十四章/居場所

 

 

 

  


 マーブルの壁に立てかけるようにあちこちに箱が積み上げられ、細々としたものが瓶に詰められて、煌めいていた。どれが高価なのかは分からないが、割れ物のそばには寄らないように気を付ける。
 光蟲は別の場所に置かれているのだろうか、明かりの灯されていないランプの容器を蜘蛛が横切っていく。扉の閉められた店内は日が昇った時刻に関わらず闇が視界を覆う。
 雑然とした相変わらずの店内に何となくホッとする。
 肩に掛けていたバッグを近くの椅子に置き、積み上げられている箱の中でも小さめの品を探し出して貼られているラベルを確認する。
 ひときわ目を引く鮮やかなオレンジ色の紙に目を通し、傷がない事を調べ終えよく売れている商品の補充にかかる。
 喜ばしくないことに戦時中だけあって薬の売れ行きが良い。
 何度か開店の手伝いをしたことがあるため手順は覚えている。
 軟膏、液状、飲み薬。丁寧に確認。古いものを取り出して新しい品を詰め、出しておいた古い商品を乗せる。これの繰り返し。
「ええと、まずは薬から」
 軟膏の減りが早いかな。残り少ない瓶を取り出し、薬の入った箱に指を伸ばす。
 引き出し状になった隣の棚に目をやる。飲み薬か、こっちも空に近い。
 もさっとした軟膏を持ち上げ、詰め込んでいく。
 ……もさ?
 目線だけ移動させ、詰めた軟膏を見る。
 じろ。大変不服そうな金の双眸が睨みあげてくる。
 注視されていないことを確認し、灰色のコウモリを摘み上げ、元の場所に放り込む。
 気を取り直して作業を続けていたら袖が引っかかったような突っ張りに手を止める。 
 ゆったりとした袖口にぶら下がるようにコウモリが噛みついていた。
 ふう、と溜息一つ。ゆさゆさ揺らすがなかなか剥がれない。むむ、頑張るなぁ。
 言いたいことは何となく分かる。現実逃避を切り上げて、早く城に行けと言いたいんだろう。
 現実に目を逸らしていたいのは事実だが、私だって無目的にここに留まっている訳ではない。だから口を外してほしい。
 思ってないで口で言わないと駄目なんだろうけど。
 決して広いとは言えない室内はかなりエコーが効きそうだ。コウモリに話しかけているところを見られたら変を通り越して危険な人にならないだろうか。
 バレなければ良いんだけど、世の中そんなに都合良くも行かないって事は重々身にしみている。
 力負けした毛の固まりが宙を舞う。空中でキャッチ。
 大人しく鞄の中に帰還してもらう。
「どうかしたのかい」
「い、いえ。ちょっと虫が居たもので」
 何度も作業の手を止めたことに気がついたらしい声に首を振る。
「危なそうなのには触っちゃ駄目だよ」
「はい」
 素直に答えて手を動かす。
 最後の瓶を手にとって眺める。黒光りした側面に自分の顔が歪んで映る。
 一人で城へ向かうには問題があった。言い訳とかではなく、根本的な問題がある。
 今まで忘れていた事でもある上、カルロには情けなくて言えもしないが、門番の事が懸念事項だ。
 顔見知りに見られて恥ずかしいとかではなく、門番に顔すら覚えられてない可能性が高い。
 他の勇者候補はいざ知らず、私がここに来て数ヶ月。しかも、最近まで勇者候補になる予定もなかった(今もないけど)。
 ついでに言うと軍師みたいな事もしていたため、完全非公式な仮勇者候補だ。シャイスさんにくっついて何度か出歩いたけれど、基本的に目立つ方でもないから多分忘れられているに違いない。門前払いされる可能性大。
 考えたら泣きたくなってくるけど、ここで知り合いを捕まえて帰るしかない。
 はあ。だけど来るかどうかは分からないんだよね。
 ここの雑貨屋に知り合いが尋ねてくる可能性は高いとは言え、皆それぞれ忙しい。だが、賭けるしかない。
 昼になっても来ないなら強行突破を考えよう。
 シャイスさんやフレイさんは道具を揃えたりで来ることも多い。アニスさんは時々冷やかしに。マインは顔を見せに。
 ダズウィンさんは朝帰りついでに通っていく。
 アベルも来店するらしいけど、幸か不幸か見かけたことはない。ただの噂なのだろうか。都市伝説みたいな。
 考えてみると魔物も相手にする場所なのに勇者候補の来店が多い。
 持ったままだった軟膏を仕舞い、引き出しを閉じる。
 飲み薬を見るとモサモサしたものに覆われていた。
 手の平大のコウモリが薬に寝そべるように翼を広げている。
 視線が交錯する。
 静かに指を伸ばすとガチっと袖を噛まれ、反射的に肩をすくめた。
 気を取り直して飲み薬を持ち上げようとすると翼がそれを邪魔する。
 無言のまま薬の取り合いが始まった。
 滑るように左右へ移動する薬の入った袋。まるでポルターガイスト現象のようだ。
 片手で足りない移動回数に眉間に皺が寄るのが分かる。いい加減しつこい。
「返してください」
 潜めた声で威嚇する。数拍ほど間があった。
〈何だよ。何で無視すんだよ。というかこんな事してる場合じゃねーっての!!〉
 溜め込んだ分を発散させるように言葉が脳裏ではじけ、ぐわんぐわんと反響して意識を揺らす。
 後方に倒れ掛け、隣の机に指を立てる事でなんとか持ちこたえた。
 周囲を警戒するが、注目された様子はない。
 口から出す声と違って特定の人物に囁くこともできるのか。囁くなんて可愛いボリュームじゃなかったけど。
「無視してません。返してください」
〈さっきのが無視じゃなかったらなにが無視なんだよ。すごい寂しかったんだぞ! お前に分かるか摘みあげられたりデコピン一発で沈む悲しさが!?〉
 ちょっとだけ分かる気がします。
 悲痛な叫びに申し訳ない気分になる。
 投げ飛ばされたり摘まれたりの気分が理解できるため、なおのこといたたまれない。
「それは悪いとは思ってますけど。こちらにもその、理由とか都合があるんです」
 気が逸れた隙を見計って袋を奪取し作業を進める。
 非難混じりの眼差しでカルロが箱の中身を背にかばい、
〈さっきから都合とか理由とか、いったいなにが不都合なんだよ〉
 翼で器用に呆れを表して睨んでくる。
 う。思い切り顔をしかめそうになって踏みとどまる。
 ここまで散々ごねて付き合って貰っている。理由くらいは明かすのが筋だ。
 だけど。だけどなぁ。
「その、理由なんですけど」
 だんまりを通すとカルロは叫んで喚きかねない。腹を決めるか。
〈おう〉
 人が居ないなら膝くらいはつきたい気持ちだ。
 雑貨屋に留まる理由が情けなさすぎて開き掛けた唇が重い。
 折れそうになる意志を正し、私は彼に正直に打ち明けた。


 

 

 

 

 

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