六章/切れないゆびきり

 

 

 

  

 慣れているのか顔色の一つも変えず、フレイさんは地面に積み重なった骨を拾い上げ、途中で諦めたのか一カ所にかき集めるだけで座る場所を確保する。
「骨棚が見事にグシャグシャですね」
 空恐ろしい光景の中で穏やかに微笑むフレイさん。
「骨棚」
 なんともいえないネーミングにぽつりと声が漏れた。
「はい、本来は他にも載せてたんですけど、分類していたらこの棚が骨だらけになっちゃいまして」
「分厚い本がたくさん入りそうな棚ですよね」
「もっと小規模で済むかと思ったんですが、種別ごとに集めてたら幅取りましてねぇ。
 いつの間にか周りの方達が骨棚としか呼ばないんですよ。剥製もあるのに、心外です」
 フレイさんには悪いが、他の人達に賛成。骨棚で合ってると思います。とは言わずに曖昧に微笑んでみせる。周りは良く見ない。
 骨の軍団をもう見たくないからだ。
「組み上げるの大変なんですよ。また組み直さないと」
「元に戻せるんですか?」
「ええ。番号がちゃんと振ってありますから。量が多いので何日かかるかは知れませんが」
 骨よりも白い爪楊枝に見える破片を眺める。
 確かに番号らしい記述があった。何とか読めるかも、と目をこらす。
『涼しい風のヒカリ』
 ……よく分からない詩の一部のようなモノが青いインクで書かれていた。
「このほねの足にあたります」
 フレイさんはよどみなく答えてくる。少し大きめの破片に視線を落とす。
『白き静寂』
 書かれていることは書かれているが、やはりワケが分からない。
「あ、それはこの大きな頭蓋骨の牙ですね」
 書いた本人は分かっているらしい。暗号のようなモノかも知れない。それともわざとか。
「深くは聞きません。聞きたくありません。告げないで良いです、勝手に想像します」
 深く考えると深みにはまりそうなのでかぶりを振って聞かないことにする。
 フレイさんの遊び心という線も考えられる為、もう聞くのはよそう。
 すこし考えるような素振りをして、ふっと彼が息をつく。多分ガッカリしたんだろう。
「つまりません」
 明らかに何かしたかったらしい。良かった聞かなくて。
 変なちょっかいをかけられるまえに話題を探そうと反対側の棚に視線を向ける。
 透明な瓶が幾つも並んでいた。ラベルには……まだ覚えていない言語なので私には分からない。
「薬瓶、ですよね」
 分からない瓶を手に取る。ひやりとした感触。別に危険な感じはしない。
 軽く揺らすと、乾燥しているのかぱさぱさと乾いた音がした。
「余り強く揺らさないで下さいね。割れちゃいますから」
「あ、はい。開けても大丈夫ですか」
「毒はないので良いですよ。そっとお願いします」
 少し引っかかる言葉は聞き流し、きつくはまったコルクの栓を抜き取る。
 爽やかな草の香り。嗅いだことがあるハッカ系のクールな。
「ミント……?」
「そちらの世界にもあるんですか」
「た、多分」
 全く同じモノなのか、少しだけ違うモノなのかはハーブに詳しいと言えない私には判断が付かない。
「これはカリン様をお呼びする際に使った草です。これがなかなか手に入らなくて」
「じゃあ、失礼して」
 促される形で奥の方に置かれていた大きめの瓶を取り出す。かぱ、と軽い音がして蓋が外れた。何重にもなっていた紙を取り除き、葉の一枚を見つめる。
 この匂いは微かだけれど覚えがある。そしてこの形は――
「月桂樹」
 ローレルとか言うスープとかに入れるアレだ。見慣れない草も幾つかあったけれど、私の居た世界と同じ草木が生えているとは驚きだ。
 外を探せばもっと類似点が見つかるかも知れない。
「手に入らないんですか?」
 私の居た所では手頃な値段で手に入る品々だ。月桂樹は木の葉だから、一度生えればそれなりの収穫はあるはずなのに。
「植物が育たないんですよね。火事とか、火事とか、火事とか、ありましたから」
「火事しかないですね」
「火付けはしてないんですけど、炎を口から出す方も魔物の方にはいらっしゃいますからね」
 困ったモノです商売あがったりですよ。笑うフレイさん。
 笑えない。魔物の中には炎を出すものも居るなんて、凄く笑えない。
「高値と言えば砂糖や香辛料。塩も手に入らないんですよね。儀式にも多少は入り用ですけど、食事に変化がない原因はそんなところです」
 砂糖がないって事は、甘いモノも無いのか。まあ、雑草や芋や豆だけ生活で薄々感づいていたけれど。
「あの、カリン様。その……この部屋はいろいろありますから出ませんか」
 軽く袖を引き、視線を少しずらしてシャイスさんが言ってくる。確かに骨だらけのここは居心地が良いとは言えない。
「どうしましたシャイス〜。顔色悪いですよ」
「いえ、その」
 いつものように楽しそうなフレイさんの言葉にしどろもどろに呻いて、シャイスさんは俯いてしまった。
 どうしたんだろう。
「そだね、カリン別の所行こう!」
 また尋ねる前にマインに背中を押されて尋ね損ねてしまった。
 理由が聞きたいのに! 何かシャイスさんが言いたそうなのに聞けてない!
 ……私ってやっぱり優柔不断なのかな。それも尋ねることも出来ず、引きずられていく身体。
 どんどん遠ざかる部屋を眺め、マインの強引さの矯正も必要だと再確認した。


 

 

 

 

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