二章/習うのか慣れるのか

 

 

 

  
 過酷な基礎訓練でも四日で慣れてしまう私の体。その体がマインの激しい攻撃に、数日で慣れ始めたのは当然と言えば当然かも知れない。
 飛び来る泥玉が私の近くを掠めて何もない地面に当たる。
 私の動きはと言えば避けているより、先読みに近い。球の軌道を予測して、安全地帯に足を向ける。それだけで体は勝手に攻撃をかわした。
 また目標を逸れた球が地面に落ちて土と同化する。
「おっと。むー、カリン上手くなったね。全然当たらないじゃん。
 あーあ。僕つまらないんだけどぉ」
 数日前まで楽しそうに私へ泥団子を投げつけていたマインは、頬を膨らませて呻いた。
「そう毎日泥まみれにされても困ります」
 小さく笑って減らず口。彼の攻撃が遊びでないことに気が付いたのはつい最近だった。
 一定のリズム、間隔を置いて投げられる球。時折つく緩急。
 手持ち爆弾か何かを想定してぶつけている。それに気が付いた後は、早かった。
 泥で汚れるとかそんなことはあんまり考えず避けることに集中できたからだ。
 気が付く前はドロドロにされたとか、その数日は頭に血が上ってて無駄に猪突猛進したとかそう言う忌まわしい記憶は封印しよう。
「そんなに時間経ってないのに。といいつつ。えい!」
 台詞の合間の攻撃。
「幾ら何でももう喰らわないですっ」
 だけど慣れた物で私はそう吐き出して避ける。何度その手に引っかかったことか。
 真正面から泥を被るのはもうゴメンだ。
「本当に避けられるようになったんだ」
 軽くかわす私を少し寂しそうに見つめる。
「はい。もう当たりませ……」
 着地しようとした地面は、泥球を作るためかへこんでいた。思いっきり体重を掛けたため、体が勢いよく傾く。
「あっ」
 マイン声が遠くに聞こえたと同時。衝撃。顔面に走る鈍痛。
「でも転ぶんだね」
 後頭部辺りから聞こえる溜息。見事に真正面から転んだ私に、手がさしのべられた。
「ふ、ふふ。転ぶのと避けるのは別問題ですから」
 負け犬の遠吠え並に情けない言葉を呟いて、差し出された手を掴み、顔を押さえながら立ち上がった。
「体も温まったし、そろそろ次の段階に進もうか。いつもの奴」
「はい」
 頬についた泥を払い、服をぱふぱふと叩く。
「あ、そうだ。カリン、いくらプラチナに守り優先って言われてても反撃とか攻撃はして良いんだからね」
 そうは言われても、マインみたいに人を片腕で振り回せるほどの腕力もないし。
「でも」
「力が弱いのは気にしない。上手く使えば牽制や距離を取るのに効果的だからさ」
 私の考えを見越すように彼が告げた。見越されやすいんだろうか、私の考えって。
でも、そうか。確かにその手は使える。避けと守りばかり考えていてそっちの方面は考えなかった。何処かの言葉にあった気もする。『攻撃は最大の防御』とかなんとか。
「やってみます!」
「うん。やってみてよ」
言う彼の体はゆっくりと、しなる弓みたいに構えられた。
 う。やってみます、と意気込んだは良い物の、彼がこの状態になってしまったら、私は毎回投げ飛ばされるしかない。既に何度も身をもって体験済み。
 ゆらりと指先が獲物を求める蜘蛛のように不気味に蠢く。
「ホラホラ。どうしたの。行かないならこちらから行くよ。
 最近カリンも丈夫になってきたから、ちょっと手荒でも平気だよね」
 うああ。ダズウィンさん以上にこの人の手荒って想像がつかない。
 『先手必勝』の言葉もある。駄目で元々っ。平手打ちの要領で腕をしならせる。
 実戦形式は伊達でなく、特に型という物は教わっていない。
 彼の動作を見よう見まねで覚えたものの、それも限界がある。ある意味我流。
 指先がするりと私の腕を絡もうとする。何度も何度も、網膜がすり切れそうなほど映し出された映像。それだけに私は慌てなかった。これも一つの、慣れ。
 ズ、と静かに足を滑らせ、彼の足下を掬う。
「う、わ」
 思わぬ攻撃だったのか、マインの声が僅かに上擦った。ここで腕を振り払うのは簡単だけど―――
「ふっ」
 私は腕を動かさず、勢いよく足を持ち上げる。予想を裏切られ、彼の動きが少し鈍る。
 それを見計らい、腕を跳ね上げた。束縛は難なくほどけて刹那の解放。
 僅かに走った痛みに見ると、次に束縛される振り上げた左足。脇でがっちりガードされている。
 けどこれも慣れか。私は慌てず騒がず手刀を彼の首筋に放つ。
 反射的にだろう。束縛を解いて彼が飛び退る。
 私は、放された左足を勢いよく真上に跳ね上げた。
 額を掠めて前髪が揺れる。
「お、おぉぉぉ。す、凄い。やるねカリン! 何処で覚えたのそれ!?」
 掛けられたはしゃぎ声に、緊迫していた空気が消えて、私の構えとも言えない構えがとけた。
「い、え。あ、ああ。模擬戦見て、覚えました」
 頻繁ではないらしいが、格闘の模擬試合がある。私は運良くその日を教えて貰い観戦が出来た。
「全部見てた。もしかして」
「はい。お勉強しました」
 感心したようなマインの言葉にコクリと頷く。実戦経験の少ない私は見て覚えることも重要だった。
「うん。まあ……僕に一撃を食らわそうと言うその気迫。合格!」
「へぐっ」
 勢いよく背中が叩かれる。い、いたい。
「そろそろ次の段階に進む頃合いって考えてたんだよ。本気でやればまだまだだけど、身を守る分には合格っ」
「そ、それは。有り難うございます」
 はー。一応少しは成長、かな。
「実力実力。カリンは一ヶ月住むから時間無いしね」
「いえあの。一ヶ月ここに留まっていられるだけで十分」
 無駄に戦闘能力を鍛えても、帰った後日常生活で使いどころが見つからない。
「さあ。次行ってみようっ」
 明るい私の先生は、人の話を聞かなかった。




