十二章/インスタントなんて

 

 

 

  



 突然ですが、私は過労死寸前です。
「しーねーるー」
 呻きながら分別作業をひと区切りさせてぱたりと倒れる。
 私は今まででも手一杯だったのに、プラチナの意見に駄目出ししまくったり、人材抜き出しと。
 もう大変。身が持たない。
 唯一の希望があるとすれば。
「……最終選考まであと一息」
 選りすぐりの精鋭が集まりつつある事か。
 初めは簡単な問題しか出さなかったけれど、レベルを上げて幾つもの難題をこなしてくれた。
 そして目を引くのは一人。荒削りだけど、気になる。字はなんとか読める程度の代物なんだけど。
 …………期待して良いかな。
《ルーイ・ナウディス》
 多分男性であろう名前を眺めて、ベッドに仰向けに倒れた。
 

 その知らせは突然だった。
「うぶっ!?」
 お茶を思わず吹き出し掛けるほどには。
「カリン、もう一度言うが出撃する、今から」
「い、いいいいまからぁっ!?」
 ドモリまくりつつ声を上げる。
 聞いてない。作戦の大方は付き合ってるけど、これは聞いていない。
「近場に小さな魔物の群れが出た。早急に対処するべきだ。
 勇者候補だけで潰す、潰せる数だ」
「分かりました」
 近頃は感覚が大分人間に近づいてきているプラチナに言われて納得する。
 恐らく無茶はさせないだろう。そう思って。




 ――嘘つき!
 濃厚な血の臭いに吐き気を催す。
 思わず悲鳴を上げそうになった。
 半泣きでプラチナを睨み付けると彼女は目線を逸らした。
 また、だ。また一杯死人が出る。
 今度は私の目の前で。嫌だ、嫌なのに。
 確かに素早い対処は必要だけど、それ以前に少しは策も要るはずなのに。
 血にまみれた戦場で私は理解する。
 策など、使っていない事を。
 プラチナから初め感じていたのは過小評価で過大評価。
 平民は自分たちより弱いと認識して、でも体力はあると思っていた。
 それは間違っていないけど間違い。
 感覚が歪んでいる考えを、私は一度それをたたき直して平らにしたつもりだった。
 そして、策を使って勇者候補のフォローをさせた。だから、(たが)えた。
 体力は少なくても、手足になりうる存在としてまだ認識していたのだ。
 勇者候補である人間は、まだ普通の人とは遠かった。
 自分の甘さを悟る。
 恐れていた事態が起こったのだ。
「……愚策を使いましたね。
 真正面から突撃させたんですね。あれほど駄目だと言ったのに!」
 率直であり、辛辣な私の意見に周りが固まる。
 正面から魔物にぶつかるなんて命を捨てるだけなのに。その指示を出した。
 城が側にあるから焦って。
 戦力になるから、勇者候補と比べてそのまま突撃させた。無理なのに。
 無茶なのに。まだ分かってくれない。
「それは」
 恨む気持ちも一旦心の奥にしまい込む。普通の感覚を教え込むのは今は、時間の無駄。
 唇を軽く噛んで辺りの戦況を。感情を凍らせながら考える。
 また人が死んで、魔物が死ぬ。悲鳴が……途切れる。
 地図、周辺の地図を考える。マインが私の考えに呼応したかのように地図とリストを持ってきてくれた。
 魔物に気が付かれる恐れもある。悠長に考える暇はない。けど、このままは危険すぎる。 
 現在の位置と魔物の数。勇者候補に軍隊の場所をピンで示され。目眩がした。
 下策以前の問題になり始めている。赤い印が青を取り囲んでいた。
 点在する味方を見て、囮にも見えない。包囲されている。
 叩かれれば一網打尽、全滅。白くなりそうな思考を奮い立たす。冷静になれ、私まで変な事考えたら駄目。
「まず囲みに穴を開けましょう。アニスさん、主力の候補の方を二方向に分けて攻撃を。
 戦力を引き出して、軍が逃げる最中に候補者の方も巻き込まれないよう気をつけるようにと。
 途中魔物に傷を付けながら出てきて構わないと伝言を」
 手薄な場所と死角を選んで地図にピンを刺す。出来る限り逃げやすい場所。
 不安を与えないように、声が震えないようにする。
「分かったわ。…………伝えた」
 思念を用いて会話したアニスさんが数秒ほど後に頷いた。
「出来る限り状況を把握出来るように。混乱しないよう冷静に」
 言ってる私が混乱しそうなのを堪えつつ、吐き出した。
「分かった。凄――カリンちゃん」
 思念で手早く伝えて、私を褒めようとしているアニスさんが顔色を変える。
 そりゃそうだろう。
 だって私泣きそうだもの。
 慣れない血、悲鳴。空気に心は発狂寸前。でもそれを目一杯押さえつけている。
 指示が要る。必要だ。このままだと危険。レッドランプが瞬いて警鐘が鳴り響く。音は止まない。
 今まで私を死から生へ導いた冷静な思考が囁く。泣くのは後だ。
 喚くのだって狂うのだって後で出来る。今は、死人を減らして魔物を撤退させる状況をつくり出さなければ。
 悲鳴がまた響いた。
 鎮魂歌(レクイエム)の代わりに私は策を紡がないと、この戦いを限りなく軽くする為に。
 吐き気がする。気持ちが悪い。空気のせいでも状況のせいでもない。
 死の音が聞こえるのがとても嫌だ。
 マインが手早く地図の上にピンを刺す。味方陣営は囲みを無事に抜けた。
 天候、地理、状況、能力。要素を全て頭に叩き込んで練り込む。
 考えろ、考えなきゃ。出来る限り簡潔に突破出来る道。
 砂埃が舞う。
 雨は期待出来そうにない、馬がいななく。
「騎馬隊はどの程度ですか」
 マインがくるりと囲まれていた一軍を指さした。数はかなり多く見える。
 手傷もある。だけど――
 辛酸をもう舐めている。今更躊躇っても死んだ人間は還ってこない。
 ならば。
「主力の勇者候補を騎馬隊に回して下さい。
 残した勇者候補で他の部隊の誘導を」
 地図を見る。側にある袋小路。前に偶然示した場所。
 今度は、私の意志で指し示した。
 隙をつく暇はないが、崖と袋小路に叩き込んでやればずいぶん楽になるはずだ。
「この位置に追い込むように、と。崖に落とすか袋小路で魔術をぶつけるかすれば何とかなります」
「了解。……今からするそうだわ。カリンちゃん、少し休んだほうが良いわ」
「わかって、ます」
 今にも倒れそうなんて。分かってる。
 私はただ、答えるだけで滑り落ちるように座り込んだ。
 悲鳴が、聞こえる。
 魔物の雄叫びが渦を巻いて、私を(さいな)む。
 もう悲鳴にしか聞こえない、それを望んだのに。今は欲しくない。
 耳が脳が理解する。意味を勝手に伝え始める。
『助けて』
 と、叫ぶ声が二倍に膨れあがる。 
 ずっとずっと聞きたかった魔物の声。私は、こんな声が聞きたかったのではなかった。
『殺される』
 という台詞も聞かない事にしたいのに。
『家族の仇!』
 その声で、私は浅はかだったと痛感する。戦争の理由なんてもう良いのだ。
 戦争だから。
 人も魔物も死ぬのだから。
 憎しみだけで理由は、充分だと絶叫に胸を抉られ。涙が頬を伝うのに気が付いた。
 
 しょせん、私は無力だと。言われた気がした。

 

 

 

 

 

 

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