二章/習うのか慣れるのか

 

 

 

  
何か夢を見たのか、うわごとみたいな言葉が唇から漏れる。
「あさ。だ……」
 朝だ。瞼の奥に刺さる僅かな痛み。
 ベッドの感触。も……違う。全然柔らかくなくて、固い。
 私の躰は朝だと告げているのに、闇が濃い。
 刺さる光は僅かな量だ。
 目を開く。私の目に映ったのは、そんなに高級じゃなくて普通の家庭にある平凡なカーテンや、窓じゃなかった。
 格子が幾重にもされ。まるで、牢獄みたいな窓だった。
 馴染みのないベッド、馴染みのない家具。そして石を積み重ねた固い壁。
 掴みたかった希望の光は綺麗に壊れた。回収も修復も不可能だ。
 服を見る。少しだけ汚れたとっておきの洋服。ベッドの横に、ちゃんとバッグも添えられている。
「やっぱり。ユメじゃない」
呟きが唇から漏れる。夢じゃない。
 でも、これはきっと、永い悪夢の始まりになる。
 なんとなく、私はぼんやり、そう……感じていた。
「カリン様〜。起きてます? 起きてないならお返事しなくて良いですから」
「あ、はい。起きて、ます」
 少しだけ間の抜けた言葉に、私は深呼吸を一度して大きく応えた。
「今から、行きます」
 生きて、いつもの場所に戻ろう。
 口を開いた答え。私の弱い心が、逃げないように覚悟を決めた瞬間。




