八章/選択肢というもの

 

 

 

  

 
 誰かに呼ばれた気がして重たい目蓋が持ち上がる。微睡みの誘惑は強烈で、開こうとしたのにすぐに開き掛けた瞳は閉じられる。
『カリン様』
 答えようと口を開いても「ふぁ」と間の抜けたと息が漏れるだけ。
 何だか暖かく、この心地良い微睡みを手放したくない。
「カリン様。起きて下さいこんな場所で寝ると風邪引きますよ」
 体が控えめに左右に揺れる。
 こんな場所?
「あ、しゃいふ。いえっとシャイスさんどうかしました?」
 ふらふらと貧血気味のような意識を無理矢理立たせ、平たく硬いベッドらしき物にくっつきそうな顔を引きはがす。
 うー。顔に跡が残ってないかな。
「どうかもなにも。起きられますか」
 顔を上げたと言っても、また寝ようと思えばすぐ寝られる。それを危惧してなのか、彼が心配そうに尋ねた。
「起きますけど、こんな夜中に尋ねるときはノック位して下さいよ」
 礼儀正しいシャイスさんからノックもないとは緊急の訓練か何か入ったのだろうか。
 目を擦ろうとして止める。頬に寝たときの跡がついてるなら、赤目になればさらに面白い顔になってしまうだろう。起き抜けにピエロ扱いは嫌だ。
「……カリン様もしかして寝ぼけてますか」
「そりゃあそうですよ。今まで眠ってたんですから」
 昨夜遅くまで起きてた為、呂律があんまり回らない。意識もちょっと朦朧として頭痛が少しだけある。
「あらシャイス。おはよう、早いのね。でも朝一にここに来るなんて」
 緩やかな曲線を描く金髪をなびかせ、アニスさんが視界に入ってくる。
 相変わらず露出の多いことは、素肌のままの腕を見れば分かる。
 あれ、もう朝だったんだ。
 それに何だか妙に視界が狭くて、低い。頭も重い。体中も重い。風邪?
「カリンちゃん。やだそんなところで寝てたの!?」
そんなところ? さっきからこんなとかそんなとか凄い言われ様だ。でもおかしい、私にあてがわれた部屋は一応部屋の形は取っていて、トビラもあり。石作りの暗い場所。
 少々離れたアニスさんの顔が見えるほど明るくも、一面硝子張りの様な開放的な空間でもなかった。
 首を傾げて考えて。辺りを見回す。
 バサバサと頭から布団代わりに被っていた物体があちこちに散乱する。
「ほん……」
アニスさんとシャイスさんの顔を交互に見回し、手元の開いた本を見つめる。
 もしやこれは。
「カリンちゃん根詰めすぎたら駄目よ」
「済みません。夜中見回っておけばよかったですね」
 口々に漏らす二人の様子で不安は確信へと変わる。
 ばっと身体を跳ね上げて、辺りを見回す。ぱら、と色々な物が周囲に散らばった。
 辺りを見回せば、本本本本本本、本の山。私がうつ伏せていた周りには自ら作ったらしき本の壁。 
 勉強したまま眠ってしまったらしい。よだれは垂れていないけれど恥ずかしい! すっごく恥ずかしい。
 何冊も本を頭にのっけていればズッシリもくるはずだし、体中にものせていたんだから身体が重いのも納得。
 あああ。思い出した。こっちの世界に来たからにはもうやるだけやろうと本をありったけ取り出して覚え始めたのは良いけど、途中で難しい言語に当たって――後は覚えてない。
 本が難しいから寝るなんて。受験前の学生のような失敗をやらかしてしまった。
 ふと身体が余り冷えていないことに気が付く。まだまだ冷えるこの世界でうたた寝すれば風邪を引いてもおかしくはないけれど、肩口が妙に温かい。
 違和感のある肩に手を伸ばし、それを取り上げる。
 上着を纏っているにもかかわらず、冷気が肌を刺した。寒い。
 少しだけ重みのある布は、薄い夕焼け色の厚手の毛布だった。
 二人を見る。シャイスさんもアニスさんも首を横に振る。マインだと問答無用でたたき起こされそうだし、プラチナもそうだろう。
 ダズウィンさんは昨日から居ないらしい。
 となると残るは一人。
 でも、まさか、ね。そんなはずある訳がない。
 だって私は彼には嫌われているはずなのだから。
 また寒さが増した気がして、所有者不明の毛布を肩にかける。ぬくもりと疑問が交差して、私は妙にいたたまれない気分になった。
 

 

 

 

 

 

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