六章/切れないゆびきり

 

 

 

  

 半死半生を味わって、意識を取り戻すとアニスさんは部屋へ戻っていったと聞かされた。
「死ぬかと思いました」
 肩にかけ直されていたケープを羽織り直し、冷たい空気を吸い込む。
「うん、ちょっと危なかった」
 残っていてくれたマインが天使に負けない笑顔をくれる。
「アニスさんみたいに微笑まないで下さい。私のトラウマが増えます」
 胃が痛い。アニスさんの死のスパルタを思い出して身体が震える。武者震いなどではなく、恐怖の方で。
「ねえねえ、カリンは何みたい。時間は限られてるから外は無理だけど、出来るだけ希望の所へ連れて行ってあげるね」
「ありがとうございます」
 張り切って拳を固める姿を見ていると、茶目っ気を出して『じゃあ火薬庫』とか言ったら本当に連れて行きそうに思える。
 絶対行く。言うのは止めよう。
「無いの、無いの〜?」
 ちょろちょろと懐いた子犬のようにまとわりつく。
「えっと」
 無視して歩き出したらあっという間にからまりそうで、棒立ちになったまま首を傾ける。
「何でもどうぞ。希望とか希望とか希望とか!」
 大きな焦げ茶色の瞳が輝いている。
「希望しかないじゃないですか。じ、じゃあ言うだけ言うってのなら、我が侭を」
 どちらかというと逆にかなえて上げたい気分です。
「うんうん。言って」
 柔らかそうな肌をつつきたい衝動を押さえ込みつつ、微笑み返す。
「星空」
 最初に考えた一つの我が侭。来た頃と変わらない願いは夜空を見ること。
 もう星座の違いで世界の違いを知りたいなんて事ではなく、純粋にこの世界の夜空を見たかった。
「えっ、それって夜に出るんだよね」
 彼はうーん、と呻いた後、私の方を見つめてくる。
 ふと思い出した。そう言えば夜間外出禁止だったんだ。大胆にルール破りを頼もうとしたことが気まずくなり、大きく両手を振り回す。
「あ、その、やっぱり無しの方向で。ご免なさい済みません今の聞かなかったことにして下さい」
 マインの目が半眼になった。
「カリン……」
 幻滅。幻滅されてる? 確かに普通は言い出さないことだけれど。
「なんでそう言う事早めに言わないんだよ。もーっと早く言ってくれればいつでも見せたのに〜」
 ぷ、と大きく頬を膨らませて肩を怒らせマインが腕を組む。
 あれ?
「へっ。あの、夜間外出禁止じゃ」
「そう。ヒミツ」
 にこ、と笑みを向けて彼が頷いた。
「怒られるんじゃ」
「うん、だからひ、み、つ」
 人差し指を振りマインは楽しそうに声を出す。秘密基地に案内するとでもいった軽い調子。
「シャイスさんがここに」
「あっ、シャイス今のヒミツだから聞かないでね」
「えっ、あ…………なにが、ですか」
 完全に影と化していたシャイスさんが顔を上げる。落ち込んで壁と同化しそうなほどに目立たなくなったとしても、いつもならそろそろ復帰している頃合い。
 どうも今日は落ち込み具合が半端ではないらしく、うつろな視線が宙をさまよっている。
「聞こえてなかったぽいね。運が良い」
 シャイスさんの異変は全く気にせず、安堵したようにマインが頷いた。
「運が良い、は良いんですけどシャイスさん具合でも悪いんですか」
「いえ、そう言う訳じゃ」
 控えめに尋ねてみるも、小さく首を横に振って否定された。
 落ち込んでいるのとは違うのかな。さっきからどうも様子がおかしい。
 私達の方を余り見ないで、俯いたりそわそわと足を揺らしたりと落ち着きがない。
 ぐい、と弱くない力でケープが引っ張られる。
「シャイスもいるしフレイの所に行こうよ。あそこ色々あって面白いんだよね」
 よろめき掛けた体勢をなんとか元に戻し、マインを小さく一睨み。するけれど全然気にした様子も見せない。
「あ、はい。確かフレイさんは調達とかの専門でしたっけ?」
 諦めて小さく溜息。
「え、ええ。召還の際に使用する薬草等を調達して貰っています」
 相槌を入れる余裕は出てきたのか、シャイスさんが説明を挟む。
「ちょっとした薬も作れるから、色々見られるよ変なのが」
「変、なの」
 無邪気なマインの台詞を口の中で小さく反すうする。こちらにきて随分『変なの』らしき現象や物体や人種を見たけれど、まだあるんだろうか。
「変なの」
 こくこく頷いて微笑むマインは忘れてしまって居るんだろうか。私が平穏無事な生活が大好きな一市民だと言う事実を。
 大乗り気のマインの後に続きながら、その『変なの』が精神と人体へ危険を及ぼす存在では無い事を密かに願った。