 見かけよりも重たい扉を開いて廊下を眺めたとたん、逃げないと決めた心があっさりくじけそうになった。
 私の部屋が今出てきた扉、その真向かいの部屋がない。無いと言うか消滅している。
 右側の部屋は扉が無くなっているし、左側の部屋は辛うじて無事とはいえ風穴が空いている。とても人が住めそうにない。
 壁に付いた爪痕とか破壊された状態とかが、なにか目眩がするほど既視感を感じる。
 朝一番から感じるこの不吉な既視感は何だったか。
 逃げない私。逃げちゃ駄目だよ私。そう、昨日の、昨晩戦った大きな猫っぽいモノが付けた傷にそっくりだ。燭台が不足していると言ったシャイスさんの言葉通り、廊下の燭台は足りなかった。少ないというか、壁ごと根こそぎ吹き飛ばされている。
 そりゃあ廊下も薄暗くなるだろう。不用意に床を眺めて『うえ』と悲鳴が出そうになったけど堪えた。なんか、なんだか赤い絨毯が奇妙にどす黒い。
 シミみたいな黒い色は水を零したみたいに、点々と続いている。
 足や尻尾を引きずった痕らしきものや、苦し紛れに引き裂かれた絨毯が布くずになって散らばっている。
 こんなシロモノを朝一で見たとすると絶句するしかない。
 激戦を物語る有様だが、一部私に心当たりがあるので恐ろしい。怖い。
 なんて部屋をあてがってくれたんだろう。彼が気を利かせて廊下で明かりを付けなかったことが今はただ有り難い。 
「昨夜は派手にやられましたからね。
 ちょっと所々欠けてますけど気にしない気にしない〜」
 いやあの、ちょっとどころじゃないような。この爪痕。
 明るい声に頭痛がしかけて、その声が聞き慣れないモノだと気が付いた。
「あれ。あなた……」
 何時からそこにいたのか。きっと破壊の跡に目が行っていたせいで、黒い法衣に身を包むその人は影に見えていたんだろう。
「あはは。気が付きました? 私はフレイ。
 フレイ・ライムスとか言う者なのでお見知りおき下さい」
 漆黒の重みのある服とは違い、フレイさんは気軽にそう言って笑う。
 遠目から見るとシャイスさんにそっくりな髪型で背格好。更に髪と瞳が同色の。
 灰色……に見えたけど少し違う。彼の髪や瞳に、ほんの少し、蒼が混じっている。
 プラチナの瞳より薄い色だけれど。
「とか」
 曖昧な言い方に首を傾けてみる。偽名?
「かも。でも結構です。シャイスと組んで召還を行うのが私の仕事。
 本当はシャイスがあなたの道案内役なんですけどね。
 事後処理大変なのでシャイスに押し付けて私はあなたの案内人に収まった訳なのです」
 ただ、曖昧な言葉を付けてるだけみたいだ。胸を張るみたいに腰に片手を当て、優雅とも思えるほどゆったりとした仕草で自分の胸元を指す。
 言っている言葉は回りくどいのだけれど、それは単純に言うと。
「それって。責任放棄とか言いません?」
 出来る限りジトッとした視線を送ると、彼は肩をすくめて。
「言いますけど。書類書いた程度で責任がどーともこーともなるとも思えないですし。
 何よりあなたの案内をした方が楽ですから。とはいえ、申し訳ありませんね。うちのシャイスが」
 パタパタ手を振って被っていたフードを脱ぐ。出てきた顔は双子かとも思えるほどシャイスさんとそっくりだった。でも、ドコまでも人の良さそうなシャイスさんと違い、彼の笑顔は不気味だった。妙に楽しそうな口元も怪しい。
 初対面でこんな表現は良くないんだけれど、何かされそうな。
 微笑むたびに私の危機感がざわめく。
「あの。あなたも召還の手伝い」
 おそるおそる突っ込んでみる。
「あ、そうですね。私も悪いんですよね。
 その角右に曲がりますので、少し落盤気味な壁に頭ぶつけないで下さいね」
 彼はニコニコ笑顔で謝って、私の真正面を示した。
 落盤気味? って、うわうわ。
「わっ……!?」
 忠告された通り真正面。つまり廊下の真上が剥がれ掛かって垂れ下がっていた。
 私の鼻先間近。数センチ先位で。転びそうになりながらもよろよろと酔っぱらいみたいな動きでなんとか避ける。ぽす、とフレイさんがよろめく私の肩を支えてくれた。
「あー。危ないところでしたね。今度はもう少し早めに言いますね」
「そ、そうして下さい」
 心臓がバクバクと動いている。照れではなく極度の緊張のため。
 あとちょっとで、ぶつかるところだった。彼はそのまま私の背中に回ると、両手を押し出しながら進む。無理矢理私は進まされているという構図だ。
 彼に背中を預けるというのは不安でもあるんだけれど、案内人らしいからまあ、変なことはしないと信じたい。情けない話だけれど、さっきので腰をちょっとだけ抜かしてしまった。彼が手を離せば多分座り込んで動けなくなる。あああ、情けない私。
 ふと。彼が立ち止まる。まだ腰に手を当てて支えてくれているけど、重くないのかな。
