いきなりなんて無理だって知ってはいるけど。
これは、どうしたら良い。
プラチナが若いのはよく知っている。私もいきなりだと混乱する。
だけど指揮系統が混乱しやすいなんて命取り。
「カリン。仮設テントいこ?」
ふわりと抱きかかえられてぐったりと項垂れる。
身体が動かない。精神的に叩かれた気分だ。
「プラチナ! 許さないからね」
酷く悲痛な叫びに、何となくマインの頬を撫でた指は。
感覚が余り分からなかった。
私は強くない。心が強いかと言われたら、そうでもない。
だって、今私は震えている。
みんなの前で虚勢を張っても心までは隠せない。騙せない。
どんなに切り替えても、止めても。反動は必ず来る。
肩に爪を立てても感情の本流は収まらない。一時自分を偽ってしまった事による報いだとは分かっていた。
苦しい、悲しい、自分が嫌いになりそうなのに、でもしなければならなかったと思考が囁く。
更に自分を嫌いになる。縮んで消えてしまいたくなる。
そんな事は顔にも出さずに皆に会う。そして運ばれたときもそうだった。
気配が消えて、人が居なくなるのと同時に引きつけを起こしたように泣き出して。
痛みに涙を流す。痛い、痛い。
心に悲鳴の槍が刺さる。もうやめて。
感情と心が叫ぶ。何度被ろうとしても冷徹な仮面は剥がれ落ちる。
どうやっても割り切れない。戦争なのだから理解しているはずなのに心が震える。
これ以上血を見たくない、悲鳴を聞きたくない。もう嫌だ。
助けて、誰かこれを止めて!
気が付けば、私はテントを飛び出して佇んでいた。
魔物の一匹が人を殺そうとしているのが見えて。
『止めて!』
私は思わず、彼に聞こえる声を発していた。
魔物の言葉。
動きが止まる。
これで血が流れないと安堵した刹那、人間の兵が……魔物を串刺しにした。
『おの、れ。策か』
違う。
違うのに。ただ、止めたいだけだった。
策は考える事はあったけど、こんなコトするつもりなんか。
「勇者候補の方ですか。助かりました!」
「ちが……」
ほっとしたような台詞に首を振る。
声が出なかった。違わない。
あの魔物を殺したのは私だ。私が声を掛けなければ隙は出来なかった。
こんな事する為に覚えたんじゃない。違う、違う、違う。
また私は戦場を走っていた。死ぬのも何も分からない。
自分が怖い。戦場が怖い。みんな、怖い。
錯乱しながら走る。走って走って走り抜ける。
奇跡的に攻撃を受ける事はなかった。また、魔物の言葉を喋っていたのだろうか。
わからない。
『助けて』
また声がする。もういやだ。
そして――声の幼さと次の単語に私は振り向いた。
『お母さん、どこ』
子供!? 何故ここにと考えて魔物の姿を認める。
鈍く光る剣。
振り下ろされそうになる刃を、蹴りで叩き落とし。反射的に私は魔物を庇っていた。
「駄目。駄目、駄目!」
「勇者候補!? 何故庇う」
兵士が驚いたように私を見る。
「殺さないで、お願いします!」
後ろから斬りかかられないように魔物の子供を抱きしめる。柔らかい体毛が肌に当たる。
暖かい。しきりに母親を捜す声が聞こえた。服越しで感じた爪もちくりとするだけ。開いた口も牙が余り生えていない。
たとえ魔物が残虐でも。私は勇者側だとしても。母親を捜す子供に剣を振るう事なんて、見逃せなかった。
「子供なんですよ!?」
「子供だからだ! 子供の内に仕留めてしまわないと」
分かるけど。嫌だ。我が侭なのも分かってる。
けど、探す様子からしてこの子は、人で言うところの、民間人だ。
ずっと不思議だった。普通の人間相手に苦戦する魔物。襲いかかろうとして、止まる魔物もいた。
そうだ、この魔物達は軍隊じゃないんだ。ただ城の側を通りすがっただけの魔物。
彼らは、非戦闘員。
「渡しません。絶対渡しませんっ」
後退る。殺させない。
私は私に敵対する、そして好ましく思う人達に牙を突き立てるモノを排除するだけ。
それは人も魔物も同じ。
このままではただの虐殺になってしまう。さっき私が出した案は有効に使われる。
だけど、させない。
小さく笑う。
――ままよ。
躊躇いつつも剣を振りかぶろうとした兵士の前で、私は空気を吸い込んで片袖から抜き出した銀色の笛を力一杯吹き鳴らした。
ピィーーーーーーッ! 甲高い音が響いた。
魔法を掛けてあるそれは、広範囲に、城の側まで伝わる。
「まさかあなたは。あの策の……」
その音に誰もがどよめき、目の前の兵士も手を止める。
私の決死の策の一つ。ある意味に置いて命を賭けた全力の答え。
「笛。鳴れば、分かりますよね」
「しかし、それでは!」
「帰って下さい。お願いですから引いて下さい。合図が出ました」
告げて袖に仕舞う。自分でも落ち着いた声だとも思った。
「何が起きても全軍撤退」
全部隊を強制的に帰らせる。
それが私の切り札であるカードの一つ。最終手段。
全ての司令官に等しいプラチナに誓約させた、私の強力な権限。
味方は居なくなる。待つのは、勿論――死。
馬鹿げているのは分かってる、でもやらないと助けられない。この小さな命と命達。
佇む兵士を睨み付けて顎で後ろを示す。
もう他の兵は引いていた。しばし黙し、彼は唇を噛んで身を翻した。
残ったのは、私とこの子。そして、放心したような声。
『助かった、のか』
ああ、やはり。この魔物達、危害を加えるつもりではなかった。
涙がまた溢れ掛ける。
『泣かない』
その子が小さく笑う。小さな小さな猫のような身体にくりくりとした金の瞳。
『うん、泣かない』
死地なのに、私はそう告げて微笑んで見せた。
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