「あ、いらっしゃいませお二方、と一人」
 変な場所は確かに変だった。変というより奇っ怪で、どちらかというとその。なんというか、コウモリの羽の干物が束でぶら下がっているのはまだしも、大小種族様々な髑髏(どくろ)が無造作に置かれているこの場所は、おどろおどろしいと言う言葉が良く当てはまる。
 シャイスさんフレイさん。普通に骸骨だらけというのはいろんな意味で宜しくないです。
 多分本物の人間の頭蓋骨にくわえ、は虫類から鳥類の頭蓋骨に……トカゲらしき生き物の全体骨格(しかも完成済み)が飾られているのは趣味なんでしょうか。
 それに、所々が欠けたというか、削り取られた痕のある魔物の骨らしきモノもあちこちに散乱しているし。
「あ、この頭蓋骨は削って薬に混ぜるんですよ」
 世の中には聞いて良いことと悪いことがある。今回の場合まさに後者が当てはまった。
「栄養とか取る為に。カリン様も以前飲――」
「その先は言わないで下さいオネガイします後生ですからもう何も言わないで下さい」
 更に爆撃まで追加しようとするフレイさんの言葉を涙ながらに遮って、首を振る。
 漢方薬に蚊の目玉が使われることやミイラが使用されることだって知っている。身体に良いんだって事も分かってはいるけれど、飲んだことを知るのはまた別問題だ。
 出来れば知りたくない。気分的に。
「まあまあ、骨くらいでそんなに脅えないで下さいよ。他にもカエルの腸を干したのとか」
「言わないで良いですから!!」
 遊ばれている。私は絶対にこの人に遊ばれている。
 分かっていても反論してしまう自分が憎い。
「え、でもマインなんて以前」
 耳を塞ぐ。聞かない聞かない私は何も聞かない。でも気になる凄く気になる。
 ふっと首筋が生暖かい何かに撫でられた。ひ、と喉から出かけた悲鳴を飲み込む。
 言うか。上げるものか、この程度で泣き叫んではあちらの思うつぼ。
「何するんですか!?」
 恐らくフレイさんであろう腕を掴んで、目一杯怖い顔を作り睨んだ。
 鳥の羽毛らしきものを片手に、微笑むフレイさん。穏やかな微笑みだが、私は絶対に騙されない。
 その笑顔は悪だ。
「あ」
 そして呆けた声、シャイスさんとほとんど変わらない柔和な顔に少し驚きが浮かぶ。そんな手にも騙されない。がっしり掴んで逃がさないようにする。
「ありゃ骨の配置が悪かったんでしょうかね」
 不吉な呟きにこわごわ振り向くと、本と、大量の骨がこちらに向けて雪崩れ込んでくるのが見えた。
 ミイラ化した魔物の剥製が顔を掠め、漂白された頭蓋骨が肩にぶつかり。
 情けないことだが、絶対上げないと決めていた悲鳴は容易く出てしまった。


 

 

 

 

 

 

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