十二章/インスタントなんて

 

 

 

  


 あの沼地での作戦。彼もその軍隊に加わっていたというのか。
「最初は死ぬかと思っていました。家族もそのつもりでした。
 でも、あの時あなたの作戦を聞いて絶対生き残れるって思ったんです」
 軍隊長には確かにある程度の筋道は教えた。でも、兵にはそんなに教えていなかったはずなのに。
 彼は、作戦の成功率を見抜いた。この世界では奇策と呼ばれる手を即座に暴いた。
 胸の内で舌を巻く。
「勇者候補の力押しだけでない戦法にもう感激しました。
 魔物を忘れるくらい」
 忘れるなよ。言いたくなったけど、声が出ない。
 固まる私に、彼は感謝と感動の嵐を語り紡ぎ続けた。
 どんなにその手に驚いたか。策というものがあると知って希望を持てたと。
 力はなくても役に立てると。
 このキラキラした眼差しの彼は、私の決死の策に感動し。
 私に会えるかも知れないという思いだけで最終選考まで残り。

 ここにいる。

 凄いよ。凄すぎる。
 様々な意味で、私は呆然としていた。
「年齢は?」
 気になって訊ねる。
「もうすぐで十四です」
 微笑む顔は年相応。
 そんな年齢で、あの死地に。
 しかも私と同い年って。あ、危ない。危なかった。
 もう少しで貴重な才能を潰すところだった。
「……そう、無駄じゃなかった」
 涙が滲みそうになって堪えて、思わず呟く。私の足掻きはこうして彼の命を留めた。
 我が侭でも、何でも、彼は生き残れた。ただ、正直に嬉しい。
 そして感謝して私の姿を見たいだけ、それだけで勉強をしてここに来た。
 選考中、必死に勉強しているのはよく分かった。字が、見やすくなって語呂も増えていたから。
 本も少ないのに、大変だったのに。
「ありがとう、ございます」
「え、どうしてお礼ですか!? 僕の方が」
「なんか、報われました」
 滲んだ涙を袖で拭い、微笑んでみせると相手が面食らったような顔になった。
「あなたが生きてくれて、嬉しいです。軍隊の管理、少しずつ覚えて貰いますけど……良いですか?」
「はい!」
 決意は充分。
 彼にこんな質問をぶつけるのは胸が痛むが、先の事を考えればもう一つ訊ねなければ。
「――あなたは国の為に戦うんですか?」
「いいえ」
 少しだけ考えて、彼は首を振った。瞳を閉じる。
「では何の為?」
 さあ、これが最後の一手。
「僕でも、出来る限りの事をする為に。自分たちが住める暮らしが欲しいだけです」
 閉じていた瞳を開く。
 本当に、彼が生きて居て良かった。
「……あの、駄目でしょうか」
 首を振る。
「あの答え、国だと言えば私はあなたを切りました」
「カリンちゃん!?」
「あなたの守るのは人であり、国ではない。自分たちの領域を脅かす者達を追い払う事が目的」
 アニスさんの声を聞き流し淡々と告げる。言いたい事も非難も分かる。
 だけどこれは、曖昧に出来ない。
 魔物なんて言葉は使わない。魔物なら、雑貨屋にも良く来ている。
「じゃあ」
「合格です。国ではなく、人を生かす為。手伝って下さい」
 ぱ、と彼の顔が明るくなる。
 城なんて建てればいい。町も作ればいい。でも人は創り出せない。
 だから私は、最終問題として意地の悪い問いをした。
 国の為に人が死ぬなら、その策は要らない。国の為に――生かすのだ。
 大事な人達を出来る限り守れるように。
「これからよろしくお願いします。ルーイ」
 新しい人材、仲間に手を差し出す。
「はい、よろしくお願いします。カリン様」
 そのうち彼も様と呼ばれるのだろうと心の中で苦笑しながら、私の手をおずおず握り返すルーイの青い眼を見た。