 素直に『重いですけどね』とか言われてもそれはそれでショックなので尋ねないことに決めた。視線を向けるとフレイさんは私の右隣にある扉を眼で示す。
 今までの扉とは違い一回りか二回りほど大きい。何の素材が使われているんだろう金属製の鈍く輝く青い扉。取っ手は銀製。飾りみたいに綺麗な扉だった。
「そちらの方にある扉は立派で大きくて、ちょっとばかり厚手の壁で私達とは扱いが違いすぎると思われるでしょうがそんなことはワタクシ欠片も思ってない、プラチナ様のお部屋です」
 思ってるんですね。もの凄く思ってるんですね。
 言葉内からありありと感じられる。こう、何でこう差が激しい、と言わんばかりの気持ちとか。何か憎しみに近い何かが。
 その雰囲気を払拭するみたいにフレイさんはころっと明るく近くの、私の左手にある大きな扉を指さした。プラチナの部屋の扉よりも頑強そうで、両手開きの門みたいなタイプだ。
 普通の扉と……比べようもないほど大きい。廊下の天井ギリギリまで扉が伸びている。
「で、あっちのお部屋は火薬とか置いてありますので気が向いたからと言って気まぐれに火なんかを持ってこないように。この城二桁単位の地帯が壊滅するのでイタズラ心は起こさないで下さい」
 笑顔で恐ろしいことを言う。
「悪戯にそこまで命は賭けません」
「ですよねぇ。頑丈な鍵も付いていて罠なんかもたっぷり掛かっていて、すぐに番の人が駆け寄ってきますし。言ってみただけです」
 キッパリと答えると彼が軽いジョークを言った後みたいに肩をすくめた。
 本当に、この人の案内平気なんだろうか。私は段々不安になってきた。
 気が向いたからの理由で戦場に連れて行かれる可能性もありそうだ。
「ついでですし。あなたが喚び出された部屋も行ってみます?」
 尋ねられて、少し沈黙する。小さな誘惑。でも。
「今は、いいです。止めておきます」
 そう。今は、良い。この世界での一区切りを見つけるまで。
「そうですか。んじゃ、やめときますか」
 軽く頷くと、彼はまた歩き始めた。抜けた腰はもう戻りつつある。それと共に浮かび上がる疑問。
「……あの」
「ハイ。何かご用ですかカリン様」
 ぴた。と彼の動きが止まる。いきなりだったのでバランスが崩れかけたが何とか持ち直し。
「まだ、つかないんですか。広いんですね」
 笑顔で辺りを見回す。廊下は全て同じで、破壊跡以外は代わり映えがしない。
 なれない私は今どこにいるのか見当もつかない。けれど、三十分位はこうして黙々と進み続けている気がする。
「ええ。ここは広いですよー。私が無意味に迂回しているのも原因だと思われます」
 ああやっぱりこの人が原因か。
 予想はしていたとはいえ、酷い脱力感が襲う。
「普通に案内お願いします」
「これが私のフツウです」
 抗議してみるけれど、涼しい顔で彼はそううそぶく。
 そ、そう。そうくるんですか。何だか凄く何処かの親友に似た答え。
 ならば私にも奥の手が!
「非常識に真面目な位近道でお願いします」
 私も負けずに反撃した。マナすら黙らせるひねくれ曲がった返答。
「…………」
 一瞬フレイさんの顔が悲しげになる。それもすぐ笑顔に変わった。
「折角構ってくれる人が来たと思ったのに。でもカリン様はいい人ですね。
 私にこんなに永く騙されてくれた人は居ませんよ」
 吐息混じりにそう言って手を離す。少しぐらついたけどもう歩くことが出来るみたいで、足はしっかりと地面を踏みしめた。
「え」
 この人、今。騙『されて』くれたひと。って言ったような。
 まさか私、普通にころっと。やられた? 騙され……
「え。もしかしてマジメに騙されてくれたんですか。というか、騙されちゃった?」
 何が嬉しいのか瞳に期待の光が見える。
「い、いい、いえ」
 素知らぬ顔をしようとしたけど、図星を突かれて言葉が裏返った。
 満足げな笑み。何かよく分からない敗北感。
 負けた。何に、とも思うけれど、わからないが負けた。
「そっかー。そうですかぁ。やっぱりそちらは平和なんですね。
 私はここにそんなに長くつとめてませんけど、今まで見たこと無い位無防備ですよ」
「い、一般庶民な者で」
どことなく幸せそうなフレイさんと延々話し合いを続ける気も起きなかったので、私は素直に頷いた。無防備、か。勇者候補の人達はきっとこんな話に引っかかるほど間抜けでもなく、こんなに長く歩くほどヒマでもないんだろう。
 自分で予想して少し落ち込んだ。
「……いいなー。平和。済みませんね、平和邪魔しちゃって。
 さ、着きましたよ。私としては人生の中でもっとも近道をし尽くした時でした。
 疲れたのでシャイスでもからかいつつ材料の用意をすることにします」
 シャイスさんも見せたあの寂しい笑顔。いつの間にか、私達は扉の前に立っていた。
 行こうと思えばいつでも近道が出来たんだろう。
