魔物の中に入れたままは駄目ですから!!
 心の叫びは唇から出ず。ガタガタと轍の音は遠くに消えていった。
 さっきと同じ面々で黙す。いや、マイン居ないけれど。
 …………もしかして。
 もしかしなくても。来たときより状況悪くなってないですか!?
 横には不機嫌そうなアベルと、グッタリ疲れ果てているシャイスさん。
 特にアベルとは密室は自殺行為だ。刃傷沙汰だ。
 僅かにでもブレーキとなっていたマインが居なくなった。
 魔物と先行きと隣の事を気にしながら私は頭を抱えた。
  


 

 

 

 

 

 

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