 最終選考自体は済んでいて、プラチナには既に渡してあった。
 性根が悪いと言われても仕方ないが、過去の戦歴から戦闘状況、コスト、戦力全て抜粋して問題として叩きつけた事も一度や二度ではない。
 なにかの才能が感じ取れたからこそ。私は彼をずっと見ていた。紙の上だったけど、ずっと。
 能力の高さと飲み込みの早さは多少知っているつもり――だった、のだが。
 しかし、現在私は宝石の原石を大量発掘した気分だった。なんていうか、ルーイは……恐ろしかった。
「と……なりますけど。えっと、どうでしょう」
 もじもじする様子からは想像も付かない精密に練り上げられた策。
 この彼からどうやったら出るんだと思わず聞き返したくなる。
 前、私を恐ろしいと言っていたシャイスさんがこの素案を見たらきっと泡を吹く。
 この間まで基礎を習っていたとは思えない仕上がり。凄まじい人材を見つけてしまったんでは無かろうか。
 書庫の中で思わず唸りそうになる。
 だけどまだ甘い。縛りが多すぎだ。身動きが取れなくなってしまう。
「少し、緩くしたほうが良いと思います。後、魔物の種類と思考によっては逆効果かと」
 人を相手にするには良いのだが、相手は魔物。こんなに細かに張ってしまったら、一本糸が引っ張られただけで全て解けてしまう。
 知略も魔物の思考程度によっては無意味に変わる。ただの獣もいるのだから。
「あ、そっか。うう、人間想定してました」
 指摘すると、羞恥でか真っ赤に染まる。今日の失敗は明日の成功です。
「魔物の性質もちゃんと調べてからのほうが良いんじゃないですか。人も魔物も情報は要りますし」
「情報機関が欲しいですね、カリン様」
 無いのが驚きですよ、ほんと。苦笑して肩をすくめて本棚に読み終えた本を戻す。
「そうですね。というか様付けるの止めませんか、地位は同じですよ」
 同じというより指令と認められたルーイの方が地位は高い。
「うううう。カリン様はカリン様で命の恩人で」
「あーはい、落ち着いたら呼び捨てで良いですよ」
 全く、私みたいな性格だ。
 細かな指摘をすればすぐ直るから、彼はそのうちアドバイスすら要らなくなる。
「他に問題点は!」
 キラキラキラとした眼差しが痛い。
「私より詳しくなっているのに何を指摘しろってんですか」
「問題点はー!?」
 駄々をこね始めた。完璧に磨かれたテーブルにはもう手を入れる必要はないのに。
「じゃ、冷酷に、盤上の駒を動かすように。後は――それでも人の感情は読み取る事」
「なんか矛盾してますよ」
 眉根を寄せる彼に困ってしまう。自分だってそう思うのだ。
 冷酷になりきれないから自己嫌悪に陥る私が言うのだから、更に違和感倍増である。
「兵隊さんは人間ですからね。あなたもそうだったでしょう?」
 聞くと、しばし黙してルーイが頷いた。素直だ。
 この素直さがいつまで続くか不安でもあり楽しみでもある。
 何時かフレイさんみたいになりそうで嫌だ。
「それであの待遇ですか。確かにここに来てから皆さん想像より凄く質素で……ビックリしました」
 そんな豪勢な品はでないです。というか、それ基本ですよね、ルーイ。
「兵法書とかきちんと読んでますよね」
「読んでます読んでますけど! 実際書類だと現実味わきにくくて」
 冷えた私の目に危険を感じたか、ブンブン手を振る。確かにそれはある。
 紙に綴られているとどうしても機械的に眺めてしまう。
「まあ、そうですけど。丸腰の自分と置き換えて考えれば結構苦労が分かりますよ」
 溜息混じりの答えに、ルーイが遠い目をした。
「……昔の報告書を見ましたが。地獄ですね」
「信じられませんね」
 これは同意しかできない。
「後は、勇者候補の異常さを理解する事」
「いじょーさ?」
「すぐに分かりますよ。良いですか、誰が何を言おうと徹底的に論破するんですよ。
 もう有無を言わせないで下さいあり得ない人達なので」
 あり得ないというか存在自体が信じられないし。
「はぁ……」
 曖昧に頷く彼。まあ、明日はその異常さを理解出来る日。
 そして彼の初会議でもある。流石に一人で行かせるほど非情ではないので付いていく。
 ほとんどお母さんの気分だが、泣かされないか心配です。



「却下です」
 既に零度以下になった声音で私は笑みを浮かべた。
「と、突撃は死んでしまいます、とおもうのですが」
 あわあわオロオロするルーイ。
 蒼い瞳が潤んでいる。やっぱり泣かされた。
 まあ、いきなり正面撃破だと言われればはぁ!? としか言えない。
 学習して下さい人の常識というモノを。
「兵力も回復しているだろう。なら――」
「言語道断です」
 なおも言い募るプラチナの言葉を聞かずに投げ捨てる。
「良いですか。人は弱いんです、斬られたら死にますし池に落ちても死にますし、魔物に襲われても死にます。
 勝ちたいならまず作戦。何も考えずに突入で生き残れるのはバカ強い勇者候補くらいなもんです!」
 ぴしゃりと言いきる私を呆然と見つめるルーイ。ある意味ここも戦場だ。
「こういう人達ですから、もう遠慮無くよろしくお願いします」
「こ、こここういうって。正面突破当たり前だったんですか!?」
 溜息混じりに頼み込むと、パニックになりかけているルーイ。信じられないですよ。私だって。
「口出さないと人を沼地に突入させるつもりだった方々です。並の神経だと思うだけ疲れます」
「沼ってもしかして」
 微笑んでみせる。言わずとも感じ取ったか、サッと彼が青ざめた。
「わ、分かりました。頑張ります」
 こほん、と咳を一つして。ルーイはもう一つの敵と戦う決意を固めたようだった。
 たどたどしいが的確な指摘に辺りが静まっていく。なかなか将来有望である。
 そう経たず、私は一つ楽が出来そうだと少し気楽に息をついた。
 

 

 

 

 

 

 

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