 彼は、話し相手が欲しかったのかも知れない。
「あ、あの」
 何か言葉を掛けないといけない気がして、私は口を開いた。 
 都合良く気の利いた台詞はでてこなくて。
「死なないよう頑張って下さいね。ちゃんと準備しておきますから」
「は、はい」
 元の明るさに戻った彼の声に頷くだけ。 
「後」
「は、はい」
 青みがかった灰の瞳が、真剣な色を帯びる。ごく、と思わず息をのむ。
 彼はゆっくりと片手を挙げて、微笑むと。
「時間かなりかけてしまったのでプラチナ様怖いと思いますが、頑張って取り繕って下さい。それじゃ」
「え。ええっ!?」
 ぽい、と無責任に言い捨てて背を向けた。
「それじゃ。忙しいのでまた気が向いたらー」
 厚そうな法衣なのに、速い。あっという間に廊下の角の辺りまで行ってしまう。
「ちょ、ちょっと待って下さいフレイさん!!」
 私の叫びに彼が一瞬立ち止まり、振り向く。メガホンみたいに両手を口元に当て。
「死なないで下さいね」
 更に無責任極まりなく言い放った後、廊下の角へ消えてしまう。
 って、死なないで、ってそっちの意味ですか!?
 呼ばれて彷徨ったのは半時間近く。つまりそれだけ彼女たちを待ちぼうけにさせているわけで。フレイさんの言葉が頭の中を回る『プラチナ様怖いと思いますが、頑張って取り繕って下さいね』って、どうやって!?  戦場の前に死地に赴く気分だ。
 無責任な案内人によって残された私は、地獄の門に立たされた。
 このノブを回せばきっと、悪鬼のような怒れるプラチナが。
 いや、その。考えすぎ、話せばきっと分かってくれるはず。
 震える体を気合いで押さえつけ、ゆっくりと取っ手を捻る。
 音も立たず、木製のドアは開かれた。
 プラチナの長い三つ編みが揺れている。昨夜と変わらぬ彼女の表情。
 そして腕を組んだまま、扉を見据えている彼女と眼が合う。
 扉の中は地獄ではなく鬼門だった。仁王立ちした鬼がいる。 
 隙間から見える光景に私の手が反射的に扉を閉めようとした。
 手首が細い指先に掴まれる。ぎくり、と体が強張った。
 そのまま扉の中。部屋に引きずり込まれた。
「遅い」
 開口一番の台詞は冷たくて、背に氷を投げ込まれたみたいな寒気が走る。
「何かと忙しい私をここまで待たせるとは。良い度胸だ」
 耳に入る冷えた声。隣にはアニスさんがいる。笑顔で。
 他に人はいないみたいだけれど、助け船は期待できそうにない。
「いえ、あのっ」
「しかも扉を閉めて見なかったことにしよう等、その無謀さ恐れ入る」
 か、からだが。体が勝手に。とは言ってもやったことは事実で取り繕いようがない。
 手首に掛かる圧力が強くなる。細腕に見合わない力。
「は、は。あう。その。えっと」
 世界がふらふら揺れている。上手く言葉が見つからない。戦場の前に死ぬ。
 プラチナの迫力で朝の決意とかは何処かに行ったらしい。
 ずっと笑ってみていたアニスさんが少しだけプラチナの肩を指先で叩いた。
「もぉ。プラチナ。カリンちゃん虐めないでよ。
 あなたの軽い冗談って分かりにくくていけないわ。彼女、今にも卒倒しそうよ?」
「……そうか」
 プラチナから吐き出された思いの外軽い台詞。あっさりと掛かった圧力が消え、手も離された。赤くなった手首を押さえ、ぺたんと座り込む。こ、腰が。ホントに抜けた。
 先ほどの落盤の比ではなく、恐ろしかった。膝が震えるのが分かる。
 私の方に視線を向けて、ふっと、プラチナが吐息混じりに笑う。
「この程度で怒るわけはない。どうせフレイのことだからまともな案内の仕方をしないと思っていたが。案の定、だな」
 肩をすくめ、手袋のはまった指先をお手上げみたいに少し上げた。
「あの気まぐれフレイだものね。真っ直ぐ、なんて期待するだけ無駄よ。
 そこまで分かっててアレに案内させるなんて、プラチナ何考えてるの」
 綺麗な金髪を自分の指先で弄んで、アニスさんが可笑しそうに声を上げる。
 この遅刻も彼女の。いや、彼女たちの想定内。つまり、私はまたからかわれた!?
 連続で騙されるとショックも倍増するのか、耳元で鐘が鳴ってるみたいな耳鳴りがした。私をからかった事なんて気まぐれとでも言いたげに、プラチナは腰を抜かした私に目もくれず、すっとアニスさんに向く。
「言っただろう。今は人材不足だと。それにお前以外は今日、ほとんど出払っている」
「昨日の今日で!? 何よそれ。手薄になっちゃうじゃない」
 溜息混じりに告げられ、アニスさんが眉をひそめた。
 なんかもう、置いてけぼりなのはともかく。確かに無防備と言われれば頷くしかない。
 ホントに昨日の今日だからなぁ。私の真正面の部屋なんて原型留めていなかったし。
 でも、このお城みたいな所には、何人の候補者がいるんだろう。
「奴らはすぐに戻ると言っていた。それまで持たせるしかない。
