九章/足手まといは要らない

 

 

 

  


 空は青く澄み渡り。
「いやーーー!?」
「鱗飛んでます鱗ッ!」
 私達の声は響き渡る。
 プラチナ達とも合流した。無事目的地にもたどり着いた。
 けれど、けれどけれど!
 飛び散る鱗(爬虫類だけに)。硬い鱗に並の剣は効かない為か、飛び交う槍。
 冗談ではなく矢のように槍が飛んでいる戦場をどう見れば激戦地ではないと言い切れるのだろう。
 動かない馬車の中、シャイスさんと二人で抱き合った(固まった)まま、外を見る。
 離れろと蹴り飛ばす気力も出ない。折角みんなと合流したのに、何でまた私はアベルと一緒なのだろう。
 アベル、シャイスさん、私。またこの三人。呪われているのか。
 色々と突き立ったのか、ドスドスと現実的な音を立てて馬車が揺れる。
 『それではこれで』と馬と共に爽やかな笑顔をまき散らし、前もって用意してあったらしい安全地帯へ向かう御者さんと同化していけば良かったと後悔した。
 いや、呪うべきなのはこの組み合わせを指定したプラチナなんだろう。
「そろそろ車体から出ないと。くし刺しになるな」
 今まで黙していたアベルが呟いたとたん。みしりと壁が軋みを上げ、眼前を棒状のモノが横切って隣の壁に突き刺さった。
 声にならない悲鳴を二人で漏らし、ナップザックを抱え、涙目のシャイスさんと平然としたアベルと共に。
 多分この世とは思えないだろう戦場に這いずり出た。

 

