九章/足手まといは要らない

 

 

 

  


 腕の力が緩んだ一瞬の隙をついて抜け出し、空気を吸い込む。
「げほっがほっ。な、なんでアニスさんがここに!?」
 脱出が一歩遅ければ地に伏せていた。噎せ込みながら尋ねる。
「やだぁ。カリンちゃん照れちゃって、可愛いっ」
 更に抱きつこうとする腕をかわす。
「じゃないです! 可愛くなくて良いですから理由を! 何でここに居るんですか!?」
「理由? ただ単に馬車が近くにあったから。つい乗り込んじゃった。
 今更だけど男だらけでカリンちゃん一人なんて不安要素ぷんぷんじゃない?」
 本当に今更な。というよりもそれだけで扉を破って来ないで下さい。
「怖かったでしょ。もう大丈夫、ケダモノな男達から避難しましょうね」
 ケダモノ。獣。魔物。連想ゲームのように現在の状況を思い出す。
「それより、魔物の方が大変ですよ!」
「そんなものもあったわねぇ」
 頬に手を当て、楽観的な返答。釣られて気が抜けそうになる。
「あったわね、じゃなくてまだ来てます! 囲まれてますっ」
「そうそう。凄いわよね、楽勝なんていってたのにこうもあっさり囲まれて大ピンチ! 情報筒抜けって感じね」
「筒抜け?」
 拍手でもしそうな位楽しそうに言うアニスさんに、思わず尋ね返す。どういう意味だろう。
「残念ですけど、今回のような不意打ちは珍しくないそうです。魔物側にその、密告とかします方々もいらっしゃいますので。
 というかこれ本気で重いんですがカリン様」
 ようやく起きたシャイスさんはお腹の上にのせておいたナップザックを脇にずらし、ぜいぜい息を切らす。
「そのリスクを分かっていながら何故脅える」
「だって、知ってても怖いですよ! 魔物に囲まれるのは」
 冷たいアベルの声に首を振るシャイスさん。ここはなだめるべき場所だけれど、私は他にすることがある。
「シャイスさん」
「はい?」
 強張った声に気が付かないのか、不思議そうに首を傾ける彼。
 前もってそう言うことを知っておけばここまで私も驚かなかったし、心の準備にもなった。
 それを、それなのに!
「ど、う、し、て、そう言う事を前もって教えてくれないんですか!?」
「ひぃぃっ。わっ、忘れてましたっ」
 微かな怒りをようやく感じ取ったのか、シャイスさんが壁際に張り付く。
「心配するなら心配するでそう言う事はきっちり伝えてくれるのが優しさですよね。そうですよね」
 今頃張り付いても遅い。つかつか歩み寄り、彼の襟元を揺さぶった。
「カ、カリン様。絞まる。絞まってます」
 じたばた暴れるシャイスさん。仕方がないので手を放すと、地面に落ちて頭を抑えた。
「追及は、帰ってからするとして! アニスさんこれって別働隊……目的の場所のグループとは別物でしょうか」
「うーんどうかしら。元々の目標、そうだとしたら困ったことになるわね」
 それはどうして、と聞きかけて、理解する。自分の放った恐ろしい一言を。
 元々の目標は小規模だったはず=実は話自体出任せで大規模な罠。もしくは他にも囲み役が存在する。
「いえ、違います。違いますよね! というか違うほうが良いですッ」
 勇者候補が何人側にいたとしても、そんな恐ろしいことはゴメンだ。
「ああ、それは違うだろう。狼ではなく爬虫類のような類だと聞いた」
 開いた……ではなく、壊れた扉の向こうから、聞き慣れた声が肯定の言葉を発してくれた。
 良かった、助かった。安堵混じりに疑問がわき起こる。
「あ、えっとプラチナ。何時からそこに」
 彼女は壊れた扉の一歩外にいる。向こうは外では無かっただろうか。
 しかも現在疾走状態だ。
「アニスが来たときと同じ頃合いに、それからずっとだ」
 淡々としたお答えが頂けた。
「いえ、それも聞きたかったんですけど、そちらは、外ですよね」
「そうだな」
「プラチナ、空中浮遊も出来たんですか!?」
「出来るか馬鹿者。そちらの馬車につけて走っているだけだ」
 素朴な疑問は一蹴される。うう、馬鹿とまで言わなくても。
 簡単に言うけれど、同じ速度で走り続けるってかなり難しいだろう。御者さん、さすがはプロ。
「と言うことはぁ、別の奴らに目をつけられたかチクられたかのどっちかよね」
 のんびりと呟くアニスさん。
「もう居ないみたいだけど、これが終わってもまた戦場よカリンちゃん」
 柔らかな微笑みが今まで味わった地獄のスパルタを思い起こさせ、寒気がした。


 

 

 

 

 

 

inserted by FC2 system