天井近くまで短剣が跳ね上がり、続けざまの攻撃で遠くにはじき飛ばされた。
「うん。やっぱりカリンちゃんは棒術が一番上手いわね。槍もそこそこだけど、一番コレが向いているわ」
 弾かれた武器を眺め、満足げにアニスさんが頷いた。
「そ、そうですか。ありがとう、ございます」
 息が切れているのは運動の後のせいだけじゃないだろう。
 私は握りしめた棒。自分の獲物を眺めて荒い息を整えた。
 剣、槍、薙刀、短剣、斧、ハンマー、弓。
 そして棒術。ここまで行くのに偉く長く掛かった気もする。勇者候補の皆さん曰く。
「だって何が合うかやるまで分かんないしね。武器だけはー。だから頑張れカリン」
「む、私は幼少の頃より一つの獲物しか持たされなかった。参考になるまい」
「男なら大型の剣だ!!」
「私は鞭だけど、なれない人はまず剣よね。でもやっぱり相性かしら」
 総合意見『めんどくさいから全部やってみよう』。殺す気なんだろうかこの人達は。
 いや、私が一般市民で自分が勇者候補だという差を忘れているに違いない。
 シャイスさんなんて子供を戦火に送る母親みたいに半泣きで『生きて帰って下さいね』と泣きついてきた。それはそれで大げさにも思えるけど。 
「じゃあ。武器にも慣れたことだから次やりましょう」
 いえ、あの。慣れたというか触って少し構え方を聞いただけでは。
「気にしないで。緊急時に必要かも知れないから、徹底的に使い方を教えただけよ」
 かも知れないで私はここ数日武器を振っていたんですか。
「次、何ですか」
 もう何をさせられても驚かない。
「今度は机に向かいましょう。覚えることはたくさんあるわよ」
 詰め込み授業は苦手だったが、体が休めそうだと今の自分の頭は考えた。
 長い長い体育の時間はしばらく休憩みたいだ。
 


 

 

 

 

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