五章/いつわりのキボウ |
大言吐いてみたものの、数日でいきなり超人になれるワケもなく。私は弱い。 だけど、まばらに腰を引きながら慣れない武器に振り回されて突撃する人達をかわして、蹴り飛ばすことは出来る。次々と跳ね飛ばされる彼ら。 「強い!?」 戦きながらリーダー格っぽい人がいってるけど、怯えとおそれで統制が取れていないバラバラの攻撃は、マインの泥団子より威力がない。一団で来られたらきっと数秒と優勢は保てない。鎖で攻撃は無茶な選択、飛んできた矢の数本をはじき飛ばせる最低ラインギリギリだ。飛びかかる人が放つ緩めの攻撃。 「ぐあ!?」 鎖で振り払うと、手に持っていた武器が地面に落ちる。相手は腕を薙がれたせいで、指先が動かない。地に鋼の輝き。 鎖よりもマシだ。落ちた武器を拾い、構えた。 重い刃を正面に向け、片手を添えて狙いを定める。 そして。思考が、体が停止した。恐怖で、相手の声が裏返る。 「くそ、殺すなら、殺せ!!」 元々峰打ちのつもり。だけど。その言葉と、私の手に持った長剣。 そして、取った構えが今朝の夢と重なった。 『殺すのか』 好きな彼が言った。『音梨、君は、僕を、殺すのか』 違う。 目の前の人は全然別の人なのに。私の体は動かない。 「カリン様!?」 指先が、全く言うことを聞かない。暗くなりかける視界。聞こえる悲鳴。 覆い被さろうとした闇を、光が掠めて散らした。 ふわりと漂う、優しい光。 私の前を漂う輝虫。 強張っていた体の感覚が戻る。だけど、殺気だった目前の相手が止まった私を見逃すはずがない。衝撃を痛みを理解するより早く。体が跳ね飛ばされて、運悪く、運良くなのか。後ろにあった大木に叩き避けられる。 「がうっ!? ぐ。う……」 刃の群れにはじき飛ばされるよりもマシとはいえ、流石に応える。吹き飛んだ剣が茂みの向こうに飛んでいった。体が動かず、悲鳴はくぐもった呻きにしかならない。 「カリン様!?」 悲痛な悲鳴。薄れそうな視界がクリアになる。劣勢。国並に勝率が低い。 というより体が動かないのでどうにも出来ない。鋼の擦れる嫌な音。 向けられた刃が冷たい光を放っていた。向こうに見えるシャイスさんが、佇んでいる。 彼でもにげれば。マシなのに。私が刃向かった意味があるのに。 また輝虫が私の前を通った。さい先良い割に、展開が最悪だ。それともこれでも私は運が良いのか。 「こ、ろ」 唇から漏れるかすかな、呻きとも付かない声。 「ようやく大人しく殺される気に」 悦に入る相手に、痛みで歪んだ笑顔を向けて。 「されて、やるもんです……か」 放った台詞に殺気が濃くなる。 私の、精一杯の抵抗。諦めたら、終わる。動かない体に力を込めた。 痺れた指先が。四肢が。小さく小刻みに震える。 揺れ……て。地響きが聞こえる。いななきが聞こえる。 逃げてくれたのかとも思ったけど、視界に入る馬車は、止まっていた。 空耳は、どんどん強さを増していき。大地を揺らすけたたましい響き。全員が音の出所を探った。 私には、探る前から見えている。何故なら、視界のすぐ近くに、それが見えたからだ。 気が付いたのが早かったせいもある。私が乗ってきた馬車よりも大きく、馬の頭数も多い。三頭の馬が足音を響かせ、いななき。車輪が壊れそうな勢いでコチラに突っ込んでくる。端に佇むシャイスさんや、同じく道端に座り込む私とは違い。道の真ん中を陣取る彼らが気が付いたときには遅かった。 元々人間と馬の走る速度は違う。勝負にもならないだろう。 馬力という言葉もある。三頭合わされば、三倍。 普通なら止まるか、避けるかするだろう。だけど、その馬車は普通ではなかった。 迷うことすらせず、人が居るのも構わずに飛ぶような速さで障害物をなぎ倒す。 三馬力は想像以上に力強く、雑草を掻き分けるみたいに馬は人間も、土も、全部蹴り飛ばして轍の音を響かせ、進む。唖然となる、私。 私が街でした人間ボウリング。それを馬車でしでかした。 荷物を落とすなんて比ではない。悲鳴が、絶叫が、苦痛が飛び交うのにかかわらず、御者は真っ直ぐ道をふさぐ邪魔者を馬と荷台で踏みつぶした。 「カリン様。行きますよ。立てますか!?」 土埃が辺りを隠す。それに乗じてシャイスさんが私に駆け寄ってきた。 「う、は、い。なんとか……一応」 返事をしながらも、彼の肩を借りないと数歩も歩めない。 力を借りて馬車までたどり着く。邪魔になる扉は壊されて捨てられていた。 私が席に座るのを見計らい、彼が声をはりあげた。 「借り、また作りましたね。あの馬車の後を!」 御者はとっくに定位置に付いていたらしい。唸る鞭。 前方の暴走する馬車は、馬の数も手伝って、あっという間に消え去った。 揺れる車内が傷に響く。痛みを堪えながら遠ざかる背後を振り返る。 雨も降っていないのに、空が青いのに。地面に大きな水たまりが出来ていた。 「…………」 涙がにじむ。あの馬車が通りかからなかったら、殺されていたけれど。 倒れて重なった影。私は、悲しくて。悔しくて。涙が出るのを抑えられなかった。 シャイスさんは、何にも言わずに動けない私の体を支えてくれていた。
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