 プラチナ達が乗った馬車に、二頭の馬を飛ばした私達が追いついたのは随分経ってからだった。
 術を使ったからと言っても早すぎる。その時点で人間としてどうなのだとは思うが。
 柔らかな地面に車輪を取られたのか、車体がずれている。一瞥しただけで斜めになっている事が明白なので中は恐ろしい事になっているに違いない。
 アベルの非人間さと馬車の状態を指摘する前に、真っ白になった私の思考はとりあえずフォローを出した。
「ど、独創的な。ペイントですね。赤とかが」
 白い幌がデタラメに赤く染まり、飛沫が跳ね。そして方々に何かが散らばっている。
「終わった。遅い」
 器用に幌の中央へどっかと座り、かすり傷も無く返り血も浴びずに、アベルが憮然と呻いた。
「カ、カリンちゃん。あの、これどういうことかしら」
 アニスさんが戸惑いがちに馬車から顔を出して尋ねてくる。
「いえ、どうもこうも。私が聞きたいくらいの惨状ですし。いや、言わなくて良いです」
 絶対確実に夢に出たらうなされるような事が起こったに違いない。
「馬車全体魔物がくっついてどうにもこうにも身動き取れなかった上に車輪がずれちゃって。
 あーもうこりゃダメだわぁ、って思ってたら気が付くとこうなってたのよ〜」
 言わなくて良いと言っているのに、わざわざ説明してくれるアニスさん。
「終わった遅い、じゃなくて追いつける訳無いじゃないですか、存在行動無茶ですあり得ないです!!」
「助けに行けと言ったのはそっちだ」
 言いましたけど。言いましたけど。
「嘘ッ!? アベルちゃんにそんな事を!? プラチナーーーープラチナーーーー!?」
 何故か真っ青になって馬車に顔を向けるアニスさん。
「騒々しいぞ。魔物に襲われて車体が倒れた程度で慌てるな」
 落ち着き払った声が中で聞こえた。流石プラチナ。この程度ではびくともしない。
「そんな事言って斜めになった馬車から出られなかった癖に。こ、の、照れ屋さん!」
 出られなかったんですか。意外です。
 ビー玉を転がしてスルスル転がるどころではなく跳ね回って返ってきそうな状態だから、私は中に取り残されたらはい上がれる気がしない。
 にしても、プラチナは一応人間らしくてホッとした。アベルやマインと同じようにみんながみんな運動能力が人外ではないらしい。
「アベル、出してあげないんですか」
「自力で出ればいい」
 それが出来ないからずっとああしているのではとも思ったけれど、言って分かるアベルではない。
「缶…」
 言う前にプラチナが宙を舞っていた。
「プラチナ様ーーー!?」
 シャイスさんが悲鳴を上げる。私はと言えばあまりの事に悲鳴も上がらない。
 軽く、「ん」と声を発し、アベルはプラチナの腰を抱えて地面に下ろした。
 空中で彼女の腰を掴んだのか。出したは出したけれど。
「無茶苦茶過ぎです。女の人はもう少し丁重に扱って下さい!」
「出した」
「結果ではなく過程です。出したというか、投げましたよね今!
 投げるのが好きなのはマインだけで充分ですッ」
「カリン酷いよー。投げるのが好きじゃなくて訓練が好きなだけだし、最近やってないし」
 ひょこっと破れた幌の天井部分からマインが顔を出した。
 頬を膨らませての抗議を睨み付けつつ撃ち落とす。
「この間されました。天井で頭打ちかけました」
「……つい?」
 可愛く小首を傾げる。しかし、可愛い天使の笑顔で騙されたりはしない。
 ついうっかりで潰れた果実のようになるなんて嫌すぎる。
「トマト」
 ぽつ、とアベルが言葉を落とした。
「とまと?」
 突拍子もない単語にマインも首を傾ける。後ろの方にいたプラチナも同じような顔をしていた。
 あ、マズイ。
「もう、缶詰缶詰って飢えすぎです。ちゃんと渡してありますし、大体、そのまま囓るんですか。
 調理して貰う方がぐぅぅっと美味しくなるんですよ。晩ご飯まで我慢して下さい」
 わざと声を張り上げて、プラチナの瞳を見つめ。アベルに言い聞かせるように言葉を紡ぐ。
 トマトの缶詰は本当にある。しかし、偶然たまたまプラチナの手元に、などという幸運は存在しない。
 嘘も方便、あと女は度胸。貫き通します嘘八百。
「ですよね、プラチナ!!」
「ああ」
 眼で「同意して下さい」と気持ちを込めると彼女は慌てて頷いた。
「……実はないのか」
 疑惑の眼差しをアベルに向けられてふるふる首を横に振る。
「晩まで時間がないのにそんな身に危険が及ぶ嘘はつきません」
 現在トマトの缶詰はコックさんの手元で出番を待っている事だろう。晩には出てくる。
 うん、多少曲解的だとしても私は嘘をついていない。
「それでどうしたのだアニス。そんなに騒いで」
「聞いてよプラチナ。アベルがカリンちゃんに言われてここまで来たらしいのよ。これって奇跡?」
「どんな仲間思いなんですか。絶対助けに来ない事確定されてますけど」
「……ふつうは助けない」
 助けないんだ。やっぱり食べ物で釣っていなければ今頃さっさと見捨てていたに違いない。
 恐ろしい程に潔いと言うか、無情というか。
「そうか。誰が言っても聞かないアベルを。なら、手綱を任せてみるか」
 どうしてだろうか、考え込む姿が視界に入るたび嫌な予感が増す。
「ごめんなさい。プラチナなにか悪寒が。変な事考えてません!?」
「アベルの扱いは難しくてな。この間も勝手に一人で消えた事もある。
 次の組み分けはどうするか悩んでいたのだが、これで決まりだ。良し、カリン、アベルと組め」
 氷山が脳天に落ちたような衝撃。精神的なダメージとはこういう事を言うのだろうか。
「イエ。それは謹んで遠慮させて頂きます」
 丁重に辞退する。勇者候補の面々が手に負えない人物を、どうして私が。民間人なのにここまで連れてこられた女子中学生の手に負えると。
「そう遠慮するな。腕は文句なく保証する。ある意味もっとも安全だ」
 そしてある意味もっとも危ないのでは無かろうか。幾ら素質が凄くても、手綱が上手く取れなければ下手をすると暴れ馬だ。
 私は手綱を握り続ける自信が無い。
「アニスさんさっき奇跡とか言ったじゃないですか。奇跡は簡単に起きたり、ましてやたびたび起こるものじゃないから奇跡とか言いません?
 本当に奇跡だったら、もう次は無いって事ですよねッ」
 真面目な話本当に後がないんですが。彼が続けて食べ物で釣られてくれるとは思えない。
「それを確かめる為の組み合わせだ。シャイス、アベル、カリン。この三人でな」
 こちらの心の中はどうでも良いとばかりにプラチナが告げてきた。
「シャイスさんもですか!? そんな横暴です。せめてもう一人回して下さい!」
 私の必死の抗議に、うっすらとプラチナの口元がつり上がる。
「命令だ。撤回はしない。お前に付いていくと決めたシャイスの言葉を尊重しただけだ。
 現地に着く前に分かれる事にする。結果を楽しみにしている、カリン」
 メイレイ。金剛石より固いその言葉に固まる私の肩を、彼女が軽く叩いて車体を立て直した馬車に乗り込む。
 銀色の長い三つ編みが笑うように揺れていた。
 
 ここに来て。私は更なる淵に立たされた。
 今度踏み出す先は絶壁かそれとも地上か。援軍を増やしに来たのに、悪化するとは、どうなってるんだろう私の運。
 かくして、戦場に向かう道すがら、かなり不安なデコボコトリオが誕生した。
 

 

 

 

 

 

 

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