九章/足手まといは要らない

 

 

 

  


 隣には最強の勇者候補。零れ落とされた平凡な身には余りすぎる幸運と言えばいいのか。
 うっかり間違えて召還されたあげく問題勇者を任された 己の不運を呪うべきか。矢の飛び交う中窪地にしゃがみ込み、私は悩んでいた。
 現実逃避とも言うし、出ようにも出られない状況とも言う。側には折れた槍やはじき飛ばされた矢が見える。
 あと、横にある茂みの中で涙目のシャイスさんが私に手を振っていた。って、手を振らないで下さい。
 折角白い法衣を泥で塗ってあげたのに目立ってしまう。
 一応足下に落ちていた剣を握って、構えているがほとんど諦めの境地だ。
「……歯が立たないだろうし」
 ポツリと溜息を漏らす。
 茂みでシャイスさんはカタカタ震えている。小動物みたいで可哀想だ。せめて逃げて逃げ切ろう。
 好機を逃せば私達の負け。そして、上手く空気を掴めば、怪我を負う事もない……と指南書に書いてあったが、信じるしかない。
「いい加減出て良いか」
「まだダメです。プラチナ達が来たら隙が出来るからその時に飛び込んだ方が楽になります」
 腕を絡ませられたまま地面に押し付けられる格好で大変不満そうにアベルが呟く。大層不機嫌のようだ。
 確かにアベルは強い。強いけど。私達は間違いなく弱い。彼に注目が浴び、仕掛けられた攻撃に当たって……
 という展開もあり得るので、彼の手を放す隙をうかがっている。暴れる、放せ。と文句を言っていたアベルも私の『だったら死ぬ気で止めます。血まみれになっても縋りついてますから』と精一杯の静止の声に動きを止めてくれた。
 馬車でも異常に血を拭っていた事が引っかかっていたが、服が血にまみれるのは嫌らしい。
 文字通り身体を削った説得だったけれど、一応何とかなったので良しとしよう。血より『剥がれ無いように縫い合わせますか』といったのも効いたのだろうか。
 丁寧な縫いは出来ないが頑丈かつ素早い縫いつけは出来る。My裁縫箱もあるので命がけの重しにはなれる。と伝えたら顔が微妙に引きつっていた。
 ……何で私は勇者候補を止めるのに命賭けているんだろう。止めないなら止めないで命に関わるのだけれど。
 何となく振り回されてる気がして腹立たしい。
「来たぞ」
 固まっていた爬虫類集団がばらけはじめ、遠くから火花のような光が弾ける。
 火炎系。他に勇者候補の人が来ていないのなら、アニスさんだ。
「もうちょっと。あと少しで中央に空間が出来ます」
 藻掻こうとする腕を押さえつつ、静かに呟く。すぐにでも暴れたいらしいが、こちらの都合も考えて欲しい。
 目指すは一点突破。分断する形であの人外攻撃を叩き込まれれば嫌でも相手側は混乱する。
 その隙を見てシャイスさんを連れ、逃げて逃げて逃げ延びるしか手はない。
 戦う、冗談じゃない。生きた凶器軍団相手に魔法の一つも使えない(文字通り炎も出せない)私にどうしろと。
 出来るのは援護程度でそれ以上は無理。後は逃げの一手。
 心の中で人の字を書くイメージを作り、それを飲み込む感覚を感じる。落ち着け私。
 獣王族より怖くない。そう、怖くないから震えたらダメだ。アレは着ぐるみ良くできた特殊メイク!
 頑張れ音梨果林。明日の朝日を見る為に!
 少しずつ近づいてくるその時に向けて、自分を励まし続ける。
 恐怖で身体が動かなくなれば逃げる事も出来ない。
「怖いのか」
 微かに聞こえた酷く落ち着いた声に多少カチンと来つつ、
「人間ですから。生きてる証拠です」
 言葉を吐き出す。痛いのも怖いのも全部生物としては当たり前。特に自分より強い生き物の前で震えが来るのは当然だ。
「血が出るのも、死ぬのもその証拠だな」
 底意地の悪い返しに思わず噛み付きたくなる。でも我慢だ。ここで大きな音を立ててしまえば今までの沈黙が水の泡。
「分かってます。だから、貴方には助けを期待しません」
 怒鳴る代わりに唇を噛んで呻いた。きっと彼は邪魔な物は切り捨てる。
 この世界に来て言われた台詞が脳裏をよぎる。勇者候補、そして私達は、駒。使えないなら助けはしない。
「カリン様。そのような……」
 反論しようとするシャイスさんにも迷いの色。シャイスさんは私よりも長くこの世界にいる。
 この世の法則を知っている。なら、反論は出来ない。
 ぜんぶ、ほんとだから。
「次に爆発が起きたら、好きなだけ暴れて下さい。後は自分たちでどうにかします」
 アベルは命令には従わない。だったら好きなようにさせてしまえばいい。攻撃がこちらまで当たる可能性がゼロとは言えないのが恐ろしいところだけれど、今すぐ暴れられるよりよっぽどマシだ。
 合図代わりの爆発は十秒も経たずに弾けた。被弾したせいか、それとも遠くに飛ばしたのか音は余りしなかった。
 藪の中に身を潜めていたシャイスさんの腕を掴み、大きく横に飛び、転がる。私の身体を覆い隠していた枝葉は綺麗に切り刻まれ、地面と同化している。
 爆音の比ではない地鳴りと魔物の悲鳴。早すぎて目視すら出来なかったが、アレはやはりアベルらしい。
「カ、カリン様どうしましょう」
「逃げます」
 おろおろ辺りを見回す泥だらけのシャイスさんにキッパリと告げる。
「で、でも。戦って勝つとか前仰ってますよね。生き延びるとか」
 何故か慌てたように彼は口早に私が前言った台詞を引っ張り出す。
 そんな事も言ったが、プライドだけで生き残れる程甘くはない。にこ、と微笑みかける。
「それは志の問題です。良いですか、平凡な私達があんな魔物の中に入り込んで生きて帰れると思いますか!?
 後、絶対邪魔にしかならないので隅の方に行きましょう。安全なところに行きますよ、重いので立って下さい」
「いえ、その。普通ですけどそうですけどななにかお役に……立ちたいとか」
「立てません。炎を爆発させたり素手で石を切り刻む人達の役に立てるなんて思うだけ無駄です」
「けど……私も――て、カ、カリン様苦しい」
 まだごにょごにょと煮え切らない態度を続けるシャイスさんの説得も面倒になり、首根っこを掴んで歩き出す。
 何時魔物が現れてもおかしくない場所だ。これ以上押し問答を続けると命に関わる。
 歩けます。自分で歩きますから! と非難の声が聞こえたが私は構わず安全な場所を求めて戦地を歩いた。

 

 

 

 

 

 

 

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