三章/勇者の価値

 

 

 

  

  暗くなった室内でランプの炎を眺める。歪んだガラスの中で炎の妖精が舞うみたいに火の粉がキラキラと光り輝いている。
 原因を調べるため、世界創世まで遡ることは諦めた。気の遠くなる話だ。
 だけど……
「ユウシャ、か」
 ふう、と溜息が漏れる。この世界では英雄や勇者はどのような存在なんだろうか。
 疲弊にまみれても、もやもやとした疑問はぬぐえない。
 日増しに霧は増えていくばかり。
 勇者になれない勇者候補者は捨てられる駒。それがこの世界のルールとプラチナは言った。本当にそうなのか。あんなに命がけで命を削るような特訓に耐えて、戦っているのに。
 それだけの扱い?
 私の世界ではおとぎ話に出てくる勇者はお姫様を助けて、平和に暮らす。
 でも、居るのか分からない候補者は書かれていない。
 非難はしてみたけれど、現実問題として私の世界でも同じ事をしているかも知れない。
 そんな考えがヒマになると私をつつく。
「こんな世界なんて、一月だけの所なのに」
 吐き捨てても、疑問は鎌首をもたげるのを止めない。
 知りたい。この世界での……勇者、英雄でなくて良い。候補者の立場が知りたい。
 勇者の価値が、知りたい。あの人達が、命を賭ける意味を見たい。
 機会があれば、シャイスさんにワガママを言おう。
 私は心に小さく誓い、ランプの炎を吹き消した。 
 

 せかいには王さま達がいました。王さま達は続けられるあらそいやネタミ。まもののしゅうげきに身も心も疲れ果て、世界のどこかへ身を隠したのです。
 民がおだやかに暮らす平和が、また戻ることを信じて。

 ばあん。掌を勢いよくのせた机に振動が走る。積み上げられた本がずり落ちた。
「って全然解決になって無いじゃないですか!」
 そう言えば王さま何処ですか。なんて聞いたのが間違いだった。
 返ってきた答えは童話風の簡潔な答え。つまり、王族一家国民残したまま夜逃げしたらしい。
「カリンちゃん切れないで」
 笑うアニスさん。笑えない私。口元が引きつっているのが分かる。
「切れますよ。それってつまり、すたこらさっさと逃げ出したとかそう言うのでしょ」
「そうなのよねー」
 気の抜けた炭酸並みに緩い相槌。
「つまり、この城はもぬけのカラ。襲撃されても構わない使い捨て!!」
「うんうん。そうなのよ」
 拳に力を込める私。楽しそうにそれを見る彼女。
「頷いてないで怒るところですコレは。つまり、偉い人達みんな逃げちゃったんですか!?」
「いや、そうではない。王族ほどの地位の奴ではないが、コチラに指示は来る」
 地団駄を踏みそうな程喚いている私の声に、隣で水を含んでいたプラチナが首を振る。
「じゃあ。遠くで隠れたまま命令してるんですか前線にも出ずにその人達は!」
 国どころか世界全体規模で危険なのに。思うだけで手元の本が、コップが。カタカタ揺れる。
「カリンちゃん落ち着いて」
「落ち着けませんッ」
 許さない! 引きずり出してアニスさんのスパルタ訓練を受けさせる!
 一週間生と死の狭間味わわせるッ。こんなにこんなにみんなが必死なのにのうのうと指示だけ出すとは良い度胸。プラチナが出来ないなら私がやるっ。
「仕方あるまい。この城は安全とは言い難い」
 物騒なことを心で喚く私に、プラチナは相変わらず冷めた声で肩をすくめる。
「それはそうですけど、城に王さまがいないなんて詐欺でかまぼこでちくわですよっ」
 頭に血が上っているせいか、また変なことを口走った。
「意味はよく分からんが、憤っているのはよく分かった」
「じ、じゃあ王子様とかお姫様は」
 息を出来る限り整え、熱くなった脳みそも冷却して尋ねた。
「逃げてるわよ。とっくに」
 今まで十分亀裂の入っていた王族のプレートがその一言で破壊される。
「私のイメージがここに来てから景気よく破壊されていきます。
 そうですね、王族も人間ですよね」
「そうねー。怖いしね」
「王さまが民衆見捨てて逃げて良いんですか」
「……良くは、ない」
 質問に憂鬱な溜息。プラチナは鉄格子みたいな窓を眺めている。
「気が付いたら消えていたらしい。民にはまだその事はばれてはいないが、不安が日に増していくのは分かる」
 王のいない城を守り、死ぬ門番。もぬけのカラの城のため命を賭ける彼女たち。
 日に日に消える味方。減り続ける食料。足りない物資。
 終わらぬ襲撃。逃げた上司からの曖昧な指示。
 勇者は、本当にこの国に必要なんだろうか。無力な私は、何をして行けば良いんだろう。
 一ヶ月。それは短いのか長いのか分からない滞在時間。
 ここ数日で私は、少しだけ彼女たちに共感している自分を見つけた。

 この異世界に間違えて呼ばれて十五日目。
 著しく戦力が低下した上、超劣勢な世界の行方が気になるお節介な私。

 

 

 

 

 

 

 

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