 待つしかないだろう」
「あーやだもー。これだから人手不足は身にしみるのよ」
 淡々と告げられる現実に、金の髪を指先に絡ませげんなりと呻く彼女。
「でも不味いわね。みんな居ないの?」
「ああ。居ない」
「すぐに報告したでしょ。トドメさせてないのよ。廊下を見れば分かるでしょ。
 手負いの獣は怖いって言うじゃない」
 ええ、廊下を見れば分かりました。もの凄く心にしみる一言だ。
 床や壁は抉れてるし絨毯もズタズタ燭台も曲がって落ちていたり、血が派手に飛び散っていたり。見れば本当に分かる。手負いの獣も確かに命がけだから手強いだろう。
 アニスさんの言葉通り昨日の今日な状態で警備を手薄にする意味もよく分からない。
 考えが顔に出ていたか。プラチナが私を見る。そして、ふう、と重い溜息一つ。
「それは分かっているが、不運なことに奴らが出たのも昨夜。
 そうでなければお前の声で皆が集まっている」
 それは、そうかも。吐き出された言葉に思わず納得しそうになる。あの時あんなに派手に暴れたのに誰一人としてこなかった。
 この城が広すぎるのかも知れないけど。
「……じゃあ、昨夜見たあの筋肉男は誰よ」
 苛立ち気味のアニスさんの台詞。確かに、それもそうです。筋肉男が沢山いるとすれば別だけど、私が見た昨夜の筋肉男で当てはまる人は一名しかいない。ダズウィンさんだ。
 昨夜間に合わなくても、彼女の言った通り今いるのが普通ではある。
 そして。
「昨夜の筋肉男は用事があると言って酒場に出向いた」
 プラチナさんから吐き出された言葉は、悪い意味で私の予想を遙かに超えていた。
「止めなさいよ」
 当然の反論。
「止めた」
 そして返されるトーンの変わらぬ答え。彼女の性格だ。真面目に止めたと予想はつく。
 でも駄目だったらしい。だったら力尽くで止めるという選択肢はあるにはある。
 が、プラチナとダズウィンさんでは大人と子供程の体格差。
 鎧の重さを合わせて考えると、力尽くで止めるのは無理。 
「あの馬鹿っ。あーーー、使えない男ばっかり揃ってえぇぇぇぇッ」
 地団駄を踏むアニスさん。ヒールが硬い床を叩く。
 気持ちは、痛いほど分かります。
 プラチナの心労も分かる。疲れた溜息を吐き出したくなるだろう。
 他の人もこんなにいい加減だったらどうしよう。
 先ほどプラチナと対峙したときとは違った意味で倒れそうになりながら私は立ち上がった。
「えっと。それで……私。どうすれば」
 目眩がするのは多分気のせいではない。
「あら、ご免なさい。そうねープラチナ、やっぱり人間見た目も重視しないとね」
 アニスさんはひとしきり地面を蹴って気が済んだか、にっこり微笑んで私の頭を撫でる。
 完全に子供扱い。彼女にされるとそんなに不快感を覚えないのは何故だろう。
「一理あるな。シャイスを呼べ」
頷くプラチナ。彼女の方も溜息と一緒に気も紛れたか少し落ち着いたようだ。
「はーい。シャイスー、愛しのプラチナ様直々のお呼び出しよぉ」
 とんでもない呼び出し方だが、その台詞に反応するように彼が現れた。
「はい。は、はい。何事でしょうか!?」
 素早い。まさか扉から立ち聞きしていたんじゃないよね。
 そう勘ぐってしまうほど、彼は素早く部屋に入るとプラチナに一礼した。
「この娘の服を替えさせろ」
「えっ」
 シャイスさんの顔が強張る。白い法衣のせいかとも思ったが、妙に頬が赤くなっていく。
「……不埒な想像するな馬鹿者。服のある場に連れて行けと言っているだけだ」
「は、はい。そーですよね」
 不埒な想像。
「シャイス。エロ親父みたいー。いやーん。すけべー」
 不埒な想像ってもしかして、シャイスさん。私を着せ替えするか何かと勘違いして。
 見せたわけでもされたわけでもないけど。想像に出されたという事実だけで乙女の純情が踏みつぶされた気がした。
「じゃ、じゃあ行きましょうカリン様」
「…………」
 何とか呂律を回して私の背を押そうとする彼に視線を向ける。
 さぞかし冷たい眼だったんだろう。シャイスさんの動きが硬直する。
「え、と。カリン様?」
「今のでマイナス点追加。減点対象です」
 私の唇から吐き出された台詞。それを吟味するように彼はしばらく首を傾け。
 何回も頭の中で反芻したんだろう。十秒ほど沈黙を保った後。
「えぇ!?」
 遅れて上がる悲鳴。
 文句も聞かずに私は扉を乱暴に跳ね上げて廊下にズカズカと飛び出した。
「うふふ。シャイス、お気の毒さま」
 後ろから聞こえたアニスさんの悪戯っぽい声に、シャイスさんが何か絶望の混じった呻きを出していた気もしたけど、ヅカヅカと荒い音を立てて廊下を進む私の鼓膜に細かな内容は届かなかった。

 

 

 

 

 

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